鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 男の背後、よりも少し離れた後方に青い光が見えた。
 視界を遮るような激しいものではなく、ぼんやりとした明かりだ。マッチでつけた火がじりじり紙を侵食するように、男の背景に丸く広がっていく。
 心霊か超妙現象にでも遭遇したのか。
 驚きで身動きが取れなくなった私に対し、酔っ払いは辺りの変化に気づくこともなく、ついに手を伸ばしてきた。
 我に返り視点を戻そうとした瞬間、新たな事態が起きる。

 男の指先が私の腕に触れる寸前で、バチッと電気がぶつかり合うような音がした。
 静電気よりももっと強い、雷のような光の筋が私の腕から……いや、全身からか、あまりに一瞬のことで判断できなかったけれど、確かに男に向けて放たれた。
 そしてそれは赤かった。真夜中の信号機に浮かび上がる止まれの色よりももっと鮮やかな赤だった。
 気づけば男は腰を抜かしたように地面に座り込み、開きっぱなしの目と口をこちらに向けていた。衝撃を受けた勢いで尻もちをついたらしい。
 一拍おいてハッとした男は「ひいぃ、ごめんなさいー!」と叫びながら踵を返し駅とは逆方向へ逃げるように走り去った。
 
 ぽかんとしながら遠くなる背中を見送り、しばし棒立ちのまま時が流れた。
 いろんなことが一度に起きて脳内の処理が追いつかない。
 だから足音が近づいてきたことにも気づかなかった。
 急にぬくもりに圧迫され、びくりと身体を震わせた。

「待ちきれずに来てしまったぞ」

 甘い低音が落ちてきて、ようやく閻火に抱きしめられていることを知った。
 斜め上にある閻火の顔を見上げようとした途中で、薄明るい地面の世界にいる自分たちの分身を見つける。
 黒く伸びた長身が私の影を包むように重なっていて、急に気恥ずかしくなった。
 驚きと困惑、それをかき消すほどの心音が耳につき、妙な気分だった。
 ――私、どうしちゃったんだろう?
 自分になにが起きているのかわからず不安になる。
 初めての心身の変化をただ時の流れに任せるしかなかった。
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