君と命の呼吸

碧野葉菜

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4.ほどける心

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 それなのに、海斗はやって来た。
 潮風のような爽やかさに、微かな杞憂を含ませて。
 
 個室でのシャワーと味の薄い病院食を済ませた頃、ノックされたドアに「はい」と返事をすると、廊下から女性の看護師が入って来た。
 その背後に、彼は立っていた。
 
 あれから、海斗に返事をしていなかった。
 なんと送っていいか、決められなかったからだ。
 そんな心の準備もないままに、相変わらず距離を詰めてくる彼に困惑した。
 それでも面会を拒否するとは言えず、海斗がいるというだけで、条件反射のように身なりを気にする自分にあきれた。

 看護師は私に次の回診の時間を説明すると、にこやかに退室した。
 小さな部屋に二人きりになると、しばし沈黙が流れた。
 学校帰りなのだろう、海斗は以前見た時と同じ、制服姿をしていた。
 意を決したようにベッドから下り、室内用のスリッパを履くと、ぽつんとドアの前に立つ海斗を迎えに行った。
 私より少し高い背を見上げると、海斗と視線が合う。
 いつも穏やかに放物線を描いている眉はやや悲しげに垂れていたけれど、目を逸らすことはなかった。

「……歩いて大丈夫?」
「……うん……座って、話そっか……?」

 海斗を促し、私たちはベッドの端に横並びに腰を下ろした。
 何から話そうか迷ったけれど、謝罪をしないことには始まらない。

「……ごめんね。病気のこと、黙ってて、急にあんなことになって、驚かせて、迷惑かけて、本当にごめんなさい」

 すると海斗は、軽く首を横に振った。

「確かにびっくりしたけど、迷惑とはこれっぽっちも思ってねえから、謝らないで」

 辛くなる。
 いっそ、お前なんか嫌いだ、いらないと、切り捨ててくれたらあきらめがつくのに。
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