1 / 70
序曲(オーヴァチュア)
1
しおりを挟む
今思えば一目惚れやった。
絹のように繊細な黒髪に、ガラス玉に似た瞳、透き通った白い肌。
幼稚園の年長になりたての春、先生に呼ばれて前に出た一人の女の子。集まったみんなの視線を一身に受けながら、どこか遠くを見ている。
挨拶が恥ずかしいんやない。滑らかな肌は赤くなってへんかったし、桜色のワンピースを着た細い体も、全然震えてへんかった。ひらりと舞う、春を代表する花びらを背景に、やけに大人びた表情で立っている。誰に声をかけられてもにこりともせず、遊戯室の隅で絵本ばかり読んでいる。
だから俺は声をかけた。あんまりつまらなそうやから、楽しいことを教えるつもりで。一緒に遊ぼうって言うたら「外遊びは嫌」と返されたから、これ幸いにと家に誘った。
折れそうな腕を引っ張って、一階のリビングに連れていくと、窓際で存在感を放つグランドピアノを披露した。
黒い長四角の椅子に飛び乗り、白い鍵盤に指を合わせる。間違えんよう、選んだんはショパンの「子犬のワルツ」。子供の手でも弾きやすい、一番得意な曲やった。
演奏を終えると、そばでぼんやりと立つ彼女にピアノのよさを語った。難しいけど楽しい、上手く弾けると気持ちええんやって。
興味なさそうな彼女を強引に椅子に座らせ、楽譜の説明をした。先生になった気分で、ドレミの順番や、鍵盤を弾く流れを教えた。
まだ帰ってほしくなくて、留めるための飴を探しにキッチンに向かうと、母さんがオレンジジュースとクッキーを出してくれた。こぼさんよう気をつけてトレーにのせていると、ポロンポロンって、拙い音が耳に届く。
ピアノを弾いてることに気づくと、嬉しくなってキッチンを飛び出す。そしてリビングに着く頃には、音の拙さは消えていた。
純白の床に映える漆黒のピアノ。それと同じ色の髪、すらりと伸びた手足。鍵盤の上を流れるように動く指が、滑らかで心地いい音色を奏でる。春の陽気に照らされた瞳は、楽譜を見てへんかった。
トレーが手からすり抜けて、ガチャンと音を立て足元を濡らす。
あの美しく残酷な光景を、一生忘れない。
俺が好きになった女の子は、天才やった。
絹のように繊細な黒髪に、ガラス玉に似た瞳、透き通った白い肌。
幼稚園の年長になりたての春、先生に呼ばれて前に出た一人の女の子。集まったみんなの視線を一身に受けながら、どこか遠くを見ている。
挨拶が恥ずかしいんやない。滑らかな肌は赤くなってへんかったし、桜色のワンピースを着た細い体も、全然震えてへんかった。ひらりと舞う、春を代表する花びらを背景に、やけに大人びた表情で立っている。誰に声をかけられてもにこりともせず、遊戯室の隅で絵本ばかり読んでいる。
だから俺は声をかけた。あんまりつまらなそうやから、楽しいことを教えるつもりで。一緒に遊ぼうって言うたら「外遊びは嫌」と返されたから、これ幸いにと家に誘った。
折れそうな腕を引っ張って、一階のリビングに連れていくと、窓際で存在感を放つグランドピアノを披露した。
黒い長四角の椅子に飛び乗り、白い鍵盤に指を合わせる。間違えんよう、選んだんはショパンの「子犬のワルツ」。子供の手でも弾きやすい、一番得意な曲やった。
演奏を終えると、そばでぼんやりと立つ彼女にピアノのよさを語った。難しいけど楽しい、上手く弾けると気持ちええんやって。
興味なさそうな彼女を強引に椅子に座らせ、楽譜の説明をした。先生になった気分で、ドレミの順番や、鍵盤を弾く流れを教えた。
まだ帰ってほしくなくて、留めるための飴を探しにキッチンに向かうと、母さんがオレンジジュースとクッキーを出してくれた。こぼさんよう気をつけてトレーにのせていると、ポロンポロンって、拙い音が耳に届く。
ピアノを弾いてることに気づくと、嬉しくなってキッチンを飛び出す。そしてリビングに着く頃には、音の拙さは消えていた。
純白の床に映える漆黒のピアノ。それと同じ色の髪、すらりと伸びた手足。鍵盤の上を流れるように動く指が、滑らかで心地いい音色を奏でる。春の陽気に照らされた瞳は、楽譜を見てへんかった。
トレーが手からすり抜けて、ガチャンと音を立て足元を濡らす。
あの美しく残酷な光景を、一生忘れない。
俺が好きになった女の子は、天才やった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
金色の庭を越えて。
碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。
人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。
親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。
軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが…
親が与える子への影響、思春期の歪み。
汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
からふるに彩れ
らら
青春
この世界や人に対して全く無関心な、主人公(私)は嫌々高校に入学する。
そこで、出会ったのは明るくてみんなに愛されるイケメン、藤田翔夜。
彼との出会いがきっかけでどんどんと、主人公の周りが変わっていくが…
藤田翔夜にはある秘密があった…。
少女漫画の主人公みたいに純粋で、天然とかじゃなくて、隠し事ばっかで腹黒な私でも恋をしてもいいんですか?
────これは1人の人生を変えた青春の物語────
※恋愛系初めてなので、物語の進行が遅いかもしれませんが、頑張ります!宜しくお願いします!
青春ヒロイズム
月ヶ瀬 杏
青春
私立進学校から地元の近くの高校に2年生の新学期から編入してきた友は、小学校の同級生で初恋相手の星野くんと再会する。 ワケありで編入してきた友は、新しい学校やクラスメートに馴染むつもりはなかったけれど、星野くんだけには特別な気持ちを持っていた。 だけど星野くんは友のことを「覚えていない」うえに、態度も冷たい。星野くんへの気持ちは消してしまおうと思う友だったけれど。
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる