鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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挑戦と距離

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「面白そうな案が浮かんでよかったではないか」

 扉を背もたれに腕を組み、満足そうな様子の閻火。
 一体どういうつもりなのだろう?

「私が成功する方に持っていっていいんですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「だって、私の腕が上がって閻火に『おいしい』って言わせたら……」

 その時点で私たちの契約は解消。結婚の話自体がなくなるのに。
 脳裏に浮かぶその文を、なぜか声に出して読むことができなかった。
 閻火は一瞬不思議そうに瞬きをしたものの、すぐに「なんだ、そんなことか」と言いたげに笑ってみせた。

「手負いの女を靡かせる気はない。万全に城を築け、その上で落としてやる」

 つまり、弱っているところにつけ込む気はないと。すべてがうまくいき、しかと前を見据えた状態で確かに自分に惚れさせてみると。そういうことか。

「わ、私がおばあちゃんの店を捨てて、閻火を選ぶって思ってるんですか?」
「捨てるとは好ましくない言い方だな、お前は俺を選ぶ、選ばせてみせる、それだけのことだ」

 閻火の宣言が現実になるか、夢と消えるかはまだ誰も知らない。
 それなのに燃えるような瞳はどこまでも余裕で、未来までも見透かしているようだった。
 私は数秒固まったのち、小さく吹き出してしまった。
 ここまで堂々と言われてしまっては、腹が立つのもあきれるのも通り越して、笑うしかなかった。
 閻火は自分を好きだから、だからこんなに胸を張って誰かを愛することができるのだろうか。

「もう、その自信どこから来るんですか、ミジンコほどでも分けてもらいたいくらいですよ」
「なんだその笑顔は、天使にしか見えんぞ」
「眼科に行ってください」

 冗談混じりに切り返していないと、平静を保てなくなりそうだ。
 褒められている方が恥ずかしさのあまりダメージを受けるだなんて納得がいかない。

「それはそうと、なんで今更人間の姿を見せたんですか? 面倒だから嫌だって言ってたくせに」
「面白そうだから参加したくなったのだ、一人で消えているのにも飽きたしな」
「いい性格してますよホント」

 単純で自由で、羨ましくなるばかりだ。
 そんなやり取りをしながら店内に戻ろうとすると、大きな荷物を抱えた人物がやって来た。
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