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6. 父親について
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「どうしたい・・・・・・と、いうのは?」
祖父の質問の意図がすぐにわからなかったアリスは聞き返した。
「追放命令が無効ならば、お前がこの国を出る必要はない。この国に残りたいか?」
「・・・・・・いいえ」
重ねての祖父からの問いにアリスは少し考えた後に首を振る。
「私は公の場で殿下との婚約解消に応じました。そうなった以上、私が他の殿方と縁を結ぶ事は難しいと思います」
あのような経緯で『王太子との婚約を解消した』自分と結婚しようとする男はいないだろう。
下手をすれば己の進退に関わってくるのだから。
「私は殿下と婚約して以来、将来素晴らしい王妃になれるよう努めて参りました。その為に生きてきたようなものです。しかし、婚約解消をした今、その全てが無駄になりました。この国にいても虚しいだけです」
自分を侮辱してきたジョナサンへの未練は全く無いが、これまで王妃を目指してきた日々は惜しまれる。
この国にいれば、ずっとそんな思いに悩まされるだろう。
「だから、この国を出ようと思います。幸い、魔法士としての才はありますし、路頭に迷うという事はないでしょう」
「・・・・・・そうか」
アリスの言葉に、エディアルドも静かに頷いた。
「そこまで考えているのならば仕方ない。どこへ行くのかは決めているのか?」
「グランディエ帝国に。あの国は精霊の力で国民全員が魔法を使えるといいます。一度訪れてみたかったのです」
レノワール王国の隣国で、広大な領地を持つグランディエ帝国。
精霊を敬い精霊の加護を受ける事で大きくなった国であり、この国の人間はだいたい十歳頃になると精霊と契約を結ぶ。
その為、全ての国民が魔法を使える事で有名な国でもある。
「それに、賢者様にお会いできるかもしれませんし」
そう言ってアリスが頬を染める。
賢者は優れた魔法士に与えられる称号で、大陸の魔法士達の憧れだ。
賢者となれるのは四名までで、それぞれ『炎』、『水』、『風』、『大地』の名を冠す。
今いる賢者は三名。そのうちの一人である水の賢者はグランディエ帝国皇帝の妹にあたる。
王太子の婚約者でなくなった今、皇族でもある水の賢者に会える可能性はだいぶ低くなるが、隣国へ行けば見かける事ぐらいはできるかもしれない。
先程の神妙な表情とは打って変わって楽しそうな様子のアリスに部屋の空気が和らぎ、エディアルドの口元も緩む。
「全く。お前は魔法の事になるといつも・・・・・・そうか、それならば」
「お祖父様?」
急に黙り込んだ祖父に、アリスが首を傾げる。
「グランディエ帝国へ行くのならば、お前の父親を頼ってはみないか?」
「・・・・・・!?」
祖父からの提案に、アリスは思わず目を見張る。
アリスの父親。生まれてから一度も会った事のない、アリスにとっては他人も同然の男。
それに、少なからず憎しみを抱いてきた男だ。
「グランディエ帝国にいるのですか・・・・・・?私の、父親が」
「そうだ。もし、お前が彼の国へ行く事があれば力になりたいと言われていた」
アリスは驚いた。
祖父は今まで一度もアリスの父親の事を口にしてこなかった。
それ故に、こうして父親の話題を出すことが意外だった。
「どうして・・・・・・何を今更・・・・・・」
「実はな、お前の父親からは、今までに何度かお前に会いたいと申し出があった。・・・・・・全て私が断ったのだ」
そう言って、エディアルドは話し始めた。
『実家の事が片付いたら必ず迎えに来る』
そう告げて娘の元を去り、便りすら寄越さなかった男。
男の事情を思えば仕方無かったかもしれないが、それでもあんまりだとエディアルドは憤った。
娘はそれでも男を信じて待ち、やがて、出産と同時に命を失った。
妻は既に他界し、たった一人の娘まで失い、いっそ自分もと考えたエディアルドを思い止まらせたのはアリスの存在だ。
せめてこの子が成人するまでは・・・・・・。
そう思ってアリスを育て始めたが、いつしかかけがえの無い存在になった。
可愛い孫娘との生活に慣れた頃、その父親である男が『娘を引き取りたい』と申し出てきた。
エディアルドは断固拒否したが、その後も何度も何度も便りを送ってくる。
数年の攻防の末、『いつか、事情を知ったアリスがそれを望むのならば』という条件で受け入れた。
もっとも、当時は愛しの孫娘を手放したくない故に『いつか』という曖昧な表現を使い、アリスには一生話さないつもりでいたのだが。
「まさか、こんな事になるとはな」
フッとエディアルドは自嘲気味に笑う。
「さっさと父親の元に渡していれば、お前は辛い思いをせずに済んだものを」
「お祖父様・・・・・・」
アリスがエディアルドの手を取った。
「私は、お祖父様に感謝しています。両親のいない私を慈しみ味方でいて下さったから、私は寂しくなかった。心強かった。お祖父様と暮らした日々は宝物です」
そう言うと、祖父の手を強く握る。
「父については、思う所がありますが・・・・・・帝国へ行ったら一度会ってみるつもりです。どんな方か知りたいですし」
それを聞いてエディアルドが頷き、アリスの頭を優しく撫でる。
「帝国ではそれなりの地位にいる男だ。会っておいて損は無いだろう。お前の母を捨てた事情とやらは本人から聞くといい。その上でどうするか、お前が決めれば良い」
「はい」
アリスが応えると、エディアルドは暫く目を細めて愛おしげに孫娘を見つめていた。
「・・・・・・では、お前の出立の準備をせねばな。いや、その前に食事か。何も食べてないだろう」
そう言ってエディアルドが立ち上がると、それを合図に使用人達が慌ただしく動き出した。
***
その頃、卒業パーティーの騒動について報告を受けた国王は、すぐさま王太子に謹慎を言い渡した。
翌日、事情を聞く為にアリス・ハミルトンを王宮へ呼び出すが、侯爵家から戻った遣いから『アリス・ハミルトン出奔』の報告を受ける。
青ざめた国王はすぐに命令を出した。
「アリス・ハミルトンの手配書を全ての街にまわせ!必ず探し出すのだ!」
祖父の質問の意図がすぐにわからなかったアリスは聞き返した。
「追放命令が無効ならば、お前がこの国を出る必要はない。この国に残りたいか?」
「・・・・・・いいえ」
重ねての祖父からの問いにアリスは少し考えた後に首を振る。
「私は公の場で殿下との婚約解消に応じました。そうなった以上、私が他の殿方と縁を結ぶ事は難しいと思います」
あのような経緯で『王太子との婚約を解消した』自分と結婚しようとする男はいないだろう。
下手をすれば己の進退に関わってくるのだから。
「私は殿下と婚約して以来、将来素晴らしい王妃になれるよう努めて参りました。その為に生きてきたようなものです。しかし、婚約解消をした今、その全てが無駄になりました。この国にいても虚しいだけです」
自分を侮辱してきたジョナサンへの未練は全く無いが、これまで王妃を目指してきた日々は惜しまれる。
この国にいれば、ずっとそんな思いに悩まされるだろう。
「だから、この国を出ようと思います。幸い、魔法士としての才はありますし、路頭に迷うという事はないでしょう」
「・・・・・・そうか」
アリスの言葉に、エディアルドも静かに頷いた。
「そこまで考えているのならば仕方ない。どこへ行くのかは決めているのか?」
「グランディエ帝国に。あの国は精霊の力で国民全員が魔法を使えるといいます。一度訪れてみたかったのです」
レノワール王国の隣国で、広大な領地を持つグランディエ帝国。
精霊を敬い精霊の加護を受ける事で大きくなった国であり、この国の人間はだいたい十歳頃になると精霊と契約を結ぶ。
その為、全ての国民が魔法を使える事で有名な国でもある。
「それに、賢者様にお会いできるかもしれませんし」
そう言ってアリスが頬を染める。
賢者は優れた魔法士に与えられる称号で、大陸の魔法士達の憧れだ。
賢者となれるのは四名までで、それぞれ『炎』、『水』、『風』、『大地』の名を冠す。
今いる賢者は三名。そのうちの一人である水の賢者はグランディエ帝国皇帝の妹にあたる。
王太子の婚約者でなくなった今、皇族でもある水の賢者に会える可能性はだいぶ低くなるが、隣国へ行けば見かける事ぐらいはできるかもしれない。
先程の神妙な表情とは打って変わって楽しそうな様子のアリスに部屋の空気が和らぎ、エディアルドの口元も緩む。
「全く。お前は魔法の事になるといつも・・・・・・そうか、それならば」
「お祖父様?」
急に黙り込んだ祖父に、アリスが首を傾げる。
「グランディエ帝国へ行くのならば、お前の父親を頼ってはみないか?」
「・・・・・・!?」
祖父からの提案に、アリスは思わず目を見張る。
アリスの父親。生まれてから一度も会った事のない、アリスにとっては他人も同然の男。
それに、少なからず憎しみを抱いてきた男だ。
「グランディエ帝国にいるのですか・・・・・・?私の、父親が」
「そうだ。もし、お前が彼の国へ行く事があれば力になりたいと言われていた」
アリスは驚いた。
祖父は今まで一度もアリスの父親の事を口にしてこなかった。
それ故に、こうして父親の話題を出すことが意外だった。
「どうして・・・・・・何を今更・・・・・・」
「実はな、お前の父親からは、今までに何度かお前に会いたいと申し出があった。・・・・・・全て私が断ったのだ」
そう言って、エディアルドは話し始めた。
『実家の事が片付いたら必ず迎えに来る』
そう告げて娘の元を去り、便りすら寄越さなかった男。
男の事情を思えば仕方無かったかもしれないが、それでもあんまりだとエディアルドは憤った。
娘はそれでも男を信じて待ち、やがて、出産と同時に命を失った。
妻は既に他界し、たった一人の娘まで失い、いっそ自分もと考えたエディアルドを思い止まらせたのはアリスの存在だ。
せめてこの子が成人するまでは・・・・・・。
そう思ってアリスを育て始めたが、いつしかかけがえの無い存在になった。
可愛い孫娘との生活に慣れた頃、その父親である男が『娘を引き取りたい』と申し出てきた。
エディアルドは断固拒否したが、その後も何度も何度も便りを送ってくる。
数年の攻防の末、『いつか、事情を知ったアリスがそれを望むのならば』という条件で受け入れた。
もっとも、当時は愛しの孫娘を手放したくない故に『いつか』という曖昧な表現を使い、アリスには一生話さないつもりでいたのだが。
「まさか、こんな事になるとはな」
フッとエディアルドは自嘲気味に笑う。
「さっさと父親の元に渡していれば、お前は辛い思いをせずに済んだものを」
「お祖父様・・・・・・」
アリスがエディアルドの手を取った。
「私は、お祖父様に感謝しています。両親のいない私を慈しみ味方でいて下さったから、私は寂しくなかった。心強かった。お祖父様と暮らした日々は宝物です」
そう言うと、祖父の手を強く握る。
「父については、思う所がありますが・・・・・・帝国へ行ったら一度会ってみるつもりです。どんな方か知りたいですし」
それを聞いてエディアルドが頷き、アリスの頭を優しく撫でる。
「帝国ではそれなりの地位にいる男だ。会っておいて損は無いだろう。お前の母を捨てた事情とやらは本人から聞くといい。その上でどうするか、お前が決めれば良い」
「はい」
アリスが応えると、エディアルドは暫く目を細めて愛おしげに孫娘を見つめていた。
「・・・・・・では、お前の出立の準備をせねばな。いや、その前に食事か。何も食べてないだろう」
そう言ってエディアルドが立ち上がると、それを合図に使用人達が慌ただしく動き出した。
***
その頃、卒業パーティーの騒動について報告を受けた国王は、すぐさま王太子に謹慎を言い渡した。
翌日、事情を聞く為にアリス・ハミルトンを王宮へ呼び出すが、侯爵家から戻った遣いから『アリス・ハミルトン出奔』の報告を受ける。
青ざめた国王はすぐに命令を出した。
「アリス・ハミルトンの手配書を全ての街にまわせ!必ず探し出すのだ!」
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