鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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理想と現実

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 そんな私を見かねた藍之介が「少しくらい僕が協力するよ」と申し出てくれたことがあった。
 お金の貸し借りは絶対しちゃダメ、特に大切な人ならなおさら。
 そうおばあちゃんから教えられていた私は、これ以上甘えられないと丁重に断った。
 以前そんなやり取りがあったため、藍之介の口から「直したら?」という台詞は出ない。
 もう私自身に任せるしかないと思っているのだろう。

 生暖かい送風を浴びながら、ぼんやりと幼なじみの顔を眺める。
 よく二人で歩いていると、王子と平民ってからかわれたな。
 周りからそう言われても「はい、その通りです」とあっさり納得できるほど、本当に綺麗な容姿だと思う。
 人間離れしたような……
 と、考えが浮かんだところで、ふとあることを思い出した。

 さっと立ち上がると、店内のかどに置いてある小さな本棚に歩み寄る。
 子供が好きだったおばあちゃんは、絵本をたくさん取り揃えていた。昔に刊行されたものばかりだけれど。
 私の腰辺りまである木造もくぞうの台の上には、イラストレイターの表紙が目を惹く文庫本が置いてある。
 藍之介が来たら返そうと思って用意していたのだ。
 書籍を持って来た道を戻ると、気配を感じた藍之介がパソコンを打つ白い指を止めてこちらを見た。

「これ、ありがとう」

 感謝の言葉とともに私の手から藍之介の手に、紙の本が受け渡される。
 藍之介は少し黙ってその表紙を見つめると、私の様子を伺うように視線を移動した。 

「……どう、だった?」
「今回もすごく面白かったよ! 鬼と人間の恋なんて、想像しただけでも楽しいよねっ」
「……ならよかった」

 藍之介は本屋さんの息子だけあってか、読書が好きだ。
 以前の私は漫画ばかり読んでいたけれど、一人暮らしをしたのを機に、藍之介がよく小説を貸してくれるようになった。
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