鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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理想と現実

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 ここら一体は小さな店がいくつも並び、下町の商店街になっている。
 この喫茶店を出ると目の前にさほど大きくない道路があり、そこを越えた向かい側に本屋がある。
 藍之介はそこの一人息子だ。
 私が高校生まで住んでいた実家と呼ばれる場所は、歩いて三十分ほど先にある。
 少々込み入った事情があり、小さな頃から自転車で頻繁におばあちゃんに会いに来ていた。
 藍之介の両親もおばあちゃんと付き合いがあり、よくこの店に来ていたので、顔を合わせる機会が多くなり、自然と親しくなった。
 学校は違ったものの、放課後にこの喫茶店に集まり話すことが習慣化し、それが未だに続いている。
 私は高校を卒業してからこの店を継いだけれど、藍之介は現在、大学一年生だ。
 名前を聞けば誰でも知っている、超のつく有名な国立大学の優等生。
 学科は文系だが、理系も得意なオールマイティ。
 だから私が苦手なエクセル、ワードなどというパソコンの扱いもお手のものなのだ。
 どうしてこんなにハイスペックな彼が、なんの取り柄もない私にずっと付き合ってくれているのか、永遠の謎だと思っている。

 藍之介は私のノートをパソコンの横に置き、お世辞にも綺麗とは言えない文字を追いながらかたかたとキーボードを打つ。
 ふわりとした紺色寄りの癖っ毛が、藍之介の長いまつ毛と耳の側で揺れる。

「……なんか送風、来てない?」
「よく気づいたね、そろそろ暖房を入れてみようかと試したらね、風しか出ない上に止まらなくなっちゃって」
「壊れているね」
「私もそう思う」

 エアコンが故障しているなら、修理した方がいいのは誰でもわかるだろう。
 けれど私には先立つものがない。
 なので業者を呼ぶのを渋っている。
 そして電気代という名の風が放出され続ける悪循環に陥るのだ。
 シャンプーとリンス代を節約したいがために自慢……と言えるほどではなかったけれど、伸ばしていた髪もばっさり切った。
 毛染め代も高いので今では天然の黒一色だ。
 メイク道具は百円均一。恥を凌いで言えば、下着の新調もあきらめている。
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