鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 閻火は秘め事を愉しむように微笑む。
 はっきりと口に出して嘘をつかなければ、多少お茶を濁すことは許されるようだ。
 その話の続きも知りたいけれど、今の私にはもっと気になることがある。
 もう一人の待ち人の姿が見えない。
 閻火の肩越しの街並みにも、私の後方にも誰もいなくて、稀に行き交う乗用車の音が耳をかすめるだけだ。
 視線とともに身体も揺らし始めた私に閻火が「どうしたのだ?」と尋ねる。

「すみません、実は今日藍之介がアルバイト先に来て、迎えに来るって言われてたんです」

 てっきりダブルブッキングしたことを責められると思っていたのに、閻火はそこには触れず、黙って目の幅を広げた。
 そして今度は注意深く観察するように狭めた瞳で私を捕らえ、少し間を置いてから口を開いた。

「俺が来るまでになにか変わったことはなかったか?」
「変わったこと……?」

 閻火の言葉を復唱しながら考えると、すぐに一つのことに思い当たる。

「青い光が見えました、酔っ払いの後ろに、火の玉が集まったみたいな、ぼわっとした明かりが」

 いつの間にか跡形もなく消え失せた光。
 落ち着いて思い返してみれば、男に対し迫りながら大きくなっている気もした。まるで私を守るように。
 閻火は沈黙していた。
 腕を組み、視線を落とし、思考を巡らせているようだった。

「なにか心当たりがあるんですか?」
「……そういうお前こそ、その青い光とやらに覚えはないのか?」
「え? そんなのあるわけ」
「本当に今回が初めてか? よおく考えてみろ」

 閻火の真剣な眼差しと声に、記憶の扉を叩かれる。
 今まで見たことなんて、あるわけない。
 万が一以前遭遇していたなら、あんな印象的な経験忘れるはずがない。
 青い光、青い光……
 呪文のように頭の中で同じ言葉を唱えると、不意に過去の小さな切れ端に引っかかる。
 きつく目を閉じ、その記憶の断片の全貌を手繰り寄せようとする。
 にじんだように広がる青い光。
 誰かがそれを纏っていた気がする。
 けれど肝心なその部分は深い霧に覆われたように隠れて認識できない。
 無理に晴らそうと手を伸ばすと、突如鋭い痛みが頭に走り両手で押さえた。
 まるで思い出すなという警告だ。
 ――なんなの、これ?
 得体の知れないものに操作されているような、異様な不安が私を襲った。
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