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2月
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しかし、バイクだ。
とりあえず部屋に戻ろうと思うが、今ここにはバイクしかない。
タンデム?この小さいのと?間違いなく吹っ飛ばすな。
バイクをここに置いて別の手段で部屋まで行って、……この子供を部屋に置いてここまで取りに来る?いや、まずいだろ。こんな小さいのを放置できないだろ。
バイクを押して歩いて帰る?日が暮れるだろ。
バイクの横でしゃがんだまま、子供を見下ろす。子供はじっと原田を見上げている。原田のブルゾンを羽織ったまま。
原田のブルゾンは子供には大きすぎて裾も袖も引き摺ったらしく、汚れている。頭から被せてもきっとこの子供の身体を全て覆ってしまうだろう。
……それを、使うか。
ふと、そう思いついた。
思いついて立ち上がり、子供の羽織っているブルゾンを脱がせてから子供を抱き上げ、ガソリンタンクを抱えるくらいにシートの前方に座らせた。それから原田がその後ろに乗り、子供の羽織っていたブルゾンを広げて両袖部分を掴み、子供の身体に被せて袖を自分の背に回してみた。縛れる程は余るが、自分のブルゾンの下で巻いた方がいいかとファスナーを下す。
その間に、前に座る子供がもぞもぞと動き、落ちそうになって慌てて手で支えた。
だめか。こんなに動くのなら無理か。
まだもぞもぞと動く子供を手で支えながら原田はまた他の手を考えることにしたが、とうとう子供がくるりと身体を返してしまい、完全に原田の方を向いてファスナーを開いた中のセーターにしがみついた。
パパ、とセーターの中に言っている。
これなら、いいか。
少し押してみてもぎっちりしがみついて離れない子供に、またブルゾンを巻きなおして袖を背中できつく縛った。
「絶対手離すなよ」
子供にそう言い、ミラーに被せていたヘルメットを取って被り、スタンドを蹴りあげてキーを回し、セルを押した。
なるべく子供の背に手を置きたいので、頻繁にギアチェンジをしたくないから思い切って信号の少ない大通りを走る。
さすがに恐ろしいので他の車に合せたスピードは出さない。ひやひやしながらの低速走行で、それでも制限速度より遅く順行していると信号に引っ掛かることが少なく意外にスムーズに走れる。子供は大人しく原田の腹にぎっちりしがみついている。
左側車線に一際遅い小さな車が走っていて、その後ろについた。そして車体をみると、リアウィンドウに『赤ちゃん乗せてます。お先にどうぞ』のステッカーが貼られている。
俺もあれが欲しいな、と思いつつ、原田は交差点を左に曲がった。
のろのろ走り、やっとアパートに着いた。さらにスピードを落として駐輪所に向かい、ブレーキを握って足を下す。スタンドを蹴りだし、ブルゾンを解き、ゆっくりとバイクを倒してスタンドを立たせ、それから子供を抱いてバイクを降りる。
着いた。
大きく息をついて、子供を下す。
それからバイクを自転車小屋に突っ込み、シートは奥に突っ込んだままとりあえず子供をつれて部屋に戻ることにする。
パパ、とまたブルゾンを引き摺って原田に手を伸ばすので、原田は脱いだヘルメットとツーリングバッグを片手で掴み、片腕で子供を抱きあげた。子供はまた原田の首に両腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
ドアの前で一度子供を下し、ポケットから鍵を出して部屋を開けた。
子供を中に引き入れ、靴を脱がしてやる。サイズの大きい、履き古してボロボロの、マジックテープを剥がしたらそのまま破れてしまいそうな代物。
そのまま足から引き抜くと、靴下を履いていない。その足が冷たい。その足を握ってやると、原田の手が温かいのが気持ちいいらしく、ふぅ、とため息をついた。
それが年寄りじみていたので、お前はジジィか、と言うと、子供は笑った。
ふと思い出し、原田は子供の足を握る手を開き、そのままズボンの裾を引っ張り上げた。まだ痣が残っているのか見ようと思った。
しかしその途端、子供が絶叫して原田の手を蹴り飛ばし、立ち上がって部屋の中に駆け込んだ。
おい、と原田も慌てて中に入り、子供を掴もうとしたが子供は途切れることなく奇声を上げ続け、原田が伸ばす手から逃げ、手当たり次第に掴んだ物を投げた。
「やめろ!」
原田がそう怒鳴る声も、子供の奇声に敵わない。
棚の横に置いてあった貰い物のタオルを全部引っ張り出して放り出し、ティッシュを箱が空になるまで全部出してその箱も壊し、ボードの中の本やディスクを全部床にばら撒いて、キッチンの布巾やタオルが入った引き出しをひっくり返した。
原田は、途中からそれを止めるのをやめた。
早々に自分の行動を反省し、今後の予定も決めたので。
無理だ。
俺にも無理だった。
連れてくるべきじゃなかった。
どうかしてた。無理に決まってるだろう。俺は一体何を考えてるんだ。
一体何を考えて連れてきてしまったんだろう。
一時の感情で衝動的に動いてしまった。
こんなことが、この子供を助けることになんかならないのに。
部屋中をめちゃくちゃにして暴れ疲れた子供が、部屋の奥でやっと座り込んだ。
原田がそっとそこに近づく。
そして背後から、両手で子供の脇を掴みあげた。
それに驚いた子供がまた奇声を上げ、笑って原田を見上げた。
原田も笑って、子供に言った。
「悪かったな。連れてくるんじゃなかった。戻った方がいい」
当然、子供にはその言葉は理解できない。原田が抱き上げてくれたから嬉しそうに笑って首にしがみつく。
抱きやすくなったからそのまま立ち上がり、原田はテーブルを回ってドアに向かう。
原田の首にしがみついている子供が、原田がさっさとどこかに向かって歩き始めたので何かを感じたように顔を上げる。
「パパ」
そう呼ばれても、もう返事はしない。
「パパ!」
原田がドアに手を掛けた。
何かに勘付いた子供が原田の首を両手で突き、突然だったので原田がよろけて壁に肩をぶつけてインターホンの受話器が落ちた。
原田の身体が傾き、暴れる子供が手足をばたつかせてその腕から逃れ、床に落ちて一度転んでもすぐに立ち上がり、そのまままた部屋の奥に走って行った。
原田は頭を掻いてため息をつく。
「おい」
原田が低い声でそう呼びながら、子供に近づく。
子供は部屋の奥の、自分が暴れて盛大に散らかした場所に座り込んで、迫ってくる原田を見上げている。その目には涙がたっぷり溜まっている。
「もう帰るぞ」
子供を見下ろして、そう言った。
子供は原田を真っ直ぐ見上げて、言った。
「パパ。ねんね」
子供がそう言って、横に積み上げてあるティッシュやタオルの小山をその小さな手で叩いた。
「ねんね」
そう繰り返し、また小山を叩き、そしてとうとう涙が溢れた。
子供が叩いた小山は、本やティッシュやタオルで構成されていて、二つ並んでいる。
まさか、と原田が子供の前にしゃがんだ。
子供は怯えて少し後ろに下がったが、また新しく涙を零して、また小山を叩いて言った。
「ねんね」
「まさかそれ、枕か?」
原田が子供に訊いた。
子供はそれに応えるようにまた小山を叩いた。
「ねんね」
原田はため息をついて、笑った。
「……あれだけ暴れて、作ったのは枕二つか?」
「パパ」
子供が涙を零しながら、原田に手を伸ばす。
「俺と寝るのか?」
子供に訊くと、子供は原田の腕を掴んで、もう一つの方の小山を指差した。
「パパ、これ」
「小さい方かよ」
原田は笑い、近づいてきた子供の頬の涙を拭ってやる。
「パパ。ねんね」
やっと子供が笑う。
「わかったよ」
子供製作のお粗末な枕の小さい方をあてがわれ、原田はそこに横になり肘をついた。
すると子供がその原田の腕の中に潜ろうとする。
「それじゃお前枕いらないだろ」
そう言ってももう返事もない。原田のセーターを両手で握って、丸くなった。
不器用な子供だな。それじゃ大人にわかってもらえない。わかってくれる大人はきっと多くはない。わかってくれる保護者が見つかればいいのだが。
そう思いつつ、腹にくっついている子供の頭を撫でる。
このまま寝てしまったら、連れて行こう。
もう少し、寝入ったら。
俺には無理だから。
どうせ俺は寝られないから。
そんなことを考えながら、原田は子供が寝るのを待った。
とりあえず部屋に戻ろうと思うが、今ここにはバイクしかない。
タンデム?この小さいのと?間違いなく吹っ飛ばすな。
バイクをここに置いて別の手段で部屋まで行って、……この子供を部屋に置いてここまで取りに来る?いや、まずいだろ。こんな小さいのを放置できないだろ。
バイクを押して歩いて帰る?日が暮れるだろ。
バイクの横でしゃがんだまま、子供を見下ろす。子供はじっと原田を見上げている。原田のブルゾンを羽織ったまま。
原田のブルゾンは子供には大きすぎて裾も袖も引き摺ったらしく、汚れている。頭から被せてもきっとこの子供の身体を全て覆ってしまうだろう。
……それを、使うか。
ふと、そう思いついた。
思いついて立ち上がり、子供の羽織っているブルゾンを脱がせてから子供を抱き上げ、ガソリンタンクを抱えるくらいにシートの前方に座らせた。それから原田がその後ろに乗り、子供の羽織っていたブルゾンを広げて両袖部分を掴み、子供の身体に被せて袖を自分の背に回してみた。縛れる程は余るが、自分のブルゾンの下で巻いた方がいいかとファスナーを下す。
その間に、前に座る子供がもぞもぞと動き、落ちそうになって慌てて手で支えた。
だめか。こんなに動くのなら無理か。
まだもぞもぞと動く子供を手で支えながら原田はまた他の手を考えることにしたが、とうとう子供がくるりと身体を返してしまい、完全に原田の方を向いてファスナーを開いた中のセーターにしがみついた。
パパ、とセーターの中に言っている。
これなら、いいか。
少し押してみてもぎっちりしがみついて離れない子供に、またブルゾンを巻きなおして袖を背中できつく縛った。
「絶対手離すなよ」
子供にそう言い、ミラーに被せていたヘルメットを取って被り、スタンドを蹴りあげてキーを回し、セルを押した。
なるべく子供の背に手を置きたいので、頻繁にギアチェンジをしたくないから思い切って信号の少ない大通りを走る。
さすがに恐ろしいので他の車に合せたスピードは出さない。ひやひやしながらの低速走行で、それでも制限速度より遅く順行していると信号に引っ掛かることが少なく意外にスムーズに走れる。子供は大人しく原田の腹にぎっちりしがみついている。
左側車線に一際遅い小さな車が走っていて、その後ろについた。そして車体をみると、リアウィンドウに『赤ちゃん乗せてます。お先にどうぞ』のステッカーが貼られている。
俺もあれが欲しいな、と思いつつ、原田は交差点を左に曲がった。
のろのろ走り、やっとアパートに着いた。さらにスピードを落として駐輪所に向かい、ブレーキを握って足を下す。スタンドを蹴りだし、ブルゾンを解き、ゆっくりとバイクを倒してスタンドを立たせ、それから子供を抱いてバイクを降りる。
着いた。
大きく息をついて、子供を下す。
それからバイクを自転車小屋に突っ込み、シートは奥に突っ込んだままとりあえず子供をつれて部屋に戻ることにする。
パパ、とまたブルゾンを引き摺って原田に手を伸ばすので、原田は脱いだヘルメットとツーリングバッグを片手で掴み、片腕で子供を抱きあげた。子供はまた原田の首に両腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
ドアの前で一度子供を下し、ポケットから鍵を出して部屋を開けた。
子供を中に引き入れ、靴を脱がしてやる。サイズの大きい、履き古してボロボロの、マジックテープを剥がしたらそのまま破れてしまいそうな代物。
そのまま足から引き抜くと、靴下を履いていない。その足が冷たい。その足を握ってやると、原田の手が温かいのが気持ちいいらしく、ふぅ、とため息をついた。
それが年寄りじみていたので、お前はジジィか、と言うと、子供は笑った。
ふと思い出し、原田は子供の足を握る手を開き、そのままズボンの裾を引っ張り上げた。まだ痣が残っているのか見ようと思った。
しかしその途端、子供が絶叫して原田の手を蹴り飛ばし、立ち上がって部屋の中に駆け込んだ。
おい、と原田も慌てて中に入り、子供を掴もうとしたが子供は途切れることなく奇声を上げ続け、原田が伸ばす手から逃げ、手当たり次第に掴んだ物を投げた。
「やめろ!」
原田がそう怒鳴る声も、子供の奇声に敵わない。
棚の横に置いてあった貰い物のタオルを全部引っ張り出して放り出し、ティッシュを箱が空になるまで全部出してその箱も壊し、ボードの中の本やディスクを全部床にばら撒いて、キッチンの布巾やタオルが入った引き出しをひっくり返した。
原田は、途中からそれを止めるのをやめた。
早々に自分の行動を反省し、今後の予定も決めたので。
無理だ。
俺にも無理だった。
連れてくるべきじゃなかった。
どうかしてた。無理に決まってるだろう。俺は一体何を考えてるんだ。
一体何を考えて連れてきてしまったんだろう。
一時の感情で衝動的に動いてしまった。
こんなことが、この子供を助けることになんかならないのに。
部屋中をめちゃくちゃにして暴れ疲れた子供が、部屋の奥でやっと座り込んだ。
原田がそっとそこに近づく。
そして背後から、両手で子供の脇を掴みあげた。
それに驚いた子供がまた奇声を上げ、笑って原田を見上げた。
原田も笑って、子供に言った。
「悪かったな。連れてくるんじゃなかった。戻った方がいい」
当然、子供にはその言葉は理解できない。原田が抱き上げてくれたから嬉しそうに笑って首にしがみつく。
抱きやすくなったからそのまま立ち上がり、原田はテーブルを回ってドアに向かう。
原田の首にしがみついている子供が、原田がさっさとどこかに向かって歩き始めたので何かを感じたように顔を上げる。
「パパ」
そう呼ばれても、もう返事はしない。
「パパ!」
原田がドアに手を掛けた。
何かに勘付いた子供が原田の首を両手で突き、突然だったので原田がよろけて壁に肩をぶつけてインターホンの受話器が落ちた。
原田の身体が傾き、暴れる子供が手足をばたつかせてその腕から逃れ、床に落ちて一度転んでもすぐに立ち上がり、そのまままた部屋の奥に走って行った。
原田は頭を掻いてため息をつく。
「おい」
原田が低い声でそう呼びながら、子供に近づく。
子供は部屋の奥の、自分が暴れて盛大に散らかした場所に座り込んで、迫ってくる原田を見上げている。その目には涙がたっぷり溜まっている。
「もう帰るぞ」
子供を見下ろして、そう言った。
子供は原田を真っ直ぐ見上げて、言った。
「パパ。ねんね」
子供がそう言って、横に積み上げてあるティッシュやタオルの小山をその小さな手で叩いた。
「ねんね」
そう繰り返し、また小山を叩き、そしてとうとう涙が溢れた。
子供が叩いた小山は、本やティッシュやタオルで構成されていて、二つ並んでいる。
まさか、と原田が子供の前にしゃがんだ。
子供は怯えて少し後ろに下がったが、また新しく涙を零して、また小山を叩いて言った。
「ねんね」
「まさかそれ、枕か?」
原田が子供に訊いた。
子供はそれに応えるようにまた小山を叩いた。
「ねんね」
原田はため息をついて、笑った。
「……あれだけ暴れて、作ったのは枕二つか?」
「パパ」
子供が涙を零しながら、原田に手を伸ばす。
「俺と寝るのか?」
子供に訊くと、子供は原田の腕を掴んで、もう一つの方の小山を指差した。
「パパ、これ」
「小さい方かよ」
原田は笑い、近づいてきた子供の頬の涙を拭ってやる。
「パパ。ねんね」
やっと子供が笑う。
「わかったよ」
子供製作のお粗末な枕の小さい方をあてがわれ、原田はそこに横になり肘をついた。
すると子供がその原田の腕の中に潜ろうとする。
「それじゃお前枕いらないだろ」
そう言ってももう返事もない。原田のセーターを両手で握って、丸くなった。
不器用な子供だな。それじゃ大人にわかってもらえない。わかってくれる大人はきっと多くはない。わかってくれる保護者が見つかればいいのだが。
そう思いつつ、腹にくっついている子供の頭を撫でる。
このまま寝てしまったら、連れて行こう。
もう少し、寝入ったら。
俺には無理だから。
どうせ俺は寝られないから。
そんなことを考えながら、原田は子供が寝るのを待った。
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