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「じゃあもうそれでいいよ。パパなんだよ。健介つれて帰っていい?」
君島が痺れを切らせてそう訊いた。
「そうなんですか!まぁ!引き取りに来て下さったんですねっ!」
「違います。俺は赤の他人です」
目を輝かせた飯川さんに、原田が低い声で訂正した。
「でも、でもまこと君がこんなに落ち着いてるのなんて、初めて見るわ」
そう言いながら飯川さんが健介の手に触れると、健介は弾かれるようにその手を引いてまた絶叫して原田の首に抱きついた。
おい、と顔を顰めたまま原田が健介の頭を押さえると、サイレンのような悲鳴が収まった。
「……その子は、症状改善で退院したんじゃなかったのか?」
サイレンに顔を顰めたせっかち上司が訊くと、飯川さんが頷きながら応えた。
「はい、薬が合ったのできちんと飲ませたら錯乱もせずに集団生活もできると診断していただいて、」
「薬?!この子に?」
君島が驚いた。
「こんな小さい子に薬なんて、」
「あら。小さい子でも病気になれば薬は必要でしょう?」
安達さんが応えたが、君島は首を振った。
「だって、違うでしょ?病気の薬じゃないでしょ?錯乱しないようにって、安定剤や抗精神系の薬でしょ?そんなの、」
「止むを得ない場合はあるのよ」
「止むを得なくなんかないよ!投薬なんて最終手段でしょ!健介そんなにひどい状態じゃ、」
「ひどかったんです。最終手段だったんです。お医者様の判断なんです」
飯川さんが小さく応えた。
「薬で安定させないと、この子の身体ももたなかったんです」
さすがに、君島も言葉を失った。
「しかし薬を飲んでてもトライアル失敗したんだろ?いやそれ以前に飯川さん、関谷さんが虐待してた報告は?!」
「ええ、はい。本当に、気付けなくて本当に申し訳ないです」
情けなさそうに、最後は涙声で飯川さんが深々と頭を下げた。
「子供たちのためにと、思ってたのに、」
健介のためだったのに
もしかしたら、健介が暴れて薬を飲ませることができず、だから落ち着くことがなくさらに暴れて、家の中が殺伐として他の子たちの虐待に繋がった。
悪循環が途切れなく貧しい家庭で繰り返された。
もしかしたら、命のあるうちに逃げ出せたことは幸運だった。
もしかしたら健介が暴れたことは幸運だった。
そんなことを思いつつしばらく全員沈黙した後、上司が口を開いた。
「それでは、飯川さんと今後のことをお話しいただくということで、面談室2に移動してもらえませんか?」
しかしそこで大和が手を上げて発言した。
「すいません。腹減って限界。健介も食ってないから、一度ファミレスにでも行って戻ってきていいですか?」
確かに。俺も朝しか食ってない。と原田も賛同して頷く。
が、君島が反対した。
「このままファミレスに行って夕食取ったら眠くなるから家に戻ります。明日また来ます。健介も。それならいい」
まったく、めんどくせーこと言い出すなぁ……、と原田が抱いている健介の頭に額を付けてため息をつく。
「……あの、さっきから健介健介って、どうしてまこと君をそう呼んでるんですか?」
飯川さんが怪訝そうに訊くので、君島が応えた。
「この子は健介って名前だと、自分で名乗ったんです」
「……え?」
「案外しゃべるみたいですけど、意味はこの彼しか聞き取れないようで、」
「しゃべるんですか?まこと君が?」
「しゃべらなかったですか?」
「ひとことも!いままで何にもしゃべらなかったです!」
飯川さんが、驚いたまま健介を見詰めた。
「泣いて叫んで暴れるだけで、言葉を知らないのだと思ってました」
そして全員、また原田を見上げた。
そんな視線を感じたので、原田は顔を顰めたまま俯いている。
静かになったところで、君島が言った。
「彼には、しゃべるんです。僕らには意味不明だけど彼は健介の言葉を聞きわけます」
それほどでもないが、原田も俯いたまま訂正はしない。
「朝からずっと薬も飲んでないし、食べたご飯も吐きだしたし、きっともうそろそろおむつも怪しいと思うけど、今健介は全然泣いてもいないよ。
さっき連れて行った小児科の先生は、身体を拘束したり薬物で感情を抑えるよりも彼に抱いてもらってる方が子供のためだと言ってた。異論はないよね?
浩一から引き離すと間違いなくまた泣いて暴れて引き付けを起こして失神する。それは避けてくれと先生に言われました」
そして全員をぐるりと見回してから、続けた。
「今朝から碌に食べてもいない健介を、彼と一緒にゆっくりと休ませるためにはどんな手続きが必要なんですか?」
君島が痺れを切らせてそう訊いた。
「そうなんですか!まぁ!引き取りに来て下さったんですねっ!」
「違います。俺は赤の他人です」
目を輝かせた飯川さんに、原田が低い声で訂正した。
「でも、でもまこと君がこんなに落ち着いてるのなんて、初めて見るわ」
そう言いながら飯川さんが健介の手に触れると、健介は弾かれるようにその手を引いてまた絶叫して原田の首に抱きついた。
おい、と顔を顰めたまま原田が健介の頭を押さえると、サイレンのような悲鳴が収まった。
「……その子は、症状改善で退院したんじゃなかったのか?」
サイレンに顔を顰めたせっかち上司が訊くと、飯川さんが頷きながら応えた。
「はい、薬が合ったのできちんと飲ませたら錯乱もせずに集団生活もできると診断していただいて、」
「薬?!この子に?」
君島が驚いた。
「こんな小さい子に薬なんて、」
「あら。小さい子でも病気になれば薬は必要でしょう?」
安達さんが応えたが、君島は首を振った。
「だって、違うでしょ?病気の薬じゃないでしょ?錯乱しないようにって、安定剤や抗精神系の薬でしょ?そんなの、」
「止むを得ない場合はあるのよ」
「止むを得なくなんかないよ!投薬なんて最終手段でしょ!健介そんなにひどい状態じゃ、」
「ひどかったんです。最終手段だったんです。お医者様の判断なんです」
飯川さんが小さく応えた。
「薬で安定させないと、この子の身体ももたなかったんです」
さすがに、君島も言葉を失った。
「しかし薬を飲んでてもトライアル失敗したんだろ?いやそれ以前に飯川さん、関谷さんが虐待してた報告は?!」
「ええ、はい。本当に、気付けなくて本当に申し訳ないです」
情けなさそうに、最後は涙声で飯川さんが深々と頭を下げた。
「子供たちのためにと、思ってたのに、」
健介のためだったのに
もしかしたら、健介が暴れて薬を飲ませることができず、だから落ち着くことがなくさらに暴れて、家の中が殺伐として他の子たちの虐待に繋がった。
悪循環が途切れなく貧しい家庭で繰り返された。
もしかしたら、命のあるうちに逃げ出せたことは幸運だった。
もしかしたら健介が暴れたことは幸運だった。
そんなことを思いつつしばらく全員沈黙した後、上司が口を開いた。
「それでは、飯川さんと今後のことをお話しいただくということで、面談室2に移動してもらえませんか?」
しかしそこで大和が手を上げて発言した。
「すいません。腹減って限界。健介も食ってないから、一度ファミレスにでも行って戻ってきていいですか?」
確かに。俺も朝しか食ってない。と原田も賛同して頷く。
が、君島が反対した。
「このままファミレスに行って夕食取ったら眠くなるから家に戻ります。明日また来ます。健介も。それならいい」
まったく、めんどくせーこと言い出すなぁ……、と原田が抱いている健介の頭に額を付けてため息をつく。
「……あの、さっきから健介健介って、どうしてまこと君をそう呼んでるんですか?」
飯川さんが怪訝そうに訊くので、君島が応えた。
「この子は健介って名前だと、自分で名乗ったんです」
「……え?」
「案外しゃべるみたいですけど、意味はこの彼しか聞き取れないようで、」
「しゃべるんですか?まこと君が?」
「しゃべらなかったですか?」
「ひとことも!いままで何にもしゃべらなかったです!」
飯川さんが、驚いたまま健介を見詰めた。
「泣いて叫んで暴れるだけで、言葉を知らないのだと思ってました」
そして全員、また原田を見上げた。
そんな視線を感じたので、原田は顔を顰めたまま俯いている。
静かになったところで、君島が言った。
「彼には、しゃべるんです。僕らには意味不明だけど彼は健介の言葉を聞きわけます」
それほどでもないが、原田も俯いたまま訂正はしない。
「朝からずっと薬も飲んでないし、食べたご飯も吐きだしたし、きっともうそろそろおむつも怪しいと思うけど、今健介は全然泣いてもいないよ。
さっき連れて行った小児科の先生は、身体を拘束したり薬物で感情を抑えるよりも彼に抱いてもらってる方が子供のためだと言ってた。異論はないよね?
浩一から引き離すと間違いなくまた泣いて暴れて引き付けを起こして失神する。それは避けてくれと先生に言われました」
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