廃園

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後編*ヴィルヴィとラントラファス*12

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<17>

 ヴィルヴィとラントラファスは混沌に最上の敬意と礼を示し、混沌の気配が消えた。

 ラントラファスはヴィルヴィに
「しばらく私だけにしてほしい。そなたは先に帰ってくれるか。」
と言われ、一人王宮に戻った。 

 ヴィルヴィはなかなか帰ってこなかった。日が沈み、夜の帳(とばり)が下(お)りて空気が冷えてきても戻らない。ラントラファスは羽織(はお)り物を手に、園(その)に入った。

 ヴィルヴィはやはり川べりにいた。後姿が、月明かりに照らされていた。ラントラファスは声をかけた。
「女王、お寒くございませんか?」
「ラントラファス、来たのか。」
「羽織り物をお持ちしました。」

 ヴィルヴィは、ぼんやりと羽織り物を纏(まと)いながら呟(つぶや)いた。
「夜か。」
「冷えてまいりました。どうぞ王宮にお戻りになって、火にお当たり下さい。」
「わかった。」

 ヴィルヴィの執務室は火が焚(た)かれ、温(ぬく)もっていた。ヴィルヴィは火の側(そば)の椅子に腰を下ろした。ラントラファスが用意した熱い花(はな)茶(ちゃ)を飲み、冷えた体を温(あたた)めた。そのまま火に見入(みい)る。
ラントラファスは側(そば)に控えた。

 長い沈黙の後、ヴィルヴィが口を開いた。

「正直な所、設計者に勝てるとは思わない。混沌のお話を伺って、どうひっくり返すこともできぬと知った。」
「はい。」
「だがそれでも私は、このまま何もせずに消滅を待つことに、どうしても我慢できぬ。我らには力があるのだ。設計者と時に我らの力を知らしめて、何が悪い。理由などどうでも良い。とにかく我らの力を知らしめてやりたい。」

 火がヴィルヴィを照らす。優雅な顔に火(ひ)灯(あか)りと陰影が揺れ、ヴィルヴィの葛藤を示すようだった。

「幾度考えても、そう結論が出る。」
「そうですか。」
「私には皆以上の力がある。自分でも果てがわからぬ。だから自分の力を思う存分試したい。設計者と時を狩りたいと思うのは、そのせいだ。私は本当にエウデアトの消滅を憂(うれ)えているのか、単に自分の力を限界まで使いたいだけなのか、わからぬ。」
「……。」
「こんな私は、皆を戦いに狩りだして良いのだろうか。私の欲に付き合わせるだけではないだろうか。皆の生涯、種(しゅ)の存続がかかっているというのに。負けが決まっているようなものなのに。」

 最後の言葉は、絞り出すように出た。ラントラファスは静かに答えた。

「皆さまがどうお思いなのか、ここで女王が悩まれても、わかりませんよ。」
「ラントラファス…。」
「重要なのは、女王の想いだけでなく、皆さまがどうお考えになるかです。皆さまに、混沌との会話をお話しなさいませ。真(しん)の状況をお知らせするのです。そして女王のお気持ちを、お訴えになればよろしい。そのお気持ちをどこまでお話になるかは、女王がお決めになるのです。」
「……。」
「女王は率直な方であられます。そして正面からぶつかって行かれます。お逃げにならぬ。それがあなた様の強みだと、私は存じております。ですから、あなた様のご性質そのままに、皆さまに向かえばよいのではありますまいか。実のところ、他にもやり方があるかと考えますが、女王に関して申せば、ご自身のご性格、ご性質のままであることが、最も効果的なのではないかと存じます。」
「…なるほど。そうなのかもしれぬな。」
「それともう一つ。私は、最後までお供いたしますので、お忘れなきよう。」

 ようやくヴィルヴィに笑顔が戻ってきた。
「わかった。皆に訴えてみよう。」


<18>

 族長たちは領地に戻らず、王宮の近くで待機していた。族長たちを招集した時、ヴィルヴィは、ラントラファスに短く言った。

「ラントラファス、私は正しい。」
 ラントラファスは一瞬戸惑ったが、すぐにヴィルヴィの意(い)を理解し、頭を下げた。
「どうぞお心のままに、お進みくださいませ。」

 ヴィルヴィは常に頭(こうべ)を上げ、前を向いている。そして進む。それがラントラファスには眩(まぶ)しく、光を纏(まと)っているように見える。ラントラファスは、ヴィルヴィはそのまま民を率(ひき)いて欲しかった。

 そして、ヴィルヴィを心底(しんそこ)愛していると、改めて思った。ヴィルヴィのためなら、ラントラファスは命を捨てることができた。

 だが同時に、死ぬのは最後だともラントラファスは思う。自分は最後まで、ヴィルヴィの側(そば)にいなければならない。死ぬのならば、その後だ。


<19>

 祭殿に族長たちが集まった。彼らを前にして、ヴィルヴィは言った。

「混沌から教えを授(さず)かった。私は、設計者と時を狩ることを、改めて宣言する。」

 族長たちは頷(うなず)いた。パストラのジャモムが尋ねた。
「狩るとは、今少し具体的にお聞きしたい。」
「うむ。混沌からお聞きしたことによると、設計者は全世界に広がるようにして存在し給(たも)うている。時は世界全体を流れる大時間と、我らの中で刻む極小時間とに分かれているらしい。」

 ヴィルヴィは族長たちに、混沌の言葉のままには伝えなかった。真実全てを知ることが良いとは限らない、と思ったからである。

 ヴィルヴィは続けた。「私は、設計者と時を実体化させることで、狩り出そうと考えている。」

族長たちがざわめいた。

「実体化?」「設計者と時を?」「女王、そのようなことが可能ですか?」
「混沌のお力を使うのだ。私は不可能ではないと思う。ただ、さすがに私だけでは難しいだろう。だからこそ、皆の助けがいる。」
「なるほど。」

「園(その)で行なえばよいと、混沌は仰(おお)せだった。」
「混沌が、設計者と時を実体化するよう仰せになったのですか?」
「うむ。いとも簡単に、あっさりとな。」
「それは…。」「何と…。」
「し、しかし、混沌の仰せであるならば、確かに不可能ではないのでしょうな。」
「そういうことだ。」

 ヴィルヴィは、声に力を込めた。「私と共に力を尽くしてくれ。相手がいかに強大な超越者だとしても、ひるむことはない。私が先頭に立つ。私は、我らの消滅を絶対に認めぬ。だから私は、絶対に引かぬ。私には混沌のお力がついている。どのような結果になろうと、私は死力を尽くして、設計者と時と対決する。彼らを狩る。皆は私についてきてくれ。混沌のお力を使う助けをしてくれ。」

 ツクタスのリヤドが声を上げた。
「女王を助けるなど生ぬるい。私こそ、死力を尽くして戦いますぞ。我らの未来だ。勝手に消滅させられるなど、真っ平ごめん。」

 次に立ち上がったのはテーヤウーフのキシャエスだった。
「その通りだ。可能性の道はいつでもございましょう。いくら細い戸口であろうと、可能性を突き進もうではないか。」

 他の長(おさ)も立ち上がり、声を上げた。
「その通りだ!」「そうだ!」
「我らには混沌のお力がある!負けるとは限らぬ!」「そうだ!」「おう!」

 勇ましい声が、祭殿に充満した。
 ヴィルヴィは心強く思った。そして何よりも嬉しかったのは、少なくとも長(おさ)たちは、精神の後退が止まった、あるいは回復したと見られることだった。




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