鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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 深いため息をつくと洗面所で歯磨きを済まし、モップを手にして店内の清掃を始める。
 本棚の下に大きなほこりの塊を見つけて「うわぁ」と言いながら除去したあと、確認したかけ時計はすでに開店時刻を指していた。
 朝の時間ってどうしてこんなに過ぎるのが早いんだろう。
 そんなことを考えながらまたため息が一つ。
 ああ、いけない。こんなに息を漏らしていたら幸せまで一緒に逃げてっちゃう。
 急いで空気を吸い込み直し、ドアの内側にしまっていた看板を店の外に移動させる。
 昨日の大雨が嘘のように今朝は快晴だ。
 秋晴れほど気持ちいいものはない。
 遮るもののない青空を仰いでいると、次第に大きくなる足音に気づいた。

「萌香ちゃん、おはよう」
「今日はいい天気だね」
「あっ、おはようございます!」

 振り向いた先には、白髪混じりの二人の年配男性が立っていた。
 一人は背が高く細身で、もう一人は小柄で恰幅がいい。二人とも近所で店を経営していて、おばあちゃんと古くからの付き合いだ。
 毎日のように開店と同時に顔を出してくれる、貴重なお客様だ。
 だからめいっぱい愛想よく全開の笑顔を見せると、扉を開いておじさま方を店内に招き入れる。

「コーヒーでよろしいですか?」

 すかさずグラスに入れた水とおしぼりを差し出す。私のその一言に、二人はなぜか顔を見合わせたあと、気まずそうにこちらを振り返った。

「ああ、いや、今日は紅茶にしようかな」
「私も温かいミルクティーが飲みたいね」
「かしこまりました、おかけになってお待ちください」

 ぎこちない様子で窓側のワインレッドの椅子に腰かける二人。
 そういえばこのところ、コーヒーを注文された記憶がない。
 昨日はオレンジジュースだった。その前に来られた時はレモンティーだったような?
 おばあちゃんが健在だった時は、彼らはコーヒーしか頼まないと聞いていたけれど。
 たまには違うものが飲みたくなったのだろうかと、私はまだこの時、安易に考えていた。
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