ARROGANT

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2月

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「……どこの、子ですか?」
 また事務員が訊いてきたので、原田が応える。
「身元はわからないんですが、前に紫田の現場で施設から脱走してきたことがあって、これからそこに連れて行こうかと、」
「紫田?だってさっき、黄崎のリフォームに行ったんじゃなかった?」
「そうなんですが」
 そう話をしているうちに別の事務員が近づいてきて子供の顔を覗きこみ、笑顔で声を掛けた。

「僕、いくつかな?」

 子供は、弾かれたように事務員に背中を向けて原田に強くしがみついた。
 そして、ぱぱ、と高い細い声を震わせた。

「ぱぱ?お前、ぱぱなの?原田」
 社長が無駄に大声でそう訊いてきた。
 その声に怯えて、子供がさらに原田に強くしがみついてくる。
 首に巻きつけた腕に力を入れ、足まで原田の腹に巻きつけようとした。

 その持ち上げられた子供の足を見て、社長が大爆笑した。

「軍手!なんでこんなもの履いてるんだ!」
「あ!やだ、本当だ!」
 事務員まで手を叩いて笑い出した。
 え?何?と座っていた社員たちも次々と見物に来て、全員子供の足を指差して笑った。

「桃山社長が履かせてくれたんです」
「桃山さん?!あの強面の!」
 さらに全員笑った。

 原田も笑っているので、子供も少しずつ顔を上げて周囲を見回した。賑やかな笑い声の中、みんな優しそうな笑顔を向けている。

「あんな顔で桃山さんも案外親切なのね。僕の靴下が濡れてたのかな?」
 事務員が笑顔でまた子供を覗き込み、訊いた。
 子供はまた顔を背けて原田にしがみつく。

「こいつ、靴履いてなかったらしいです。靴下ぐしょ濡れだったから社長が軍手履かせたんです」
 原田が子供の頭を見下ろしたままそう呟いた。
「靴履いてなかった?!」
 事務員が驚いて大声を上げた。

「どういうこと?こんな雪の中を?それにその上着だって、原田君のでしょ?」
「はい。上には何も着てなかったようです」
「どういうこと?!」
 俺にもわかんないですよ、と応えようとしたら、いつの間にかいなくなっていた社長が再び現れて大声で原田を呼んだ。


「原田!これを見ろ!」


 大声でそう言いながら突き上げた右手で偉そうに振っているのは、指の部分が全部色の違う小さな手袋。

「朱鷺がこの前どこかで貰ってきたモンなんだけど、俺に似合うとか言って置いていったんだ。どう思う?」

 似合うんじゃないですか?と目で応えた。
 しかしそんな原田ではなく、社長は子供を見てまた訊いた。

「欲しいだろ?」


 子供が、原田の襟元を両手で握りながらも、身を乗り出してその手袋を見ていた。


「え?お前、欲しいの?その手袋」
「欲しいよなー!そんなでかい軍手よりもオシャレだしなー!」
 原田と社長がそんな会話をしている間も子供は手袋から目を離さない。
「サイズ的にもこっちがお前の足にぴったりだろ」
 社長が笑いながら近づき、子供が手袋に気を取られているうちに、片足から軍手を引き抜いた。

 突然だったので子供が驚きまた原田にしがみついて、よじ登ろうとしたのか裸足になった足を原田の腕に擦り付け、その拍子に裾が捲れあがった。


 ひっ……!
 と、事務員が息を呑んだ。
 あ、
 と珍しく社長が小声を漏らした。
「……なに、これ?」
 別の事務員が、やっと言葉を口にした。

 え?と原田が子供を抱き直し、軍手を脱いだ足を手に取り、


 原田も息を呑んだ。



 靴を履いてなかった足は予想通り切り傷だらけだが、

 足首に、皮膚の擦れた白い傷痕と赤や紫に鬱血した痕が、線状に一周していた。



 疑問の余地はない。

 紐で縛られた痕。



 原田が絶句して凝視していると、その顔を見上げて子供が呟いた。



「たいの。ぱぱ」



 原田が短く息を吐いて、子供の顔を見て、訊いた。



「……痛い、のか?」
「たいの」
 子供が頷いた。



 たい、と言い続けていた。

 子供はずっと、痛い、と訴えていたのだ。



「ちょ、ちょっと待ってて。救急箱持ってくるから」
 事務員が慌てて走り出した。
「原田君、暖房の近くに。タオル持ってくるから」
 別の事務員も走った。

「なんで」
 原田は子供に問うた。
「なんでお前、靴も履かずに歩き回ってたんだ?」
「パパ」
 子供は原田の顔に手を伸ばして、一つ覚えを繰り返した。
「なんで、縛られたんだ?」
 子供は、パパ、と繰り返すだけだった。

「原田君。こっち。お湯持ってきたから、足洗ってあげる」
 原田は子供を抱き直し、ソファに向かった。
 そして子供をソファに降ろし、その足をお湯を張った洗面器に漬けたタオルで事務員が拭こうとした。
 しかし、原田の手が離れ、事務員の手が足に触れた瞬間に、子供が叫びだしてソファを飛び下り原田にしがみついた。
 事務員は尻もちをつき、洗面器のお湯が床に零れた。


「……原田君、本当はあなたの子なんじゃないの?」
 床に座った事務員にそう睨まれる。

「……俺の子だったら靴ぐらい履かせますよ」
 原田がそう応えた。
 それもそうね、と事務員も頷いた。


 それに、俺の子だったら足縛ったりしませんよ。
 原田は胸の中でそう付け加える。
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