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32.落ち着いた

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僕はあれからブレアをはじめ、邸の人達に子供扱いをされるようになってしまった。今まではすれ違っても無言で会釈だけだったりしていた使用人や騎士の人たちも、何かと声を掛けてくるようにもなった。「いい天気ですね」から始まり「どこへ行かれるんですか?」なんかはもう完全に行先把握する為だよね。そんなに矢鱈滅多らどこかに抜け出す訳じゃないんだけどな。偶に飴やクッキーなんかの小さなお菓子をくれる人も居る。有難く貰ったあとブレアが蹴散らす事が多いけど。まぁ僕はもうすぐ大人であってまだ子供だから子供扱いも仕方ないと思うことにした。それにしても僕はブレアより年上で大人に近いのは僕の方であるはずなのに、どう見ても僕の方が子供扱いされている気がする。まぁそれもあと少しで大人だから無くなるだろう。



「ブレアはさ、ネコジャラシ畑を見たら突っ込みたくならないの?」

執務室でソファで本を読んでいた僕はふとブレアに問いかける。今日やるお仕事は既に終えてしまったけれど、邸内で大掃除をしているとか何とかで昼食まではここで過ごすことになっている。

「⋯無いな。そもそもあまりネコジャラシを見た記憶が無い。あそこにネコジャラシが生えていたこともこの前ので知ったくらいだったからな。」

「なんということ!!同じネコなのに!?じゃあ今すぐ行こう!直ぐ検証しよう!見てると体がうずうずして大人でも飛び掛りに行っちゃう位なんだから!」

「待て待て待て。」

僕がぴょんっとソファから立ち上がって扉に向かった所を向かいに座っていたブレアの隣を通る時に難なく捕まってそのままストンとブレアの膝に降ろされた。

ルーランもデルケスも居るのでこういうスキンシップは辞めて欲しいと最初は思っていたんだけど、こういうのもやはり慣れなのか最近では特に気にしなくなってきている自分がいる。慣れってすごいね。

「流石に大人はないだろう?」

「そんな事無いよ?あのね、街ではネコジャラシ畑が点々とあってね、兵士の大人たちも混ざって良く走り回ってたよ?やっぱり月の出ている夜が大人気でね、1人で使えたら超ラッキーだけどそんなことはほとんどなくてね、野良だけじゃなくてメインクーンとか立派なお家柄の兵士さんたちも普通に走り回ってたよ?」

「⋯⋯使う?」

「そうそう!ネコジャラシ畑で遊ぶことを使うって言うの!今思えば変だよね、でもみんな普通に途中まで1人で使ってたのに~とか言ってたよ。ネコジャラシは大人だって魅了しちゃう魔性の雑草なんだから、ほらせっかくだから行こう!」

「行かない行かない。今は大掃除中で邸内埃っぽいから出てはダメだ。というかネコジャラシが魔性の雑草だなんて初めて聞いたのだが。」

「あのね、だってね!世界中のネコを虜にして離さないネコジャラシはきっとネコだけに分かる微量の魔力を放出していて、それが匂いにも含まれていて、ネコは探してもないのにネコジャラシの場所がわかってしまい、朝まで虜になってしまう魔性の雑草なんだって兵士のおじさんがマタタビ齧りながら言ってたよ。だからほら、ブレアも虜になろう??」

「いやだから行かないって。もし仮に万が一行くとなったとしてもそれは今日では無い。」

断固拒否されてしまった。
味方がいないとダメかもしれない。そういえばここに来てからネコジャラシの話は聞いたことがない。むむむ、ならば。

「ルーランもネコジャラシ見たらソワソワうずうずしちゃうよね?」

「すみませんキーリー様。私はキツネなので分かりかねます。」

ルーランを味方にしようとしたがダメだった。そもそもルーランはキツネだった、ネコを虜にするんだから、ネコじゃ無ければ分からないのも無理は無い。
じゃあと思ってデルケスの方を見たら先手を打たれてしまった。

「申し訳ございません。私もブレア様と同じであまり目にする機会がなく⋯。」

なんということ!?もしかしてここでネコジャラシの魅力を知っているのは僕だけ?領内全体が?そういえば、ここに来てネコジャラシを見たのはこの前が初めてだった。ならば僕がその魅力を伝える伝道者にならなくては。

「よし、分かったよブレア。僕がこの領内にネコジャラシの魅力を伝え広めれば良いんだね!?」

「待て待て、落ち着け。なんか変な方向に思考が回ってるぞ?」

「僕は落ち着いている。僕がここに呼ばれた理由はネコジャラシの魅力を伝え広める事と理解した。」

「それは無いから落ち着け。」

失礼な。確かにいつもより口が回って沢山喋った気がするが、落ち着いている。変な思考もこれっぽちもしていない。ネコジャラシの魅力を知らないからそんな事が言えるのだ。

立ち上がろうと思ってグッと体に力を入れたら、離すまいとお腹に回っているブレアの腕に力が入ったので諦めて体の力を抜いて胸に背中を預けた。僕は向かいの席に座り直そうとしただけなのにな、何故だ。

「じゃあさ、ネコジャラシじゃなくても良いからなにかうずうずしたり、飛び掛ったり、追いかけたりしたいって思うこと無いの??」

「そうだなぁ⋯⋯⋯大きな木にネズミなんかが走ってると捕まえたくはなるな。」

「っ!!!見たい!よし行こう!すぐ行こう!歩いていったら遠いけどデリアで駆ければすぐだよ!」

「だから落ち着け。行ったとしても理性で我慢するし、それにもうすぐ昼食だ。」

「ブレアが食料調達してくれるんでしょ?ネズミ焼いて食べようよ!ブレアがネズミ狩るとこ見たい!絶対格好いい!」

「は?」

「ブレアが狩りするところ見たい!!」

「⋯⋯ネズミを食べるのか?」

ブレアがものすごい表情で固まってしまった。なんで?ネズミは立派な食料でしょ?

「うん。⋯⋯ほら、よく野営する時に、ネズミとか捕まえるじゃん?他にも食べられるのいっぱいあるよ、兵士のお兄さん達に、教えてもらった、から、ええと。」

僕の言葉を聞いているうちにブレアは目を手で覆って天井を仰いでしまった。僕からは今ブレアの顎しか見えない、何かまずったかな。
微動だにしないブレアに不安が募ってルーランを伺う。視界に入るデルケスはいつもの表情で、ルーランは小さくため息を吐いて首を横に振ってしまった。

⋯⋯理解した。ブレアは野営をした事ない。違うな、そもそもネズミは食料では無さそうだ。であるとすればきっとここで雇われている騎士さんたちもそういう訓練もした事ないから食べたこと無いんだろうからそういう話も聞いたことがない、と思う。そして天を仰いだまま微動だにしないブレアに声を出して確かめる勇気は僕には無い。さてこの空気、どうしよう?

暫く悩んでいるとブレアが動いた。僕の事をすっと持ち上げて向かい合わせにしてから肩に手を置いた。うん、すごい早業だ。
そして僕の目を覗き込んで言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「いいか、キーリー。ネズミは食料では、無い。」

「あっ、はい。」

「狩りはしない。」

「はい。」

「森のものを無闇に食べない。ご飯は持っていく。」

「無闇には食べてな、」

「食べない!」

「っはい!」

「分かったか?」

「分かりました。」

「何をだ?」

「え?えーと。ネズミは食料では無い。狩りはしない。無闇に食べない。ご飯は持っていく。」

「そうだ。」




僕は理解した。

所変われば品変わる。
場所が変われば常識やルールが変わる。
郷に入っては郷に従え。
僕はよそ者だからここの常識やルールに従うべきである。

そして僕は今、大変落ち着いている。
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