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第二章 2002年 春

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 51

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    第二章 2002年 春

   51 ワット・ケーク その1

 前日の深夜便で早朝にバンコクに着き、そのまま飛び乗ったノンカイ行きの列車に揺られること十時間あまり。

 しかも激烈な暑さのサウナ列車だったので、やはり猛烈疲れていたようだ。

 ノンカイの夜は静かなゲストハウスのオープンレストランでメコン川を眺めながらビールを飲んで、素敵な日本人女性ととりとめのない会話を楽しんだあと部屋に戻ると、僅か数分で深い眠りに落ちていた。

 翌朝は六時に目覚ましをセットしていたが、窓からの涼しい風に、タオルケットをお腹の辺りにかけただけでは少し肌寒く感じて、五時半頃には起きてしまった。

 シャワー室で温かいお湯を浴びながら洗髪と髭剃りを済ませ、歯磨きと歯ブラシを忘れたので指先で綺麗に歯をマッサージした。

 七時にフロントの前でR子さんと約束をしていたが、六時半には準備が出来てしまったので、オープンレストランの横からメコン川の土手に降りて行った。

 土手には椅子が五、六脚無造作に置かれており、年配の男性が一人、朝のメコン川と対岸を眺めていた。

 対岸はラオスの首都・ビエンチャンの郊外にあたると思われるが、快晴で空気も綺麗なので、向こう側の様子が手に取るようによく見えた。

 言葉や制度が異なる対岸の人々でも、朝の慌しい雰囲気は同じように伝わってきた。

 しばらく頭の中を空っぽにしていた。

 こんな風に何をするでもなく、ぼんやりと景色を眺めているのが好きだ。

 これまでの旅では、時間が惜しいかのように年令を忘れて動き回っている僕に対して、「毎日元気ですねぇ」と、旅先で知り合った人達は一様に呆れ顔で言っていたが、本当はこのように景色を眺めてボンヤリするのが好きなのだ。

 ただ短期の旅なので、訪れた土地では、時間の許す限りあちこち行きたいという気持ちになるのである。

 今日も前から行きたいと思っていた寺院があるので、昨夜R子さんに「ワット・ケークというおかしな寺院があるらしいのですが、行きますか?」と誘っておいたのだった。

 午前七時になったのでフロントの方に行くと、すでに彼女が支度をして待っていた。

 タンクトップ姿が眩しい。

 目のやり場に困るなぁと思いながらも時々自然と目が行ってしまうのは誰のせいでもない。
 今朝の好天のせいにしよう。

 道路に出ると一台のトゥクトゥクが客を待っていた。

「ワット・ケークまで往復でいくら?」と訊くと、最初は二百バーツだという。
 滅茶苦茶言いやがると少し憤慨したが、彼女の手前あまりセコイことも言いたくない。

 結局百五十バーツで往復してもらうことにしたが、今から思えば少し高かった気がする。

 片道なら四十バーツ程度が相場らしいが、僕達は往復で、しかも寺院を回っている間は外で待ってもらったから仕方がないにしても、百バーツ位がよいところではないかと思われる。

◆トゥクトゥクのオヤジとR子さんと僕






 朝のノンカイの町はすでに動いていたが、まだまだ車や人通りは少ない。
 メインストリートから南に走り、国道に出て西に伸びた真っ直ぐな道を走る。

 十五分程走ってから脇道に入って少し行くと、突然目の前に青空にそびえる巨大な仏像がドカーンと現れた。

 「な、な、何だコリャ?」

 入り口の右側には、未完成の巨大な仏像らしきものが二体もあり、それらが何を意味しているのか全く分からない。

 ただ駐車場のようなだだっ広いところに、ともかく二体が建築中なのである。

 最初から度肝を抜かれて中に入ると、そこは京都の植物園のような公園という雰囲気だったが、確実に違うのは、いたるところに仏像が無造作に並べられ、所々に大きな怪しげな像が見えるという点である。

 ワット・ケークはインド風仏教寺院らしいのだが、建立者のルアン・プーはラオスのビエンチャンに、ワット・シェンクアン(ブッダパークとも呼ぶ)という同様の寺院を建てたが、ラオスの社会主義化にともないタイに渡り、この寺院を建立したということである。

「面白そうなところですねぇ」

 彼女はペンタックスの一眼レフを持って、好奇心一杯の表情で奥に入って行った。

 こんなに朝早くに観光客が来る筈もなく、貸し切りの状態で、一種異様な雰囲気を感じる仏像群に、僕達は足を踏み入れていったのだった。

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