雪解けの前に

FEEL

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28番

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「28番。良好。見るからに体調を良くしており血色も改善。栄養失調だったので食事によるものと思っていたが、改善点である癌に酷似した症状も無く、薬の副作用が出ていないか効果そのものが出ていないと考えられる。動物実験を成功した時とパターンが似ており、人体では初めての適合者である可能性あり。とはいえ服用期間は短期的で、注意深く観察。検査する必要がある」

 声に出して読み上げると姉は私の顔を見る。

「これ、多分あんたのことでしょ?」

 姉の問いかけに私は答える事が出来なかった。
 書かれている内容は私の近況と近い。彼女の言う通り、自分の事が書かれているのだと思っていた。だからこそ言葉が出ない。
 動物実験や観察という言葉を添えて自分の事が書かれているということに強くショックを受けていた。

「多分これ、私の事だ」

 姉の呟きに顔を寄せる。

「どれ……?」
「ほら、ここ」

 22番。良好。体調と精神面共に改善あり。以前は陰鬱として酷く弱っていたが血色が改善。28番と良好な関係を気付いたタイミングで変化が現れたのでコミュニケーションがNK細胞ナチュラルキラー細胞と同じような作用をしている可能性あり。28番と同様に要観察。

「28番があんただとしたら間違いなく私でしょう? それにしても‘酷く弱っていた’って、冷たい言い方だよね」

 姉はいつものように飄々として言っていたが、表情は重い。

「陰鬱って暗いとか落ち込んでたってこと、だよね?」

 言いながら姉の目を見つめる。
 私が知っている彼女は我がままで強引。それでいて怒りを抑える強さを持つ人間だった。
 こういう消極的な単語なんて、私の知る限りでは一番似合わない人物だ。

 私の質問に姉は乾いた笑いを漏らすと、気まずそうに顔を逸らす。

「昔、何かあったの……?」

 姉の様子が心配になってきた私はそう聞いた。
 ここは孤児院だ。ここにいる子供は社会からはじき出された、所謂‘ワケあり’な子供たちが集まる場所だ。
 自分がそうであるように彼女も何かしらあってここにやってきた。
 そんな当たり前の事を、私は今まで気づいていなかったのだ。

「えっと……」

 姉は戸惑った様子で何度か空笑いをする。それから何かを決めたように口を開いた。

「あのさ……私、ここに来る前に――」

 話している途中に玄関からガタガタと物音が鳴って姉は会話を止めた。
 何かを話す音と共に足音がこの部屋に近づいてくる。

「やばい、戻ってきた!」
「どうしよ……」

 こんなところを見られたら怒られるどころか何をされるかわからない。

 もしかしたら、秘密を守るために殺されて――。

 私は狼狽して姉の顔を見た。
 私の視線を受け止めると姉は慌てて辺りを見渡す。

「……机の下……!」

 椅子をのけて姉は机の下に潜り込んだ。

「あんたも早くっ……!」
「そんなところすぐにバレるって……!」
「~~っ! それ! それ使って……!」

 姉が手を振って椅子を指でさす。
 椅子の上には黒色の大判ストールが置かれていた。

「こんなものどうするのよっ……!」
「いいからそれを持って早くこっちに……!」

 言われるままにストールを手に取り机に潜り込む。
 子供といえど二人が入るとかなり窮屈で、手足を折りたたんで空間に無理やり詰め込む。

「貸して……!」

 姉が持ってきたストールを取ると、外に向かってカーテンを敷くように目張りした。

「ちょっと……! そんな方法で大丈夫なの……!?」
「知らない……! でもこれしか思いつかなかったもん……!」

「扉開けっ放しじゃない」

 寮母の声が聞こえて私たちは急いで口を閉じた。

「気を付けないと子供たちが入ってきたら大問題よ」
「そうね。気を付けないと」

 扉の閉まる音。

「あら」

 何かに気付いた様子で寮母が息を漏らした。それから足音がこちらに近づきピタリと止まる。
 布擦れの音が聞こえて寮母は机の前にいるのだと分かった。
 やがて布擦れの音も止んで沈黙が訪れる。その間、部屋の静けさと打って変わって私の心臓はけたたましく鼓動していた。

「どうしたの?」
「いえ……ここにストールを置いていたはずなんだけど」

 心臓と一緒に身体までびくりと跳ねた。声まで出そうになって慌てて口をふさぐ。

「どこかに忘れてきたんでしょ。貴方昔から忘れ物多かったから」
「うーん……そうね。そうかも」
「それよりもレポートの提出、今日でしょ。もう出来てるの?」
「ええ。さっき書きあがった。後は届けるだけ」

 頭上で紙の音が聞こえてから机を叩くように数回ノック音がした。

「えぇ。28番の事は皆期待してる。手っ取り早く検査に出して結果が出ればいいのだけれど」

 28番――。私のこと?

「気持ちはわかるけど、成功するかもしれない貴重な被検体なのだから慎重に扱わないと」
「よくそこまで平静でいられるわね。健康診断の数値見てないの? 今までなんとか生き永らえてきたけど、あの子で成功しないと私たちの薬は絶対に間に合わないわよ」
「だからこそ慎重に――よ。それじゃあ行ってくるから、留守お願い」
「わかってる。道中死なないようにね」
「はは、笑えない」

 扉が閉まる音が聞こえて足音が遠ざかる。音が完全に消えてから、私たちは大きく息を吐きだした。

「あっぶな~。なんとかなったね」

 姉はそう言ってストールを下ろすと、冷やりとした空気が入ってきた。

「もう腕がプルプルだよ。いつまで話してんだよって心の中で突っ込んでたよ私」

 腕を振りながら姉が言う。

「それにしても、よくこんな手でバレなかったよね」

 ストールを受け取りながら言うと、姉は自身満々の顔を見せる。

「ここって窓がないから暗いじゃない? だからイケるって思ったんだよね。足入れられたら流石にアウトだったけど」

 安心したのか、姉はいつものようにケタケタと笑う。

「静かに。部屋を出ないと気付かれちゃうよ」
「あ。そうだね。早く出よう」

 扉を開けて廊下を窺う。
 廊下には寮母も子供の姿もないのを確認してから、私たちは素早く部屋を出た。

「あれ、ストール持ってきちゃったの?」

 私が持っていたストールを見て、姉が言う。

「うん。同じところに戻したら怪しまれると思って。食堂にでも置いておく」
「あー確かに。冴えてるねー。我が妹は」

 姉の手が私の頭に乗る。そのままわしゃわしゃと髪の毛ごと頭を撫でられた。

「そういうのいいから」

 面倒臭い表情を作って手を払いのけた。
 食堂に向かって寮母がいつも座っている場所にストールを置く。

「これでよし」

 ストールの位置に違和感を持たれたとしても、少なくとも誰が移動させたのか断定は出来ないはずだ。

「それにしても何の記録なんだろうね、あれ」
「うん……」

 姉の言葉に相槌を打つ。

 番号で呼んだりして、文章の内容からしたら良い物ではないのは間違いない。それに寮母たちの会話も……。
 部屋から出ても私は頭の中は用紙の事について頭がいっぱいだった。
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