鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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挑戦と距離

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「よーっし、とびきりまずくても知りませんからね!」
「望むところだ」

 シャツの袖を肘までめくると勇ましい足取りでキッチンに立つ。
 先ほど風子たちに出したオムライスはメニューに載せている商品で、ちょっといい食材を使いソースにも時間をかけている。
 けれど今から作るのは違う。
 細かく刻んだ玉ねぎとニンジンにピーマン、大きめに切ったウインナーを混ぜて魔法のソースとしっかり炒める。投入したお米の白がオレンジ色に艶めけば、ちょっぴりマヨネーズを合わせた卵を手早く焼いてくるりと巻けば完成だ。
 一般家庭の冷蔵庫に常備されている材料、ありきたりだけれど気取っていなくてみんな必ず口にしたことがあるものばかり。

「できあが……あっ、ちょっと待って!」
 
 閻火に出そうとした料理を一旦手元に引き戻す。
 立ったままカウンターに寄りかかり待機していた閻火はすでにスプーンを持ち食べる気満々だ。
 うっかり仕上げを忘れていた。
 透明の筒型容器を逆さにし、軽く押しながら手を動かす。
 魔法のソースの正体は自家製トマトケチャップだ。
 オムライスの一番の楽しみは最後に文字を書くことだと思うのは私だけだろうか?
 
「はい、今度こそ本当に完成、どうぞ!」

 カウンターテーブルに料理を置くと、閻火は切れ長の目を見開いた。
 お皿の上に鎮座するアーモンド型の黄色い物体。どうやらその表面に書かれた文字に釘付けのようだ。なにも特別なことはしていないのに。

「これは……なんだ?」
「ケチャップで名前を書いただけですよ」

 漢字で書くとぐちゃっと潰れそうだったので、ひらがなで〝えんび〟と記してみた。
 なぜか閻火はそれがとてもツボだったようで、両手で顔を押さえ仰け反り悶えていた。
 
「な、なんといういじらしさ! 先にお前を食ってしまいたい……!」
「私食べ物じゃないんですみません」
「物理的な意味ではないぞ!?」
「中学生がいるのでやめてください」

 ならどういう意味なのか。
 考えると心が迷子になりそうだったので深く追求するのはやめた。
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