鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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理想と現実

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「雨がひどいから、とりあえずうちに来ない?」

 詳しい話はあとで聞こうと声をかけるが。
 服装やフォルムからして男児に見えるその子は、相変わらず手のひらで顔を覆ったまま返事をしない。
 このままでは埒が明かないと思い、目の前にいる彼の脇に手を入れ勢いよく持ち上げた。
 驚いたようにわずかに弾む小さな身体を、落とさないように両腕で抱きしめ直す。

「任せなさい、お姉ちゃんは体力には自信があるからね、元気だけが取り柄なんだから」

 自分で言っていて若干の虚しさがよぎるけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 スニーカーで雨道を蹴り、たどり着いた店の扉を片手で開くと、急ぎ中に滑り込んだ。

「ちょっと待っててね、すぐにタオル持ってくるから」

 目を合わせる暇もなく彼を床に下ろすがまま、流れるように奥の階段を駆け上がる。
 居住スペースになっている二階にあるお風呂場。その脱衣所の棚に置いたタオルを手当たり次第に取ると、もう一度階段に向かった。
 
 とりあえず全身を拭いた方がいい。
 それから、それから――。
 と、今後のことを思案する頭が、ぴたりと動きを止める。

 一階に舞い戻った私を待っていたのは、真っ赤な太陽のような瞳だった。
 喫茶店の出入り口付近で立ち止まったまま、じっとこちらを見上げている少年。
 つゆのしたたる直毛、額の中央に居座るユニコーンのような虹色のつの
 すべてがオレンジの明かりに照らされ、幻想的に煌めいていた。

 先ほどまでは視界も悪く、連れ帰るのに必死だったため、そちらに気を取られていた。
 初めて認めた鮮明な姿に、驚きを隠せない。
 おもちゃや特殊メイクなどに詳しくはないけれど、そういった作りものの類ではないと直感した。
 いや、思い知らされた、というべきか。
 それほどまでに彼は、圧にも似た独特なオーラを放っていた。

 光の加減によって、真紅にも橙色にも映る不思議な髪をしばし茫然と眺める。
 彼はなにも語らない。
 子供らしからぬ切れ長の目で、私を静かに見据えるだけだ。
 ふと、藍之介の言葉が脳裏をかすめる。

「変なものに取り憑かれちゃうかもよ」
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