鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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プライスレス

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 そういえば私がグレてタバコに手を出そうとした時も、注意してくれたのはおばあちゃんだったな。「そんなもんよりこっちのがおいしいよ」って、甘ったるいホットココアを飲ませてくれた。
 今目の前で席に着いている少女に、思わず過去の自分を重ねた。
 おとなしそうに見える、葉月ちゃんのようなタイプの方が危機感を煽る気がする。
 感情を露にしないせいで周りがお助け信号を察知しにくく、蓄積した不満がいつか爆発してしまうのではと思うからだ。
 笑顔を絶やさないよう意識しつつ、葉月ちゃんにメニューを勧める。

「あっ、写真がなくてわかりにくくてごめんね、随時改良していく予定だから」
「改良……?」
「そうなの、実はこの春亡くなったおばあちゃんの跡を継いで店をやってて、うまくいかないことばかりでね」

 葉月ちゃんはキョトンと丸めた目を何度もぱちぱちと瞬かせた。意外だ、とでも言いたげな表情だった。

「そう、なんですか? 若そうなのに、店主さんをしてるなんてすごいな人だなって思ってて」

 確かに高校を卒業してすぐに自分の店があるなんて、肩書きだけではそう思われるかもしれない。
 中に入ってみないとわからないものだ。
 実際は尊敬に値するような人間ではなく、なんだか申し訳ない。

「全然だよ、毎日失敗の繰り返しだもん。コーヒーも勉強中だしね」
「べんきょう、ちゅう……?」
「あっ、喫茶店のオーナーがこんなこと言っちゃダメだよねっ」

 つい流れで話してしまい、やば、と口に手を当てた。
 けれど葉月ちゃんはじっと私を見たあとで、ふふっと可愛らしく笑ってくれた。

「すみません、まさかそんなこと言われると思ってなくて」
「うん、普通は思わないよね」

 緊張の糸が綻ぶのを感じる。
 少しでも楽しんでくれたなら、ここに来てくれた時間も無駄にはならないはずだ。
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