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28番
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「なんか、大変な事になってきちゃったね」
私が言うと、姉は静かに頷いた。
「あの薬が実際に危ない薬だったとしたら、また誰かが死んじゃうのかも」
姉の言葉に私は「……うん」とだけ言って押し黙った。
他の子どもにも薬が危ない事を伝えてしまえば死ぬことはないかも知れない。だけどそうすれば寮母にすぐさま気付かれる。そうなれば誰が危険と言い始めたのかという犯人探しが始まるだろう。
ここにいる子供たちを救おうと考えると、自分の身が危なくなる。それがわかっていたから私は言い出すことができなかった。
姉も同じように黙り込んでいた。きっと、彼女も同じ気持ちに違いない。
誰だって死ぬのは嫌だ。そうでなければゴミを漁ってまで生きている必要はない。
それから私たちは食事の度に渡される薬を断ち続けた。
出来るだけ自然に振舞いつつ薬を口に含み。飲み物を飲み込んで部屋に戻る。そうして部屋で口の中に残した薬を捨てた。
そんな生活が一ヶ月ほど過ぎた。
また一人死者が出た。私よりも小さな子供だった。
といってもここでは二番目の古株で、ネグレクトが原因でここにやってきた子だった。
元々塞ぎがちだったが、最近は特に暗い雰囲気を纏っていて、人を寄せ付けなかった。
体つきも見るからに痩せていて、死に目に食堂で見た彼女はげっそりと頬がこけていて幽霊かと思ったほどだ。
動かなくなった少女を見た時、最初に比べて子供たちの動揺は大きかった。立て続けに二人も死んだのだから無理もない。私たちも死んだ理由に心当たりがなければ同じように動転していただろう。
中には殺されたのではないかと騒ぎだす少女もいた。寮母が抑えた事でなんとか落ち着いたが、彼女は部屋から出てこなくなってしまっていた。
それから――姉の様子にも少しだけ変化が現れた。
あれだけ元気に振舞っていた姉だったが、最近は大人しく悪態を吐く機会も減っていた。
元々起きるのも遅かったが、最近は目に見えて目覚めが悪い。
目が覚めた私は軽く伸びをしてから姉の方を見る。今日も姉は布団に包るように眠っていた。
ベッドから降りて姉の方へと向かう。
「朝だよ。起きなって」
身体を揺すると小さく動いた彼女が「おはよう」と呟く。その声を聞いて安心する。
最初に死んだ少年のように、もう目が覚めないんじゃないかと毎日思っていた。その度私は心が刺されたようにズキリと痛み、起きてくれと強く願って彼女を揺する。憂鬱な朝が続いていた。
「……今何時」
おはようと言ってから数分経って、やっと身体を起こした姉は気だるげに言った。
「もうすぐ8時。朝ごはんの時間だよ」
「……ん」
寝ぼけたままの姉の着替えを手伝いながら言うと、彼女は小さく息を漏らす。
依然と比べて少しだけ細くなった身体を見て私は眉をひそめる。
着替えを手伝いながら、心の中では困惑していた。
彼女は薬を飲んでいないはずなのにどうして状態が悪くなっているのかと。
私たちの考えが間違っていて、本当は害のない薬なんだろうかと一瞬だけ考えた。だけど寮母の部屋で見た用紙が頭から離れずにかぶりを振る。
何か原因がなければこんな短期間に二人も死ぬはずがない。
原因として考えられるのはやはり、あの薬しか考えられなかった。だけど姉は薬を飲んでいない。
「はい、終わったよ」
考えがまとまらないまま、姉の着替えが終わって声を掛けると、彼女は「ありがとう」と言って笑みを浮かべる。
「何よ改まって。普段は「ん」とかしか言わない癖に」
「いつも感謝してるよ。でも、たまには言葉に表すのもいいかなって思っただけ」
まだ眠たいのか。どこか気の抜けた様子の姉はゆったりとした口調で言った。
「姉のお世話は妹の仕事ですからね」
面と向かってしっかりと感謝されたのがなんだか気恥ずかしくて、わたしはふざけるように言う。
そんな私の姿を見て、微笑む姉と一緒に食堂に向かう。
すでに食堂にはみんな集まっていた。
ぽつぽつと空いた空席を見てから椅子に座る。
「いただきます」『いただきます』
いつものように寮母に続いて挨拶をしてから食事を取る。
3人いなくなっただけで、あれだけ騒がしかった食事の時間は驚く程静かになってしまっていた。
「食事を取りながらでいいので少し話を聞いてくれますか?」
食事中、寮母が言った。
「ご飯を食べたあと、みんなには病院に行ってもらいます」
「病院……」
不安そうな表情で少女が言う。
寮母はにっこりしたまま「えぇ」と返した。
「心配しないでください。最近、体調不良の子が増えてきているでしょう? ですから用心の為に検査を受けてもらいたいのです」
死んだ子供たちを「体調不良」と言い張る寮母に、誰も反論をしなかった。口にしてしまえば、本当に人が死んだとはっきり明言してしまえば、死が身近に感じてしまうからかも知れない。少なくとも私はそうだった。
他の子はどう考えているのかわからなかったが、みんな黙ったまま寮母の話に耳を傾けていた。
食事が終わり余所行き用の服に着替えた私たちは外に止められた車に乗り込んだ。
病院までの道中。車内はお通夜のように静かで、空気がとても重苦しく感じていた。
窓に流れる景色を眺めていると、ふと手に何かが触れた感触があった。
見てみると横に座る姉が私の手を握っていた。
子供をあやすように親指の腹で手の甲を撫でる姉はこちらに微笑みかけてくる。気付かなかったけれど、気を使わせるほどに不安そうな表情をしていたのだろうか。だが、とても嬉しかった。
彼女の手を掴んでしっかりと掴むと、姉も同じ力で握り返してきてくれた。それだけで重苦しい雰囲気がどこかに飛んで行ったようだ。
車で走る事1時間と少し。院から一番近い病院が見えてきた。
車が駐車場に入ると白衣を着こんだ数人の人間が迎えてくれた。
「こちらが例の子たちですか」
「えぇ。そうです。今日はよろしくお願いします」
「わかりました。それじゃあ君たち、検査をするからついてきてね」
後部座席を開けて白衣の人たちが笑顔を作る。寮母と同じ、張り付けたような笑顔に嫌な気持ちになりながらついていく。
病院に入ってからはそれぞれで検査が行われた。
身長や体重。問診等基本的なものからテレビでみたような円形の機械の中に入ったり、血を取られたりした。
すべての検査が終わって解放されたのは病院に入って二時間以上経過してからだった。
待合室に戻ると他の子たちは既に終わっていたようで、私を待っていた。
姉も検査を終わらして待っていたようで、こちらを見てニコリと笑う。
「検査どうだった?」
姉の横に座って話しかける。
「疲れた。注射いっぱいされたしレントゲン何枚も撮られてさ、凄い痛かった。あんたは? 凄く長かったけど」
「私も同じ感じ。でも向きを変えたりして何回も同じことさせられてさ。凄く念入りに診察された気分」
「いいじゃない。折角来たんだから徹底的にやってもらった方が安心でしょう」
「まぁそうだけどさ……」
話していると白衣の人がこちらにやって来た。
手にはバインダーを持っていて、こちらとバインダーを交互に見てから笑顔を作る。
「皆さまお疲れ様でした。検査はすべて終了です」
終了と言われて子供たちに安堵の声が漏れる。
静かになるのを待ってから、白衣の人が言葉を続ける。
「検査の結果は寮母さんを通して追ってお伝えします。それで、君と……君は残ってもらいます」
引きこもっていた少女と姉を指定して白衣の人が言った。
姉は驚いた様子で自分を指でさした。
「私、ですか?」
「うん。少し検査が上手くいってなかったみたいでね。大丈夫、少しだけだから」
とても嫌な予感がした。
優しい口調で話しかける白衣の人は寮母と同じ笑い方をしていたから。
「わかりました……」
戸惑いながらも姉は頷く。
そして姉と少女は手を引かれて連れていかれる。
「待って――!」
私は思わず声をかけた。
声に反応した姉はこちらを振り向くと弱々しい笑みを浮かべる。
「すぐ戻るから。部屋で待ってな」
言いながら姉は病室の中に入っていった。
あっという間の出来事で、私は何も言えなかった。
「さ、あなたたちは帰りなさい。私は再検査の子たちを待っていますから」
寮母の一人がそう言うと、もう一人の寮母に急かされるように車に戻された。
私も姉を待とうとその場で立ち止まったけど、寮母に手を引かれて仕方なく車に戻る。
車が発進して病院が離れていく。
私は姉がどうしても気になって、病院が見えなくなるまで見つめていた。
私が言うと、姉は静かに頷いた。
「あの薬が実際に危ない薬だったとしたら、また誰かが死んじゃうのかも」
姉の言葉に私は「……うん」とだけ言って押し黙った。
他の子どもにも薬が危ない事を伝えてしまえば死ぬことはないかも知れない。だけどそうすれば寮母にすぐさま気付かれる。そうなれば誰が危険と言い始めたのかという犯人探しが始まるだろう。
ここにいる子供たちを救おうと考えると、自分の身が危なくなる。それがわかっていたから私は言い出すことができなかった。
姉も同じように黙り込んでいた。きっと、彼女も同じ気持ちに違いない。
誰だって死ぬのは嫌だ。そうでなければゴミを漁ってまで生きている必要はない。
それから私たちは食事の度に渡される薬を断ち続けた。
出来るだけ自然に振舞いつつ薬を口に含み。飲み物を飲み込んで部屋に戻る。そうして部屋で口の中に残した薬を捨てた。
そんな生活が一ヶ月ほど過ぎた。
また一人死者が出た。私よりも小さな子供だった。
といってもここでは二番目の古株で、ネグレクトが原因でここにやってきた子だった。
元々塞ぎがちだったが、最近は特に暗い雰囲気を纏っていて、人を寄せ付けなかった。
体つきも見るからに痩せていて、死に目に食堂で見た彼女はげっそりと頬がこけていて幽霊かと思ったほどだ。
動かなくなった少女を見た時、最初に比べて子供たちの動揺は大きかった。立て続けに二人も死んだのだから無理もない。私たちも死んだ理由に心当たりがなければ同じように動転していただろう。
中には殺されたのではないかと騒ぎだす少女もいた。寮母が抑えた事でなんとか落ち着いたが、彼女は部屋から出てこなくなってしまっていた。
それから――姉の様子にも少しだけ変化が現れた。
あれだけ元気に振舞っていた姉だったが、最近は大人しく悪態を吐く機会も減っていた。
元々起きるのも遅かったが、最近は目に見えて目覚めが悪い。
目が覚めた私は軽く伸びをしてから姉の方を見る。今日も姉は布団に包るように眠っていた。
ベッドから降りて姉の方へと向かう。
「朝だよ。起きなって」
身体を揺すると小さく動いた彼女が「おはよう」と呟く。その声を聞いて安心する。
最初に死んだ少年のように、もう目が覚めないんじゃないかと毎日思っていた。その度私は心が刺されたようにズキリと痛み、起きてくれと強く願って彼女を揺する。憂鬱な朝が続いていた。
「……今何時」
おはようと言ってから数分経って、やっと身体を起こした姉は気だるげに言った。
「もうすぐ8時。朝ごはんの時間だよ」
「……ん」
寝ぼけたままの姉の着替えを手伝いながら言うと、彼女は小さく息を漏らす。
依然と比べて少しだけ細くなった身体を見て私は眉をひそめる。
着替えを手伝いながら、心の中では困惑していた。
彼女は薬を飲んでいないはずなのにどうして状態が悪くなっているのかと。
私たちの考えが間違っていて、本当は害のない薬なんだろうかと一瞬だけ考えた。だけど寮母の部屋で見た用紙が頭から離れずにかぶりを振る。
何か原因がなければこんな短期間に二人も死ぬはずがない。
原因として考えられるのはやはり、あの薬しか考えられなかった。だけど姉は薬を飲んでいない。
「はい、終わったよ」
考えがまとまらないまま、姉の着替えが終わって声を掛けると、彼女は「ありがとう」と言って笑みを浮かべる。
「何よ改まって。普段は「ん」とかしか言わない癖に」
「いつも感謝してるよ。でも、たまには言葉に表すのもいいかなって思っただけ」
まだ眠たいのか。どこか気の抜けた様子の姉はゆったりとした口調で言った。
「姉のお世話は妹の仕事ですからね」
面と向かってしっかりと感謝されたのがなんだか気恥ずかしくて、わたしはふざけるように言う。
そんな私の姿を見て、微笑む姉と一緒に食堂に向かう。
すでに食堂にはみんな集まっていた。
ぽつぽつと空いた空席を見てから椅子に座る。
「いただきます」『いただきます』
いつものように寮母に続いて挨拶をしてから食事を取る。
3人いなくなっただけで、あれだけ騒がしかった食事の時間は驚く程静かになってしまっていた。
「食事を取りながらでいいので少し話を聞いてくれますか?」
食事中、寮母が言った。
「ご飯を食べたあと、みんなには病院に行ってもらいます」
「病院……」
不安そうな表情で少女が言う。
寮母はにっこりしたまま「えぇ」と返した。
「心配しないでください。最近、体調不良の子が増えてきているでしょう? ですから用心の為に検査を受けてもらいたいのです」
死んだ子供たちを「体調不良」と言い張る寮母に、誰も反論をしなかった。口にしてしまえば、本当に人が死んだとはっきり明言してしまえば、死が身近に感じてしまうからかも知れない。少なくとも私はそうだった。
他の子はどう考えているのかわからなかったが、みんな黙ったまま寮母の話に耳を傾けていた。
食事が終わり余所行き用の服に着替えた私たちは外に止められた車に乗り込んだ。
病院までの道中。車内はお通夜のように静かで、空気がとても重苦しく感じていた。
窓に流れる景色を眺めていると、ふと手に何かが触れた感触があった。
見てみると横に座る姉が私の手を握っていた。
子供をあやすように親指の腹で手の甲を撫でる姉はこちらに微笑みかけてくる。気付かなかったけれど、気を使わせるほどに不安そうな表情をしていたのだろうか。だが、とても嬉しかった。
彼女の手を掴んでしっかりと掴むと、姉も同じ力で握り返してきてくれた。それだけで重苦しい雰囲気がどこかに飛んで行ったようだ。
車で走る事1時間と少し。院から一番近い病院が見えてきた。
車が駐車場に入ると白衣を着こんだ数人の人間が迎えてくれた。
「こちらが例の子たちですか」
「えぇ。そうです。今日はよろしくお願いします」
「わかりました。それじゃあ君たち、検査をするからついてきてね」
後部座席を開けて白衣の人たちが笑顔を作る。寮母と同じ、張り付けたような笑顔に嫌な気持ちになりながらついていく。
病院に入ってからはそれぞれで検査が行われた。
身長や体重。問診等基本的なものからテレビでみたような円形の機械の中に入ったり、血を取られたりした。
すべての検査が終わって解放されたのは病院に入って二時間以上経過してからだった。
待合室に戻ると他の子たちは既に終わっていたようで、私を待っていた。
姉も検査を終わらして待っていたようで、こちらを見てニコリと笑う。
「検査どうだった?」
姉の横に座って話しかける。
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「私も同じ感じ。でも向きを変えたりして何回も同じことさせられてさ。凄く念入りに診察された気分」
「いいじゃない。折角来たんだから徹底的にやってもらった方が安心でしょう」
「まぁそうだけどさ……」
話していると白衣の人がこちらにやって来た。
手にはバインダーを持っていて、こちらとバインダーを交互に見てから笑顔を作る。
「皆さまお疲れ様でした。検査はすべて終了です」
終了と言われて子供たちに安堵の声が漏れる。
静かになるのを待ってから、白衣の人が言葉を続ける。
「検査の結果は寮母さんを通して追ってお伝えします。それで、君と……君は残ってもらいます」
引きこもっていた少女と姉を指定して白衣の人が言った。
姉は驚いた様子で自分を指でさした。
「私、ですか?」
「うん。少し検査が上手くいってなかったみたいでね。大丈夫、少しだけだから」
とても嫌な予感がした。
優しい口調で話しかける白衣の人は寮母と同じ笑い方をしていたから。
「わかりました……」
戸惑いながらも姉は頷く。
そして姉と少女は手を引かれて連れていかれる。
「待って――!」
私は思わず声をかけた。
声に反応した姉はこちらを振り向くと弱々しい笑みを浮かべる。
「すぐ戻るから。部屋で待ってな」
言いながら姉は病室の中に入っていった。
あっという間の出来事で、私は何も言えなかった。
「さ、あなたたちは帰りなさい。私は再検査の子たちを待っていますから」
寮母の一人がそう言うと、もう一人の寮母に急かされるように車に戻された。
私も姉を待とうとその場で立ち止まったけど、寮母に手を引かれて仕方なく車に戻る。
車が発進して病院が離れていく。
私は姉がどうしても気になって、病院が見えなくなるまで見つめていた。
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