鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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 ビキッと乾いた亀裂音が頭から聞こえた気がした。
 閻火は反らしていた上体を戻すと、前に立つ私を見据えた。
 
「まずい」 

 やけどなど露ほども負っていない綺麗な口元から、念を押されるように繰り出される単語。

「まずいまずいまずいまずいまずいまずい」

 閻火の猛追撃に、額に入ったヒビが全身に広がり粉々になって崩れ落ちる。
 「ま」と「ず」と「い」を繋げただけだというのに、なんて破壊力だろう。
 たった三文字に言葉の脅威を感じずにはいられない。
 けれどこのままでは終われない。
 粉塵と化した心を急いで形成し直すと、閻火が持っているコーヒーカップを引ったくり、のけぞりながら口をつけた。
 落ち着いて考えれば間接キスだが、そんなことを黄色い声で騒ぐような歳でもキャラでもない。
 なにより今は、それどころではなかった。

 重力に任せ、底に残っていた一雫ひとしずくを手繰り寄せる。
 やがて口内に僅かな潤いを感じると、ゆっくりと体勢を整えた。

「……す、すっぱい……」

 厳密にはすっぱい、というのは正しくない気がする。私の語彙力のなさだろう、もっと小説を読まなくては。
 失敗したコーヒーは、酸味や渋味が強く出る。それもほのかなら旨味になるものの、あまりに存在を主張しすぎるとただのえぐみと化し、飲みにくくなってしまうのだ。

「……うん、確かに、おいしくはないです、ね」
「当然だろう、俺は嘘はつかないからな。つけない、と言った方が正しいかもしれないが」
「……どういう意味ですか?」
「鬼の大罪は嘘をつくこと。嘘をつけば天邪鬼あまのじゃくとなり、鬼たちの楽園である地獄を追放され人間として生きなければならないのだ」

 天邪鬼。
 古くから言い伝えられているひねくれ者の代名詞は、もしかしてそこからきているのだろうか。
 昔、童話かなにかで嘘をつけば閻魔大王に舌を抜かれる、なんて聞いたことがある。そんな制裁を加える立場にある鬼たちが嘘をつくのは矛盾しているから、それだけ罪が重いのかもしれない。
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