金色の庭を越えて。

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
111 / 228
第三章、汚れた大人たち

32

しおりを挟む
「そっちの人は、いる?」

 アリスに聞かれたあゆらは一瞬ドキッとしたが、恐らくここは断らずに乗った方がいいはずだ、と判断した。
 
「あ……じゃあ――」

 あゆらは女だとバレないよう、なるべく低い声でそう答えながらアリスからのタバコを受け取ろうと手を伸ばした。
 ――しかし、そのタバコをまたしても引き受けたのは志鬼だった。

「悪いな、こいつタバコ苦手やねん、酒も弱いし」
「ええ、なんでこんな場所来たのかわかんない」
「まあそう言わんと。代わりに俺が倍いただくから許したって」

 志鬼は冗談ぽく笑い混じりに言いながら、あゆらに目配せをし小さく頷いて見せた。
 タバコもお酒も経験がないあゆらに助け舟を出したのである。
 志鬼は悪いことはすべて自分が請け負い、あゆらには綺麗なままでいてほしいと思っていた。
 二人にしかわからないアイコンタクトに、ダイレクトに伝わる優しさ。こんなことをされては、あゆらはたまらなかった。

 アリスが慣れた手つきで志鬼の咥えたタバコに火をつける。志鬼はそれを一吸いすると、薄い唇から離し吐き出した。
 あゆらは志鬼がタバコを吸うところを初めて見た。つまり、志鬼が普段はタバコを吸わないことは明らかだった。
 しかし、付き合いで口にしているとは信じられないほど絵になるさまに、あゆらはしばし未成年の喫煙が悪だということを忘れていた。
しおりを挟む

処理中です...