ARROGANT

co

文字の大きさ
上 下
174 / 194
施設

17

しおりを挟む
「じゃあもうそれでいいよ。パパなんだよ。健介つれて帰っていい?」
 君島が痺れを切らせてそう訊いた。
「そうなんですか!まぁ!引き取りに来て下さったんですねっ!」
「違います。俺は赤の他人です」
 目を輝かせた飯川さんに、原田が低い声で訂正した。
「でも、でもまこと君がこんなに落ち着いてるのなんて、初めて見るわ」
 そう言いながら飯川さんが健介の手に触れると、健介は弾かれるようにその手を引いてまた絶叫して原田の首に抱きついた。
 おい、と顔を顰めたまま原田が健介の頭を押さえると、サイレンのような悲鳴が収まった。

「……その子は、症状改善で退院したんじゃなかったのか?」
 サイレンに顔を顰めたせっかち上司が訊くと、飯川さんが頷きながら応えた。
「はい、薬が合ったのできちんと飲ませたら錯乱もせずに集団生活もできると診断していただいて、」

「薬?!この子に?」
 君島が驚いた。
「こんな小さい子に薬なんて、」
「あら。小さい子でも病気になれば薬は必要でしょう?」
 安達さんが応えたが、君島は首を振った。
「だって、違うでしょ?病気の薬じゃないでしょ?錯乱しないようにって、安定剤や抗精神系の薬でしょ?そんなの、」
「止むを得ない場合はあるのよ」
「止むを得なくなんかないよ!投薬なんて最終手段でしょ!健介そんなにひどい状態じゃ、」
「ひどかったんです。最終手段だったんです。お医者様の判断なんです」
 飯川さんが小さく応えた。
「薬で安定させないと、この子の身体ももたなかったんです」

 さすがに、君島も言葉を失った。

「しかし薬を飲んでてもトライアル失敗したんだろ?いやそれ以前に飯川さん、関谷さんが虐待してた報告は?!」
「ええ、はい。本当に、気付けなくて本当に申し訳ないです」
 情けなさそうに、最後は涙声で飯川さんが深々と頭を下げた。
「子供たちのためにと、思ってたのに、」

 健介のためだったのに


 もしかしたら、健介が暴れて薬を飲ませることができず、だから落ち着くことがなくさらに暴れて、家の中が殺伐として他の子たちの虐待に繋がった。
 悪循環が途切れなく貧しい家庭で繰り返された。
 もしかしたら、命のあるうちに逃げ出せたことは幸運だった。
 もしかしたら健介が暴れたことは幸運だった。

 そんなことを思いつつしばらく全員沈黙した後、上司が口を開いた。
「それでは、飯川さんと今後のことをお話しいただくということで、面談室2に移動してもらえませんか?」
 しかしそこで大和が手を上げて発言した。
「すいません。腹減って限界。健介も食ってないから、一度ファミレスにでも行って戻ってきていいですか?」

 確かに。俺も朝しか食ってない。と原田も賛同して頷く。
 が、君島が反対した。

「このままファミレスに行って夕食取ったら眠くなるから家に戻ります。明日また来ます。健介も。それならいい」
 まったく、めんどくせーこと言い出すなぁ……、と原田が抱いている健介の頭に額を付けてため息をつく。

「……あの、さっきから健介健介って、どうしてまこと君をそう呼んでるんですか?」
 飯川さんが怪訝そうに訊くので、君島が応えた。

「この子は健介って名前だと、自分で名乗ったんです」
「……え?」
「案外しゃべるみたいですけど、意味はこの彼しか聞き取れないようで、」
「しゃべるんですか?まこと君が?」
「しゃべらなかったですか?」
「ひとことも!いままで何にもしゃべらなかったです!」
 飯川さんが、驚いたまま健介を見詰めた。
「泣いて叫んで暴れるだけで、言葉を知らないのだと思ってました」

 そして全員、また原田を見上げた。
 そんな視線を感じたので、原田は顔を顰めたまま俯いている。
 静かになったところで、君島が言った。

「彼には、しゃべるんです。僕らには意味不明だけど彼は健介の言葉を聞きわけます」

 それほどでもないが、原田も俯いたまま訂正はしない。

「朝からずっと薬も飲んでないし、食べたご飯も吐きだしたし、きっともうそろそろおむつも怪しいと思うけど、今健介は全然泣いてもいないよ。
 さっき連れて行った小児科の先生は、身体を拘束したり薬物で感情を抑えるよりも彼に抱いてもらってる方が子供のためだと言ってた。異論はないよね?
 浩一から引き離すと間違いなくまた泣いて暴れて引き付けを起こして失神する。それは避けてくれと先生に言われました」

 そして全員をぐるりと見回してから、続けた。


「今朝から碌に食べてもいない健介を、彼と一緒にゆっくりと休ませるためにはどんな手続きが必要なんですか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

処理中です...