ARROGANT

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2月

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 とりあえず車を走らせてから、どの道筋で行けばあの施設に最短で行けるか考える。
 近くはないというか、会社を通り過ぎて反対方向にまだ結構な距離がある。
 一度会社に寄って社長に車で直帰の許可をもらおう。
 そんなことを、ワイバーの軌跡を目で追いながら考える。

「パパ」

 そう呼ばれたので目を向けると、子供は大人しくシートに座り、軍手を履いた両足を伸ばしている。
 それを見てやはり原田は笑う。
 その原田を見て、また子供も笑った。そしてまた言った。

「パパ。たい」

 ん?
 たい?
 子供がパパ以外の言葉を初めて口にした。

「たい?」

 原田がそう訊くと、返事をもらったことが嬉しいらしく、子供はぱっと赤くなって笑い、続けた。

「たいの!ぱぱ!あ〇※▲こぅえ▲※□み◆◎●!」

「……何?」

「▲△しゅ◎※#たい●◆!〇にゅ〇!」


 日本語ではない。英語でもない。スペイン語でも中国語でもロシア語でもない。


「きゅ☆〇▼る◆◆※〇ぴも〇〇!」


 よくしゃべるな。
 桃山社長、あなたの孫よりおしゃべりかも知れませんよ。


「パパ!たい!」
「……たいって何だよ?」
「たい!△ぅに△※も◎◎★!」
「何言ってんだ?」
「★★!★★!」
「★?」
「キャー!」

 子供が爆笑して軍手を履いた足をばたつかせた。

 何がなんだか。
 その後もまったく意思の疎通が成されない会話を続けながら、会社に向けてハンドルを切る。
 雪がまた強くなり、空が暗くなり、ヘッドライトを点けた。



 会社に到着し、駐車場に車を停める。
 結構時間を取られていて、すでに定時を過ぎていた。
 エンジンを切ると、雪のせいかとても静かになった。
 子供だけがやかましい。

「パパ。にゃ◆※△※まぃ◎」
「わかった」
「わ△☆△!」
「うん」
「キャー!」

 そんな適当な返事に子供は大喜びで、原田に両腕を伸ばしてはしゃいでいる。

 ……ここに置いていけないよな。すぐ戻っては来るのだが、さぞかし騒ぐんだろう。
 連れて行くか、と原田が運転席を降り、助手席に回ってドアを開けて子供を抱き上げた。
 子供も当然のように、原田に両腕を伸ばしてそれを待っている。
 原田の首に腕しがみつき、子供がふぅう、とため息をついた。それが年寄りじみていたので
「……お前はじじぃか」
 と原田が呟くと、子供がくふふと笑った。
 子供の身体がさっきよりも温かくなっていた。


 そして子供を抱いたまま事務所のドアを開けると、それまで多少ざわついていた室内がその瞬間、水を打ったように静かになった。
 全員、原田に注目している。
 まぁ、現場帰りの独身新入社員が子供抱いて戻ってきたらこんな反応だろうと原田はそこそこ予想していたが、子供はそうではない。
 突然多くの視線に晒され、怯えてぎゅっと原田にしがみついて顔を隠した。
 原田としてはそれで結構抱きやすくなり片手が自由になったので、さっさと自分の席に向かい出しっぱなしにしてある書類やらペンやらをざっと片付けPCの電源を落とす。
 それから社長の所に行こうとドアを開けると、ちょうどそこに社長が立っていてドアを開けようとしていたところだった。
 ばったり出会った社長も当然子連れの原田の姿に驚き、目を見開いて息を呑んでいる。

「……は、原田、君」

 後ろで事務員の誰かがそう声を掛けてきた。
 振り向くとまだ注目されていたので、原田は全員に説明することにした。


「現場でこの子供が迷ってたので、これから紫田の施設に連れて行きます」


「……は?」


 誰一人、原田のその不親切な説明を理解できる者はいなかった。
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