鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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 閻火は椅子に座ったものの、落ち着かない様子で首を右往左往させていた。
 どうやら喫茶店は初めてらしく、なにをすればいいかわからないらしい。
 閻火と対面する形でテーブルの前に立ち止まると、椅子のカバーと同じワインレッド色のメニューを差し出した。

「これに載ってるのが商品だから、好きなやつを選んでってことですよ。そしたらそれを出しますから」

 閻火はテーブルに置かれた長四角の表紙を開くと、ぱらぱらとめくって目を通していく。
 しかし顔を顰めて腕を組むだけで、一向に注文は決まらない。
 鬼のくせに優柔不断なのだろうか?
 疑念が浮かび上がるけれど、それを払拭したのは閻火の次の言葉だった。

「読みにくい、どんな品物かわからん」

 「えっ」と心の声を漏らすと、急いで閻火の後ろに回りメニューを覗き込む。
 広い肩越しに見えた厚紙に印刷された文字は、確かにやや小さいかもしれない。
 
「このにょろにょろとふざけた字はなんだ?」

 閻火が言っているのは妙に崩れた字体のことだろう。
 おばあちゃんの時は丸字やゴシック体が基本で、これでは芸がないかなと思った私が、ラグジュアリーな雰囲気を出そうと変えたのだ。
 だけど確かに落ち着いて見てみれば……読みやすい、とは言いにくいような。
 
「別にふざけてるわけじゃありません、高級感を出してみようかと」

 その台詞に閻火はわざとらしく、くくっと笑った。

「この店でか? 盛大に迷走しているようだな」

 いちいちカチンとくることを言われるけれど、一考する余地はあった。
 この店のおもな客層は、年配か小さな子連れ。
 SNS映えするおしゃれで豪華なカフェを求める若者は、みんな都心部に行ってしまう。
 そろそろ老眼が始まろうかという年代や、ひらがなの読み書きに慣れてきた子供たちには優しくない注文表だ。
 昔からの固定客はメニューを見ずに注文する人がほとんどなので、写真の掲載を考えたことがなかった。
 初めて来たお客様にはこれまたよろしくない仕様な気がしてきた。
 見た目にこだわるよりも、もっとわかりやすさを追求した方がいいかもしれない。
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