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♡『手フェチ』(SIDE 田辺 宏人)
しおりを挟む~~~~登場人物~~~~
♡田辺 宏人(たなべ ひろと)
桜浜総合病院院長の秘書。
目立たない地味な印象の顔。黒縁メガネ。能力もルックスも普通。
印象に残るのは190センチの長身のみ。
M気質で、手フェチ。
必要なこと以外はあまり喋らず物静か。
♡鹿糠 ノア(かぬか のあ)
桜浜総合病院で働くことになる脳外科医。
ドイツと日本のハーフ。日本国籍。学生時代から日本で暮らしている。
妻は東北出身の老舗旅館の女将。死別している。
ダークブロンドの長髪。すらりと伸びた手足。長身。
~~~~~~~~~~~
♡『手フェチ』(SIDE 田辺 宏人)
桜浜総合病院は、大病院で一日に多くの人が訪れる。
俺は院長の桜浜真一の秘書として、この病院に勤務している。
秘書というと聞こえはいいが、実際は雑用係だ。
院長のスケジュールを把握し、車や飛行機の手配をしたり、会食の予約をしたり、
様々な種類の雑事をいっぺんに任される。
黒髪、黒縁メガネ。ルックスも、能力もそこそこ。
地味で秀でたものがないルックスは、目立たない黒子役としてはちょうど良い。
眼鏡がないと、自宅のベッドから玄関に行くことさえ困難な、ド近眼。
身長だけは無駄に高い。
俺が殺人事件の犯人で、目撃情報を募ったとしたら、「長身、眼鏡」と10人が10人答えるような、そんな見た目。
長身とメガネ、以外は特記すべきところがまるでないような、面白みのない人間だ。
性癖という意味合いで見ると、こちらはかなり特徴的だと思われる。
ドM気質で痛ぶられる行為は全般的に好きだし、誰かに見られながらする自慰行為は最高に興奮する。
美しい手を見ただけで興奮できる、「手フェチ」という一面もあるので、
綺麗な手の男が股間を撫でてくれたら、秒でイケる自信がある。
いわゆる変態、と総称される性癖の持ち主だ。
もちろん仕事は真面目にやっている。
特殊な性癖は、無かったことにしてきちんと生活しているし、
誰彼構わず発情するわけじゃない。
恋愛感情を持つのが先だ。
好きな人と恋人同士になれたとしても、
自分の異常な性癖によって嫌われたらどうしようという不安がいつも付き纏う。
心配症で慎重な性格の俺は、恋人にすべてを曝け出した経験もなく、いつも欲求不満を抱えていた。
彼に出会ったのは、数ヶ月前。
外来も終わり、院内から人の気配が一気に引いた19時過ぎのことだった。
受付が終了し、窓口が閉まったロビーの片隅。
物書き台の上で、彼は書類にサインしていた。
スローモーションで、その光景が目に入ってくる。
まるでドラマのようだった。
線が細く長身の美しい男性。
いかにも上質なコートに身を包んでいる。
ダークブロンドの長髪。明らかに足が長く腰の位置が高い。
目は綺麗な青い色をしていた。
あまりの美しさに息をのむ。
ボールペンを握る彼の手が、今まで見た誰よりも美しく滑らかに動き、僕の目を釘付けにした。
「僕に、何か用かな?」
海外の人かと思ったが、綺麗な日本語を話す彼に驚いた。
「あ・・・すみません。受付に何か御用ですか?」
「あぁ、こちらこそすみません。院長にお会いしたくて来たのですが、アポをとるのをうっかり忘れてしまって・・・」
「桜浜に会いにいらしたんですか?」
院長は本日の仕事を滞りなく終えて、先ほど帰宅したばかりだ。
「僕は、こういう者です。」
コートの中、スーツの内側に手を伸ばし、名刺ケースから名刺を取り出す。
名刺よりも、彼の美しい指に釘付けになっていた俺は、名前の認識が一瞬遅れてしまった。
「鹿糠 ノアといいます。」
綺麗な日本語の発音。男性にしては線が細いすらりとした体型。着痩せするタイプだろうか。
あまりジロジロ見るのは失礼かと思ったが、視線があちこち動き回る。
青い瞳、長い手足、細い腰、美しいダークブロンドの艶髪。
彼の身体が動くたび、ダークブロンドの美しい髪がさらり、と肩から前へこぼれ落ちる。
俺の目は彼の存在に釘付けだった。
彼は脳外科の医師らしい。
東北の病院名が、名刺に記されていた。
「東北で脳外科医をしています。桜浜院長とお会いできないかと思って伺ったんですが、あなたはこちらの病院の・・・」
「ああ、申し遅れました。私、桜浜の秘書をしております、田辺です。」
「秘書、そうでしたか。院長は、明日いらっしゃいますか?」
「確認いたしますので、よろしければ掛けてお待ちください。」
「ありがとう。」
爽やかな笑顔をこちらへ向けた彼に、俺はほとんど一目惚れに近いような感情を抱く。
彼の手の美しさ。
あぁ、あの綺麗な指で触れられたら、どんなに気持ちがいいんだろう。
院長に確認を取ると、鹿糠ノアは東北の病院に勤務する院長の後輩の同僚医師だと分かった。
彼の噂は聞いていたらしい。
優秀な脳外科医で、新しい勤務先を探しており、一度会ってみたいと打診されていたそうだ。
翌日、10時に出直してきた彼は、院長にすっかり気に入られすぐにでも桜浜総合病院で働いて欲しいという話になった。
彼がこの病院に勤務する。
俺はこの幸運をなんとかモノにしたいと、おこがましい願いに取り憑かれていた。
彼の綺麗な手に触れてみたい。
彼の綺麗な指で、扱かれてみたい。
彼の綺麗な瞳で、蔑むように見られたら・・・どんなに興奮するだろう。
俺の邪な願望はどんどん膨らんでいくばかりだ。
「田辺、院内を案内してあげなさい。」
院長のありがたい一言で、俺は鹿糠医師と一緒に過ごす時間を手に入れた。
一通り施設の案内をした後、最上階の談話スペースで休憩。
「そんなに僕の手が気に入った?」
「あ・・気付いてましたか・・・すみません。」
鹿糠医師は、咎めるでも避難するでもなく、笑顔で僕を見る。
「手が好きなの?」
「そうなんです・・綺麗な手を見るとつい、見入ってしまって。失礼しました。」
頭を下げると、彼はやめてよ、と顔を上げさせて、ニッコリと笑う。
「綺麗、なんて言われたら、悪い気はしないよ。」
「気持ち悪く・・・ないんですか・・・・?」
「え?どうして?」
彼は本当にわからない、という顔で僕を見た。
「綺麗、って良い言葉でしょう。」
この時間の休憩室は誰もいない。
医師たちがここに集まるのは、ランチタイムや、夕方の休憩時間。
窓際のソファーに腰掛けて笑う鹿糠医師の顔に、太陽の光が差し込んで白い肌がより明るく照らされている。
美しい。
彼を見てそう思った。
「僕もあるよ。そういうの。」
「え・・?」
隣に座る彼が、こちらへ身を乗り出した。
距離が縮まって、俺は焦る。
彼の綺麗な指が、俺のワイシャツの首元をくいっと引っ張った。
「鎖骨。」
ワイシャツの上から、布ごしに鎖骨をなぞる。
彼の指があまりにも美しい動きで、俺の鎖骨をつつつ、と撫でた。
挑発的な瞳で俺を見上げる、彼の視線が交差する。
これは俺の妄想だろうか?
「鎖骨が綺麗な人って、そそられる。」
彼は完全に男の顔をしていた。
「え・・・あ・・・、」
驚いて身を引く。
「コーヒーご馳走するね。案内してくれてありがとう。」
パッと手を離して、立ち上がった彼は、何事も無かったように自販機へ向かって歩き出した。
俺はからかわれたのだろうか。
彼の挑発的な視線に、M気質の血がザワザワと騒いだ。
まるで彼に罵られたように、気持ちが昂っておさまらない。
ベッドの上の彼を勝手に想像する。
綺麗な彼の四肢。
着痩せして見えるすらりとした彼は、脱いだら一体どんな身体をしているのだろう。
想像する。
ベッドの上で、どんな風に恋人を愛するのだろう?
あの手でどのように快楽を与えるのだろう?
罵られたい。彼に、軽蔑され、蔑まれて、汚いものを扱うように、ひどく乱暴にされたい。
そんな欲望が一気に湧き上がる。
勢い付いた妄想が止まる気配はなかった。
「コーヒーでいい?」
振り返って俺を見る、彼の美しさに俺はただ頷くしかできなかった。
自販機のボタンを押す、彼の指。
動くたびに揺れるサラサラの艶髪。
俺は彼の美しい後ろ姿を、ただ呆然と見つめていた。
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