オサキ怪異相談所

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間章

幾星霜 凪

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狐:『幾星霜を越え 今を生きる』
  『それは 人だけでは ない』
  『どこまで越えれば いいのだろうか』


【間】


子供達が遊ぶ姿 何か歌を歌い、輪を作っている
それを見つめる、一つの影

狐:(人間は無邪気に笑う
  何が楽しいのやら、全く解らない
  弱くて、脆くて、そして……
  業の塊のクセに……)

紅:あ!

狐:(チッ…)

人に見つかり、山へ消える狐

紅:待って!……行っちゃった

友達から何かあったのか声が掛かる

紅:ううん、なんでもない
  ねぇ、次は川に行こう!

狐:……
  (フン…)


別の日
また子供達が遊ぶ姿を見る狐

狐:(本当、飽きないね……)

紅:やっぱり、見てる?

狐:!?
  (人間!?なんで……気配が全然……)

紅:えへへ、分からなかった?
  私ね、得意なの

狐:……
  (逃げよう、コイツ変だ)

紅:あ!待って!行かないで!

狐:ッ…
  (はぁー…)
  チ、近…寄ル……ナ…!

紅:えっ

狐:帰エ……レ!!

紅:喋っ……た…?

狐は山へ逃げていく

紅:あ!……守り神様…?


【間】


狐:ハァ…ハァ…
  (クソ、咄嗟に言葉を使ってしまった
  ……もう、此処にも居られない、か)

野槌:ふふふ、ふふふ

狐:っ!?
  (あれは……)

野槌:美味そう、美味そう
   稀有な血を持っている
   あれは、身隠し
   どうして、中々……

狐:(身隠し……?)
  っ!!
  (まさか……!)

野槌の前へ姿を現す狐

狐:ヤメ、ロ

野槌:……

野槌の口が開き、気味悪く笑う

野槌:百年狐ェ……
   そうか、この山
   先住がいたのか

狐:ニンゲ…ンニ、近ヅクナ

野槌:尾が一本……惜しい、惜しい

狐:(なんだ……こいつ…
  なんで流暢に言葉を使えるんだ…?)

野槌:人を喰った、いっぱい喰った
   人を喰えば、強くなる

狐:(コイツ、人食いを!?
  元は小動物しか食べない妖怪のはず)

野槌:人を喰えば、言葉を奪えた
   百年狐、お前はまだ百年しか生きてないない
   惜しい、惜しい
   あと八百年生きて喰えば
   さぞ……美味いんだろうなァ

狐:フザケルナ!!!

野槌:ふふふ、ふふふ
   怖くない、怖くない

狐:(殺す……!!)

野槌:人を見守っていた
   気まぐれ
   お前に使命はない筈
   情が出たのか、妖怪が
   ふふふ、ふふふ
   それは、それで……滑稽

狐:!!!

野槌へ飛びかかる

野槌:!?ぎゃっあ!

狐:ナメ、ルナ

野槌:アァァア!

尾を振り回す野槌、そして

狐:!?ギャッ
  (しまっ……た…)

野槌:痛い、痛い痛い
   許さない、ふふふ、ふふふ
   許さない

ブツブツと言葉を発しながら山奥へ消えていく野槌

狐:(くっ……駄目だ、動けない…)

紅:あ!

狐:!?

紅:待って!手当するからウチに来て!

狐:(……あー…クソ…)

気を失う、狐

紅:急いで帰るから!頑張って!
  守り神様!!



【間】



狐:(……うっ…此処、は…)

紅:あ!守り神様!
  気がついたんですね!

狐:(守り神…?)
  チガ、ウ
  守リ神ジャ、ナイ……

紅:いいえ!私は聞いたことがあるの
  お母様とお父様が言ってた
  あの山には守り神様がいて
  悪いものから私たちを守ってくれているって
  その姿は、動物……狐の姿をしているって

狐:(そんな話、聞いたこともない
  人間が勝手に話しているだけだ)
  違ウ

紅:……だから、あの山は狐山きつねやまって呼ばれてる

狐:……
  (確かに、そう呼ばれているのは知っている
  だけど、それは多分……もっと昔の
  先住の狐たちのことだろう……)

紅:それでね、守り神…

狐:……?

紅:私のお父様とお母様は
  流行病で死んじゃったんだ

狐:っ…

紅:今はね、近くの人たちが
  よく見に来てくれる
  だけど、この家には私しかいないから
  よければ此処に住みませんか!
  まだ怪我してる、だから良くなるまで

狐:(……人間と…住む……それは……)

紅:私、みんなには言わないです!
  守り神様のこと、絶対!

狐:(この子は、恐ろしくないのだろうか
  言葉を扱う狐なんて…)
  解ッ……タ

紅:わあ!やったー!

狐:……
  (傷が癒えるまで、そう
  それまでだ……)



狐:(今思えば、この時が運命の別れ道だった
  正解は何だったんだろう
  間違いは何だったんだろう
  考えても考えても答えは出ない
  例え……何百年考えても……)



【間】



4年後ーーー。

狐:紅!

紅:お帰りなさい!守り神様
  だけど、まだご飯の時間じゃないよ

狐:分かってるよ、そんなこと
  お前、弥二郎と

紅:あら、耳が早いこと!
  流石は守り神様ね

狐:……どうして、言ってくれなかったの

紅:まだ正式に決まった訳じゃないから
  それに、守り神様に心配してほしくなくて

狐:喜ばしいことじゃないか!
  待ってて!お祝いをしよう!

紅:ちょ!守り神様!?
  ……ふふっ


狐:(あの娘、紅と会ってから四年が過ぎた
  傷が癒えるまでと、自分に言い聞かせ
  いつの間にか、家族のように
  ……出ていくことが出来なくなっていた
  今まで山で独りだったが
  紅と暮らすことで言葉も難なく扱えるようになった)


狐が村を一人、歩いている時、村人たちから噂話を耳にする
紅が、弥二郎ともうすぐ結婚するだろう
といった噂話だった

狐:(その話を聞いた時、嬉しかった
  家族を早くに亡くした紅に、家族ができることが
  ……浮かれていた)

野槌:ふふふ、ふふふ

狐:(だから、アイツの気配に……気づかなかった)



【間】



紅:ありがとう、守り神様

狐:山の幸くらいしか贈れるものはないけれど

紅:ううん、十分
  それに、誰が贈ってくれたか、が重要なの

狐:……そっか、そうだね

紅:……私ね、守り神様と暮らせて良かった

狐:特別なことは何もしてない

紅:ううん
  早くに両親を亡くして寂しくなかったって言うのは
  嘘になるくらいには、あの時の私は寂しかった
  みんなの前では隠してたけどね
  みんな、良くしてくれていたし
  友達もずっと遊んでくれてた

狐:……

紅:だけど、みんなには帰る家があって
  待っている人がいるから
  私は、家があっても空のまま

狐:紅……

紅:だから、守り神様が来てくれてからは
  家に帰るのが楽しくなった
  寂しくて泣いていた心がね?
  穏やかに、澄み渡るように……
  昔、両親と見た海辺の朝凪のような

狐:そんな事を言ってくれた人はいなかった

紅:え?

狐:ずっと独りだった
  前に話した通り、百年は生きた
  移り住んで、時には人に畏れられたりもした
  紅が思う守り神ではないけど、この山に、この地に来て
  紅に出会えて良かった

紅:……っ…
  ごめんなさい!

狐:?どうしたの?

紅:私、私は……
  この家を……

狐:……分かってるよ
  弥二郎の家に行くんだよね
  気にする事じゃ無い
  それは、喜ばしい事なんだ
  大丈夫、独りでいいんだ
  あるべき姿に戻るだけ

紅:そんな…そんな寂しい事言わないで……

狐:守り神ではなけれど

紅:……

狐:君を、君の家族を守る
  例え、この家に居なくても、この地には残るから
  いつでも、いつまでも君を守るよ

紅:っ……うん……うん……

狐:食べよう、紅
  今日は、お祝いだ



そしてーー

狐:じゃあ、紅…幸せに

紅:あの時、涙が枯れるほどに泣いたと思ったけど
  やっぱり、止まらないな…

狐:駄目だよ
  今日は幸せな日なんだ
  笑って

紅:……うん!

狐:それに、この地に残るって決めたんだ
  また会えるよ

紅:そうよね!うん、最後の別れじゃないんだもんね

狐:うん、だから

紅:うん、行ってきます!

紅を見送る狐

狐:……元気で
  ………ッ!?アレは…!

野槌:やっと、やっと
   ふふふ、ふふふ
   稀有な血、傷は癒えた、癒えた

狐:まさか……
  まだあの山に隠れていたのか!
  紅…ッッ!!

野槌:あーーーー
   臭い、臭い臭い臭い
   身隠しの匂いに紛れて人の匂いがする
   あァ、お前……人と関わり過ぎたな

狐:何でまだ此処にいる
  この地から消えろ

野槌:ふふふ、ふふふ
   お前の山じゃないだろうに
   聞く訳がない
   しかし、流石は百年狐
   受けた傷が中々癒えない
   こんなに寝たのは久方ぶりだった

狐:人間に手を出すな!
  何なんだお前は!

野槌:流暢に喋る
   いいなァ、いいなァ
   それは出来なかった
   だから、喰べた、喰べたらできた
   だから、喰べる、喰べればできる

狐:……

野槌:邪魔するならお前も喰べる
   百年狐、お前を喰べたら何が出来る?
   ただ、美味いだけでもいい
   お前は許さない、許さない
   いつかは喰べる

狐:クソ!話にならない!
  守るって約束したんだ
  お前は使命は無いって言った
  今ならある
  だから!お前は行かせない!

野槌:百年狐、何が出来る
   お前は百年、赤子赤子

狐:ッ…
  (確かに百年そこらしか生きていない
  何百年と生きていればそれなりに
  コイツを殺せる筈なのに……だけど)
  神通力くらいなら!

狐は、長い年月を生きていた
その中で、神通力を得ることができた
その力を感じ取る野槌

野槌:人間と過ごして成長した?
   何故?蓋があった?解らない
   おかしい、おかしい
   いい、いい
   ふふふ、ふふふ
   お前から喰えば、解る

狐:紅を…あの子を守る為なら!
  死んでもいい、だから…だから!
  “オ前ハ、死ネ!”

その発せられた言葉には呪いが込められていた
神通力の力で野槌に言葉を浴びせる

野槌:ッ!?ギャッア!!
   ァ、ア!痛い、痛い……
   中身が……中身が!!!

苦しみ、悶えて、そして静かになった野槌

狐:……ハァ…ハァ…
  ゴハッ…

まだ、慣れていないのか、自分の呪いの力の反動により、吐血する狐

狐:紅……紅…
  守れた、君を、ぼ

野槌:赦さない

狐:く……ァ…ガッ……

狐の胴体に野槌の尾が刺さり、貫く

野槌:痛い、赦さない、痛い、赦さない
   休まなくては、また、また……

ぐったりと、身体を引き摺り山へ消える野槌

狐:ハァ…ハァ…あの身体じゃ……長くは…
  幾つか、壊せた……だから…
  守れた……守れたんだ……
  だから、だから……
  紅、紅………君は、君は……



【間】



狐:(僕は霊体になった
  今まで解らなかったことが大体理解できた
  僕は、長寿で百年狐と言われる狐で
  千年生きれば九尾の狐に似た大妖怪になれるほどの狐だった
  そして、死んだ今
  格を持つほどの霊体になった)


狐:これは……ははっ、地縛霊みたいだ 
  未練は無い…筈だったのに…
  いや、使命がある
  僕は紅を、紅の家族を守るんだ
  この地で、いつまでも
  あはは!本当に守り神になった気分だよ、紅


【間】


そして、また月日は流れーー

紅:アナタが産まれたら
  聞かせてあげなくちゃね、守り神様のこと

狐:何年も会ってないのに
  まだ僕のこと、覚えててくれてるんだね
  こんなに近くにいるのに、今もう……

山を見上げ、語りかける紅

紅:ふふ、なんでかな?
  最近、守り神様が近くにいる様な気がする
  ……あの山の何処にいるのかな……

狐:……紅
  おめでとう、家族が増えて僕も嬉しいよ
  もう、会えないけど、ちゃんと見てるから
  ………なんで……なんで!!!

紅の後ろに影が見えた
それは、忌々しいモノの姿だった

野槌:ふふふ、ふふふ
   赦さない、と言った
   死なない限り、赦さない
   それが大切なんだろう?
   霊体になったのなら、死んだということ
   ふふふ、ふふふ
   勝った、勝った
   色々喰った、治った、早かった、だから来た

狐:巫山戯るな!!

野槌に気づく紅

紅:な、何……あれ…

狐:紅!?
  お前ェ!!

野槌:喰べる、喰べる
   お前、守れるかな?

紅:嫌……嫌…

狐:(アイツが紅に近づく前に殺す!)

狐は守るように、そして殺すために飛びかかる
しかし、野槌の口が不気味に開く

野槌:かかった……

そしてーー

狐:えっ……
  な、なん……で……

野槌:喰った、霊を喰える口を得た
   だから、お前も喰える
   ふふふ、ふふふふふふ

狐:うっ…あっ……

野槌:赦さない、赦さない
   次は、アレ

狐:やめ……ろ……

紅:来ないで!来ないで!!

野槌:ふふふ、ふふふ

紅:……守り神様……!!

狐:!!……そうだ、僕には
  使命が…あるんだ……!
  だかッら!お前だけは!!

野槌:何故、お前は……何故
   何度も、何度も
   何故

狐の神通力は、霊体になったことで更に強力になっていた
それは、念じるだけで相手に呪いを与えるまでに
そして、狐の神通力で倒れる野槌

紅:えっ……

狐:はぁ…はぁ…紅……

紅:もしかして……守り神様…?

紅には狐は見えていなかったが、確かに何かを感じ取っていた

狐:っ!……うん、僕だよ
  ちゃんと、約束守ってるから

紅:ありがとう、守り神さッ

狐:えっ

野槌:赦さない、ふふふ
   もう喰うのはいい、喰わない
   お前の心を壊したい
   どうせ死ぬ、なら、こうすればいい
   ふふふ、ふふふ、ふふふ……

野槌の尾が紅を貫く、そして
不気味に笑いながら野槌は死んだ

狐:紅ーーー!!!

紅:ハァ…ハァ……

狐:嘘、だ……嘘だ、嘘だ!

紅:守り神……様…?

死期が近いのか、狐の姿が見えるようになっていた

狐:っ!?なん…で

紅:私……

狐:喋らないで!

紅:守ってくれたのに…私…

狐:違う!違うんだ!僕が……僕が…

紅:約束……守ってくれて……ありがとう……

狐:嫌だ……嫌だ!紅!君はまだ生きて
  生きて、生きて生きて!幸せに!

紅:最期に……守り神様に会えて……
  …………良かった……

狐:あっ…あぁ……あぁぁあぁあ!!




【間】




狐:(紅が死んで僕の使命は消えた
   消えて縛りが無くなった
  だけど、僕はこの地から離れられなかった)


狐:奇跡だ……あぁ、あぁ……
  (紅は死んだ、その事実は変わらない
  だけど、子供は助かった
  早産だった…しかし、子供は生きた)


狐:………さよなら、紅
  (使命を全う出来ず、何も守れなかった
  だから、僕は……この地を離れた)


【間】


狐:(独り、もう、それでいい
  長い年月を、独り永遠に
  それが、僕の業だ)





現在ーー

紅:守り神様

狐:!?
  ……なんだ、今の…
  (あれから何百年と経っても
  忘れることのできない、業)

紅:守り神様!助けて!

狐:紅……?

ある家、窓から中を覗く狐

狐:紅……?紅!!!

茜:はっ!…はぁ…はぁ…だ…め、ダメだ…
  あ、あれ…見ちゃいけないやつだ…
  尾先さんが言ってた…本能が教えてくれてる
  身体が…重い…動けない…
  見たらダメ、考えちゃダメ…だけど…見たい
  知りたい、見たい、理解シたい、知ってル、みタい
  見なキゃ、見なイと…

狐:違う、紅じゃない……だけど、あれは…


茜:クダ様が…助けてくれて

狐:なんだ、コイツ…狐、それもあれは……
  この子も……


狐:生まれ変わり?それとも子孫……
  確かに、紅は子を産めた
  子は生きていた……
  この子は、紅の……

茜:…凪…あなたの名前、凪でいい?

狐:な……ぎ…

茜:凪に助けてもらった時、頭の中がぐちゃぐちゃで
  私、どうなってたのかも分からなくて
  ただ、鈴の音が聞こえた時だけ
  頭の中がスッキリして、澄み渡ってたような
  そんな気がして


狐:あぁ……そうか、そうなんだ……



紅:家に帰るのが楽しくなった
  寂しくて泣いていた心がね?
  穏やかに、澄み渡るように……
  昔、両親と見た海辺の朝凪のような

狐:僕に凪の名を与えた……
  君は、君は……
  …………そうだ、僕は守り神だ
  凪、僕は凪
凪:僕の使命は紅が教えてくれた
  そして、僕が約束した
  意味のなかった僕に意味を
  君が……茜が与えてくれた
  だから…次は、必ず
  僕は君を守り続ける

玉は割れ、砕け消える

茜:えっ!?

凪:……これは…

茜:凪!お帰り!

凪:茜……

紅:(お帰りなさい!守り神様!)

凪:……ただいま、茜



【間】



凪:『幾星霜を越え 今を生きる』
  『それは 人だけでは ない』
  『どこまで越えれば いいのだろうか』
  『どこまで越えれば 僕は赦されるのだろうか』
  『赦されなくていい 背負い続ける』
  『何度、星が流れても 僕は 君を』

凪:茜

茜:ん?どうしたの?

凪:ううん、なんでもない
  (僕は、君を守り続ける)



【間】



茜:凪

凪:どうしたの?

茜:私ね、尾先さんに言わなきゃいけないことがあるの

凪:っ……知ってるよ

茜:凪が戻ってきてくれて、力が湧いてきた…
  って言うのかな?なんだか今なら話せる気がして

凪:気のせいじゃないの?

茜:ううん、だから凪
  一緒に来て

凪:茜の頼みじゃ断れないよ

茜:凪にもちゃんと聞いて欲しいから

凪:……うん、分かった
  大丈夫、僕が憑いてる

茜:ふふ、そうだね
  私の守り神様だからね

凪:……ははっ!うん!



幾星霜 凪 終
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