アオハルのタクト

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
19 / 70
夢想曲(トロイメライ)

9

しおりを挟む
「優希ちゃん、拓人のこと好きなら、もっとちゃんと捕まえといてよ。コレ、私のとこばっか来るからさ」

 後ろにおる俺を指差した上、コレ呼ばわりなんて、失礼すぎるやろ。だけど、他の内容のインパクトが強いせいで、悪態つくタイミングを逃した。
 母さんも優希も似たような表情をしている。ポカンと開いた目と口、鳩が豆鉄砲を食らうって、たぶんこんな顔や。

「勘違いしないでね。今日はちょっと公園で、下着になって遊んでただけだから」
「ちょっ、もうええからっ、早よ、こっち!」

 二人にさらなる追い込みをかける春歌に、声を被せるように口を挟む。これ以上、誤解を生む発言を阻止するために、春歌の手首を掴み、階段へ連れていく。

「今から俺の部屋、来るん禁止な! ピアノ弾くから、絶対開けんなよ!」
 
 俺の大声に、あっけに取られた優希が我に返ったらしい。階段を上る後方から、追いかける足音が聞こえた。

「で、でもっ、春歌ちゃんは、柳瀬くんと付き合ってるんやろ!?」

 優希の発言は、ハッキリと俺に届いた。耳から耳へ、抜けてくれたらええのに。きっちり胸につかえて、しつこく頭に反響する。

「なによ、せっかく私が弁解してあげたのに」

 俺に引っ張られ、後ろをついて歩く春歌が、不服そうな声を漏らした。

「いらん。春歌が言うたら余計に傷口が広がる……いろいろ、めんどくさいねん」

 春歌が帰った後のことを考えると、胃の辺りがキリキリと痛む。ハァと一息つきながら、檜色の階段を上りきると、後ろを振り返った。

「自分の家でもないのに『おかえり』とか……ウケる」

 ふっと、薄い唇の隙間から漏れる吐息。いつも血色がええとは言えん膨らみは、嘲笑の色に染まっている。
 確かに、冷静に考えればおかしな話や。他人の家におって、その家の人間が帰ってきて「おかえり」なんて。
 おまけに優希は、俺の両親を「ママ、パパ」と呼んでいる。元は「たっちゃんママ、パパ」が、長くて省略された感じやけど、知らん奴らからすれば、優希の実親だと勘違いするやろう。それが俺たちにとっては、当たり前になっている。いつからなんて、記憶にないくらいや。
 慣れていくことの恐ろしさ。それを認識させる春歌は、なにより恐ろしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

処理中です...