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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク
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十三話
彼女は例のベトナム人民有閑マダム的風貌で、オレンジさんはごく平均的な日本人観光客といった感じである。
二人に下僕のようについて歩く僕は、明らかに彼女達よりかなり年令が上に見える筈なので、道行く人達から見ると、この三人は一体どんな取り合わせなのだろうと不思議に思っているに違いない。
サパはベトナム人にとっても勿論避暑地なので、ハノイや周辺の都市からの観光客が訪れており、さらに欧米人を中心とした旅行者達が夏休みなどを利用して滞在しているというわけで、市場やそこを抜けての旧郵便局辺りのメインストリートは人で溢れていた。
僕達はメインストリートからサッカー場の方にブラブラと歩き、さらに階段を昇って丘の上に建っているゲストハウスの横を通り、坂道を下りて再びサッカー場近くに戻ってきて、この間に所々の露天を覗いたりしながらサパの街並みを楽しんだ。
相変らず黒モン族の女性が手織物やブレスレットなどを売りに近づいてくるが、それはそれで結構楽しいもので、「買って、買って~」 「いらないよ」 「なんでぇ~」 「使わないから」などといいながら、一緒にブラブラと歩くのである。
モン族という四十四万人も少数民族は北部の中国に近い所で生活を営んでいるが、黒っぽい衣装を身に纏っている人々が黒モン族と呼ばれていて、元は紀元前三千年前に黄河と揚子江の間に国家を築いていた民族とされ、漢民族に滅ぼされた一派が今から約三百年前にベトナムに流れてきたといわれている。
平日でもいたるところで黒モン族の女性を見かけるが、土日はマーケットが開かれるため、金曜日から大勢の黒モン族の人たちが周辺の村から集まってきて、町はますます賑わってくるのである。
僕達は明日の予定を話し合った結果、モン族やザオ族の村を訪ねるトレッキングに行こうということになり、メインストリートに並ぶゲストハウスを兼ねたツーリストを数件訪れた。
交渉は英語で行われるため、殆どあの人が一人であれこれ訊いてくれて、僕とオレンジさんは時々口を挟むという感じであった。
結局、彼女が値段的にも納得するツアーはなかったようで、最終的にはツーリストカウンター辺りでたむろしていた個人ガイドに頼むこととなった。
彼は二十五才くらいで、バック・トゥー・ザ・フューチャーの映画などで有名なマイケル・J・フォックスに少し似た現地の青年で、明朝八時に友人三人と三台のバイクで僕達のゲストハウス前に迎えに来てくれることで話はまとまったようだ。
それから僕達はベトナムコーヒーでも飲もうということになり、宿の前の通りをカットカット村方面に下って、ある一軒のカフェに着いた。
そこは普通の民家風ではあるが、看板にカフェ・カラオケなどと書かれていて、広いテラスにはテーブルと椅子が幾つも出され、そこから見える街の景観もなかなかのものであった。
「いやぁ、のんびりできるねぇ」
僕は初めてのこのような個人旅行で、まるで別世界にきたような感覚になった。三人はいずれもエスプレッソコーヒーを注文し、日本でのそれぞれの近況などを話した。
オレンジさんは東京の短大の国文科を卒業して、三十七才の今日まで某企業に長年勤務しているのだが、経済的にも余裕があるようで、これまで欧米には度々旅行に行っているらしく、去年の今頃はスイスに一人で滞在していたとのことである。
彼女はオレンジさんと同級生であることは既に述べたが、短大は美術科だったにもかかわらず会社勤めの経験がない。
身内が所有しているマンションの敷地内にテイクアウトの店を営んでいるらしいのだが、実のところ彼女に関しては殆ど知らない。
毎年、夏から秋口にかけて数ヶ月は店を休業して、世界の主に発展途上国を旅しているのである。
僕が彼女と知り合ったのは去年の暮れ頃で、以来メール友達としていろんな話をしてきた。
今年の五月に僕が東京に出張した際に一度だけ会って、食事をして別れた程度であったが、メールで何十回も話をした通りの知性と教養に溢れていて、ひと目でその魅力に惹かれてしまったというわけである。
それは好きとか嫌いとかという色恋めいたものではなく、彼女の生きざまに興味を持ってしまったという感じのものなのだ。
今回の経緯は少し述べたように、「旅の途中にちょっとお邪魔していいかな?」と本気半分くらいで打診したところ、「来るなら勝手に来たら」といった感じの返事だったので、もともと自分本位のずうずうしさのある僕が急遽、格安航空券を購入して会いに来たという訳である。
この間、彼女は七月初旬から既に旅に出ていて、滞在先のインターネットカフェなどから、頼りない僕に旅の心構えとか注意事項など、何度も心遣いを感じるメールを送ってくれていた。
運ばれてきたコーヒーはこれがまた猛烈に美味しくて、ベトナムコーヒーは濃くって苦めであるが、それにコンデンスミルクがたっぷり入っていて日本にはない味であった。
僕達は店の女将さんに三人の記念写真を撮ってもらって、さて夕食は何を食べようかとサパの夜に期待を膨らませた。
彼女は例のベトナム人民有閑マダム的風貌で、オレンジさんはごく平均的な日本人観光客といった感じである。
二人に下僕のようについて歩く僕は、明らかに彼女達よりかなり年令が上に見える筈なので、道行く人達から見ると、この三人は一体どんな取り合わせなのだろうと不思議に思っているに違いない。
サパはベトナム人にとっても勿論避暑地なので、ハノイや周辺の都市からの観光客が訪れており、さらに欧米人を中心とした旅行者達が夏休みなどを利用して滞在しているというわけで、市場やそこを抜けての旧郵便局辺りのメインストリートは人で溢れていた。
僕達はメインストリートからサッカー場の方にブラブラと歩き、さらに階段を昇って丘の上に建っているゲストハウスの横を通り、坂道を下りて再びサッカー場近くに戻ってきて、この間に所々の露天を覗いたりしながらサパの街並みを楽しんだ。
相変らず黒モン族の女性が手織物やブレスレットなどを売りに近づいてくるが、それはそれで結構楽しいもので、「買って、買って~」 「いらないよ」 「なんでぇ~」 「使わないから」などといいながら、一緒にブラブラと歩くのである。
モン族という四十四万人も少数民族は北部の中国に近い所で生活を営んでいるが、黒っぽい衣装を身に纏っている人々が黒モン族と呼ばれていて、元は紀元前三千年前に黄河と揚子江の間に国家を築いていた民族とされ、漢民族に滅ぼされた一派が今から約三百年前にベトナムに流れてきたといわれている。
平日でもいたるところで黒モン族の女性を見かけるが、土日はマーケットが開かれるため、金曜日から大勢の黒モン族の人たちが周辺の村から集まってきて、町はますます賑わってくるのである。
僕達は明日の予定を話し合った結果、モン族やザオ族の村を訪ねるトレッキングに行こうということになり、メインストリートに並ぶゲストハウスを兼ねたツーリストを数件訪れた。
交渉は英語で行われるため、殆どあの人が一人であれこれ訊いてくれて、僕とオレンジさんは時々口を挟むという感じであった。
結局、彼女が値段的にも納得するツアーはなかったようで、最終的にはツーリストカウンター辺りでたむろしていた個人ガイドに頼むこととなった。
彼は二十五才くらいで、バック・トゥー・ザ・フューチャーの映画などで有名なマイケル・J・フォックスに少し似た現地の青年で、明朝八時に友人三人と三台のバイクで僕達のゲストハウス前に迎えに来てくれることで話はまとまったようだ。
それから僕達はベトナムコーヒーでも飲もうということになり、宿の前の通りをカットカット村方面に下って、ある一軒のカフェに着いた。
そこは普通の民家風ではあるが、看板にカフェ・カラオケなどと書かれていて、広いテラスにはテーブルと椅子が幾つも出され、そこから見える街の景観もなかなかのものであった。
「いやぁ、のんびりできるねぇ」
僕は初めてのこのような個人旅行で、まるで別世界にきたような感覚になった。三人はいずれもエスプレッソコーヒーを注文し、日本でのそれぞれの近況などを話した。
オレンジさんは東京の短大の国文科を卒業して、三十七才の今日まで某企業に長年勤務しているのだが、経済的にも余裕があるようで、これまで欧米には度々旅行に行っているらしく、去年の今頃はスイスに一人で滞在していたとのことである。
彼女はオレンジさんと同級生であることは既に述べたが、短大は美術科だったにもかかわらず会社勤めの経験がない。
身内が所有しているマンションの敷地内にテイクアウトの店を営んでいるらしいのだが、実のところ彼女に関しては殆ど知らない。
毎年、夏から秋口にかけて数ヶ月は店を休業して、世界の主に発展途上国を旅しているのである。
僕が彼女と知り合ったのは去年の暮れ頃で、以来メール友達としていろんな話をしてきた。
今年の五月に僕が東京に出張した際に一度だけ会って、食事をして別れた程度であったが、メールで何十回も話をした通りの知性と教養に溢れていて、ひと目でその魅力に惹かれてしまったというわけである。
それは好きとか嫌いとかという色恋めいたものではなく、彼女の生きざまに興味を持ってしまったという感じのものなのだ。
今回の経緯は少し述べたように、「旅の途中にちょっとお邪魔していいかな?」と本気半分くらいで打診したところ、「来るなら勝手に来たら」といった感じの返事だったので、もともと自分本位のずうずうしさのある僕が急遽、格安航空券を購入して会いに来たという訳である。
この間、彼女は七月初旬から既に旅に出ていて、滞在先のインターネットカフェなどから、頼りない僕に旅の心構えとか注意事項など、何度も心遣いを感じるメールを送ってくれていた。
運ばれてきたコーヒーはこれがまた猛烈に美味しくて、ベトナムコーヒーは濃くって苦めであるが、それにコンデンスミルクがたっぷり入っていて日本にはない味であった。
僕達は店の女将さんに三人の記念写真を撮ってもらって、さて夕食は何を食べようかとサパの夜に期待を膨らませた。
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