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健介
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健介の絶叫と朱鷺の勢いに扉の近くにいた秘書が驚いて立ち上がり、朱鷺の後ろから大和も追いかけてきている。
朱鷺はソファに座っている原田を発見して健介を渡そうと向かったが、その前に健介が暴れて朱鷺の腕から逃れて原田の元に駆けよってしがみついた。原田がその身体を抱き上げて、そしてやっと健介の絶叫がおさまった。
原田の胸に顔をつけて、ぐずぐずとしゃくりあげている。原田が両腕で健介を抱えて頭を撫でると、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになった。
健介が大人しくなったので原田は振り向いて、朱鷺が頬の傷を押さえているので、大丈夫か?と訊くと朱鷺は笑って頷いた。
「……その子が、さっきの話の?」
知事に小声で訊かれ、原田がまた前を向いて頷く。
その時健介の癖毛が頬に触れて、くすぐったいのでその頭を押さえるとさらに首にしがみついてきて余計に髪が当たった。面倒なので脇を持ち上げて膝の上に抱き直し、髪の毛が当たらない収まりのいい位置を探そうとしたが健介が原田の首を離さない。
健介の髪から逃げるのは無理なようだ。痒いなぁと顔を顰めながら、原田が諦めた。
そんな二人の様子を知事が目を細めて見ている。視線に気付いた原田が、何か?と目で訊くと、知事も訊いてきた。
「……君の子じゃないの?」
またか、と原田は苦笑する。
「ああ、やっぱり原田来てたのか。やっぱりお前の子なの?」
後ろから大和の大声が聞こえたが、振り向かないでいるとさらに続けた。
「この前施設に連れて行ったんじゃなかったか?紫田の」
その大和の言葉に、間髪入れずに声が上がった。
「紫田?紫田区の養護施設?」
ほとんど初めて聞くその声に、全員が振り向いたのは今までほぼ存在を隠していた黒子のような知事の秘書。
「どうしたんだね?梶君」
慌てる秘書が珍しいのか、知事も驚いてそう訊いた。
秘書もそう訊かれてから我に返り、大声を出してしまって申し訳ありません、とまた引き下がった。
「それと、大和君もこの子を知ってるのかね?」
知事が大和を見上げて訊いた。
「ええ。こいつ、原田のストーカーです」
「ストーカー?」
ストーカー。なるほどなぁ。その言葉はぴったりだな。と原田が感心してやっと大和を見上げた。
するとその大和がタバコを咥えてライターを持っていたので、急いで頼んだ。
「社長、タバコ吸わないでください」
「ん?」
「こいつちょっと、タバコが無理なので」
そう言いながら健介の頭を手で押さえる。
「無理?無理ってなんだよ。だいたいお前だって吸うだろ」
「こいつの前じゃ吸いません」
えー、とタバコを咥えたまま文句を言うものの、ライターはポケットに戻した。
原田がそれを見上げていると、横から君島の声が聞えた。
「どういうこと?」
横を向くと、君島が原田を見てまた訊いてくる。
「タバコが無理って、なんで?」
「なんでって、嫌いらしいから、」
そう言いながら健介に視線を戻すと、両目を大きく見開いて、原田の服を握った両手をぎゅっと固めて、大和の咥えているタバコを凝視していた。
「なんでこんなに怯えてるの?」
また君島が訊いてくる。
背中にタバコの火でつけられた火傷の痕があるからだ、と、当の健介を抱いたまま口にするのは、原田には躊躇われた。
少し考えて、違う痕を見せることにした。
「いろいろと、傷がある」
原田はそう小さく応えて、ブルゾンの肩の辺りを握りしめている健介のトレーナーの袖を少し引いて、手首を晒した。
そして現れた細い手首のその表面を、ぐるりと回る紫色の細い痕。
君島が息を呑んだ。
「紐の、痕か?」
知事が訊いた。
「縛られた痕だと思います」
原田が応えた。
君島がやっと息を吐き、こんなの、と呟きながら健介の傷痕に触れようとすると、気付いた健介がまた叫びだした。
原田に抱かれているせいかさっきほどの絶叫ではない。それでも抱いている原田はたまったもんじゃない。
やめてくれ、鼓膜が破れる、と原田が片腕で健介の頭を抱いて片腕で君島の手を押し退けた。
君島の手が離れたので、健介も叫ぶのを止めた。
「あらあら。まだ騒いでた?」
ティーカップを乗せたお盆を持って現れた朱鷺の母が、呑気な声でそう訊いた。
「あんまり暴れるからつい大和を呼んじゃったのよ」
「すいません」
原田が顔を向けて一応謝る。
「俺も噛み付かれた」
「すいません」
社長にも原田が謝る。
「朱鷺も引っ掻かれた」
社長にそう続けられて朱鷺を振り向くと、もう頬に絆創膏を貼っていた。
朱鷺はソファに座っている原田を発見して健介を渡そうと向かったが、その前に健介が暴れて朱鷺の腕から逃れて原田の元に駆けよってしがみついた。原田がその身体を抱き上げて、そしてやっと健介の絶叫がおさまった。
原田の胸に顔をつけて、ぐずぐずとしゃくりあげている。原田が両腕で健介を抱えて頭を撫でると、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになった。
健介が大人しくなったので原田は振り向いて、朱鷺が頬の傷を押さえているので、大丈夫か?と訊くと朱鷺は笑って頷いた。
「……その子が、さっきの話の?」
知事に小声で訊かれ、原田がまた前を向いて頷く。
その時健介の癖毛が頬に触れて、くすぐったいのでその頭を押さえるとさらに首にしがみついてきて余計に髪が当たった。面倒なので脇を持ち上げて膝の上に抱き直し、髪の毛が当たらない収まりのいい位置を探そうとしたが健介が原田の首を離さない。
健介の髪から逃げるのは無理なようだ。痒いなぁと顔を顰めながら、原田が諦めた。
そんな二人の様子を知事が目を細めて見ている。視線に気付いた原田が、何か?と目で訊くと、知事も訊いてきた。
「……君の子じゃないの?」
またか、と原田は苦笑する。
「ああ、やっぱり原田来てたのか。やっぱりお前の子なの?」
後ろから大和の大声が聞こえたが、振り向かないでいるとさらに続けた。
「この前施設に連れて行ったんじゃなかったか?紫田の」
その大和の言葉に、間髪入れずに声が上がった。
「紫田?紫田区の養護施設?」
ほとんど初めて聞くその声に、全員が振り向いたのは今までほぼ存在を隠していた黒子のような知事の秘書。
「どうしたんだね?梶君」
慌てる秘書が珍しいのか、知事も驚いてそう訊いた。
秘書もそう訊かれてから我に返り、大声を出してしまって申し訳ありません、とまた引き下がった。
「それと、大和君もこの子を知ってるのかね?」
知事が大和を見上げて訊いた。
「ええ。こいつ、原田のストーカーです」
「ストーカー?」
ストーカー。なるほどなぁ。その言葉はぴったりだな。と原田が感心してやっと大和を見上げた。
するとその大和がタバコを咥えてライターを持っていたので、急いで頼んだ。
「社長、タバコ吸わないでください」
「ん?」
「こいつちょっと、タバコが無理なので」
そう言いながら健介の頭を手で押さえる。
「無理?無理ってなんだよ。だいたいお前だって吸うだろ」
「こいつの前じゃ吸いません」
えー、とタバコを咥えたまま文句を言うものの、ライターはポケットに戻した。
原田がそれを見上げていると、横から君島の声が聞えた。
「どういうこと?」
横を向くと、君島が原田を見てまた訊いてくる。
「タバコが無理って、なんで?」
「なんでって、嫌いらしいから、」
そう言いながら健介に視線を戻すと、両目を大きく見開いて、原田の服を握った両手をぎゅっと固めて、大和の咥えているタバコを凝視していた。
「なんでこんなに怯えてるの?」
また君島が訊いてくる。
背中にタバコの火でつけられた火傷の痕があるからだ、と、当の健介を抱いたまま口にするのは、原田には躊躇われた。
少し考えて、違う痕を見せることにした。
「いろいろと、傷がある」
原田はそう小さく応えて、ブルゾンの肩の辺りを握りしめている健介のトレーナーの袖を少し引いて、手首を晒した。
そして現れた細い手首のその表面を、ぐるりと回る紫色の細い痕。
君島が息を呑んだ。
「紐の、痕か?」
知事が訊いた。
「縛られた痕だと思います」
原田が応えた。
君島がやっと息を吐き、こんなの、と呟きながら健介の傷痕に触れようとすると、気付いた健介がまた叫びだした。
原田に抱かれているせいかさっきほどの絶叫ではない。それでも抱いている原田はたまったもんじゃない。
やめてくれ、鼓膜が破れる、と原田が片腕で健介の頭を抱いて片腕で君島の手を押し退けた。
君島の手が離れたので、健介も叫ぶのを止めた。
「あらあら。まだ騒いでた?」
ティーカップを乗せたお盆を持って現れた朱鷺の母が、呑気な声でそう訊いた。
「あんまり暴れるからつい大和を呼んじゃったのよ」
「すいません」
原田が顔を向けて一応謝る。
「俺も噛み付かれた」
「すいません」
社長にも原田が謝る。
「朱鷺も引っ掻かれた」
社長にそう続けられて朱鷺を振り向くと、もう頬に絆創膏を貼っていた。
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