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第五章・ミャンマー行きの予定が何故か雲南へ

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 159

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  第九話 ノンカイヘ その三


 「長月」のMさんにラオスへ行くことにしたと告げて、おそらく10日後には戻ってくるので、またその時飲みましょうと言って別れた。

 今回の旅行は写真を撮ろうと思った。

 以前持っていたデジカメを盗難に遭ってから、カメラを持たない旅行が続いていたが、昨夜のクリスマスイブもその前日も、綺麗なクリスマスツリーやバンコク市内のあちらこちらで光輝くイルミネーションなどを見てそう思ったのだ。

 オンヌット駅前にあるテスコ・ロータスでは様々な商品のクリスマスセールが実施されていた。
 デジカメも少し機種の古いものが値引きされていた。

 オリンパス製のコンパクトなものが2500B程度(7000円弱か)で豪快にセールされていたので、思わず手に取っていたら店の女の子が微笑みながら勧めるようなしぐさをした。

 言葉は分からないがおそらく「これはお安くなっていますよ、お勧めです!」とおっしゃっているに違いない。

 微笑の国・タイといわれているが、そのいわれを裏切られるようなタイ女性の理解しがたい冷たさや厚かましさに、友人などは何度も遭っており、「長月」のMさんや親友のN君などはタイ女性に対する辛らつな批判を常々語っているので、このような心洗われる微笑を受けると、その概念もひっくり返されてしまう。

 彼女の微笑にあっけなく崩れた僕は、数分後購入カウンターで彼女から利用方法の説明をタイ語で簡単に受けていた。

 メモリーカードの挿入の仕方や様々な機能などを、本体を手にとって説明され、最後にバッテリーを装着してもらった。

 彼女のカーカーとカラスが鳴くようなタイ語は全く分からないが、心が溶けそうな微笑で一生懸命説明されると、ちょっと分かるような気がしてきた。

 そして結局購入したデジカメ本体の色は、なぜかピンクだった。

 「ヨーシ、今回は写真を撮りまくってやるぞ!」と、ようやく本来の旅行の意気が上がった僕は、一旦ゲストハウスに戻ってバックパックを整理し、階下のスタッフにラオスへ向かうことを告げ、年明けの1月6,7,8日の予約をして宿をあとにした。

 夕方のBTSオンヌット駅は、勤め帰りのサラリーマンやOLさんや女学生たちを吐き出していた。

 代わって、金曜日のナイトワークに出かけるスタイルのよい派手な女性や、クラクラするセクシードレスを身にまとったどう見てもオカマさんたちを改札口に吸い込んでいた。

 そして年季の入ったボロのバックパックを背負った怪しげなアジア人が一人、人ごみにぶつかり続けながらも改札へ突入して行った。

 考えれば、12月22日の深夜に到着して翌日から、毎日BTSに乗って、アソークで地下鉄に乗り換えて、終点のホアランポーンまで行っていることになる。

 いったい僕は何をしているのだ。

 ミャンマーへ行くはずではなかったのか、と心の片隅でもう一人の僕がつぶやいた。

 ホアランポーン駅の構内ではクリスマスのイベントが行われていた。

 恵まれない子供たちに何かチャリティーを行っているようで、僕が到着した時には女性歌手が即席舞台で歌っていた。

 18時の時刻を告げる少し前には、恒例のタイ国歌の序章が流れ始め、同刻の訪れと同時に駅構内の全員が起立し、改札口上部に掲げられた国王様の肖像に尊厳の念を示すのだ。

 すっかり見慣れた光景だが、毎回かすかに感動さえ覚える。

 オレンジ色の少し薄汚れた袈裟をまとったお坊さん数人が列車待ちをしている。

 前にも後ろにもリュックをぶら下げて、ペタペタとビーチサンダルの音を立ててだらしなく歩く欧米人カップル。

 真四角のトランクを大切そうに持った中国系の男性。

 首からスタッフカードをぶら下げた男女が、旅行者にチケットの案内をするために声を掛けては断られている。
 列車のチケットくらいは自分で購入できるのに、おせっかいなことである。

 そんな光景をしばらく眺めていたが、20時の列車出発時刻までにはまだまだ時間がある。

 一旦外に出て、対面に並んでいる屋台で腹ごしらえをすることにした。

 商店街入り口角にある屋台食堂は通称「テッチャン」と呼ばれている愉快なオヤジさんがいる。

 奥の席に座りバックパックをおろした僕に注文をとりに来たてテッチャンに、「大田さんは?(大田周二さんのことです)」と訊いてみた。

 するとテッチャンは「大田さんはここにくるよ」と言う。

 この食堂から近いファミリーゲストハウスに大田さんがいた頃は、テッチャンの店にも時々来ていたことは知っている。

 「今、大田さんはどこにいるの?」とさらに訊いてみた。

 するとテッチャンは「大田さんは向こうの方にいる。ここにもくるよ」と笑ってしまうような不確かな言葉を繰り返すのだった。

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