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1月
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「パパ!パパ!」
あの時の子供が、原田の足にしがみついて叫んでいる。
思い出したのだが、あの時の子供だと思い出したのだが、原田はまだ今この状況が信じられずにいる。
なぜあの子供が。なぜここに。どこから来たんだ。どこで俺を見た。どうして俺がここにいるとわかった。なぜ俺だとわかった。なぜ俺なんだ。
原田は子供にしがみつかれたまま思考も全身も硬直していた。
原田は恐怖に硬直しているのだが、大男の原田の脚にしがみついている子供がとても小さく、またパパパパと大変やかましいので、まるで大木に止まって鳴いているセミのようで、周囲の職人たちは大爆笑していた。
「パパって!原田さん子連れ勤務ですか!」
「まじか!子持ちだったんですか!」
「新卒ですよね?学生結婚ですか?」
「あれ?独身ですよね?」
「未婚の父ですか!珍しいっすね!」
「違うっ!」
やっと原田が叫んだ。
それを聞いて、また職人たちが爆笑した。
「いや、あの、本当に俺の子じゃ、」
原田が狼狽えて大笑いしている周囲に言い訳していると、棟梁が笑って言った。
「原田さんの子供だとは思ってないですよ。すぐ近くに、子供の施設があるんですわ。養護施設っていうの?そこの子供ですわ」
原田は子供を見下ろした。
子供も真っ直ぐ原田を見上げた。
あの時警官は、子供はそれなりの施設に行くことになると言っていた。
その、それなりの施設がここのすぐ近くにあるということか。
こんな偶然。
そんな偶然が、
しかしそんな偶然があったとしても俺はここに常駐しているわけじゃないのに、毎日通ってるわけでもないのに、今だって棟梁に確認取ったら帰るつもりだ、正味10分だ。
「パパ!」
子供が満面の笑みを浮かべて原田を見上げる。
俺、パパじゃないよ。
そんな一言さえ口から出ない。
なぜ俺なんだ。
そんな原田の様子を笑いながら、若い大工が近づいてきた。
「あそこの子供ねー、結構脱走してくるんだよね。こんな小さい子は珍しいけど」
そう笑いながら、子供に手を伸ばした。
「前も結構大きい子がここで遊んでて、注意してもらったんですけどね。危ないしね」
大工が両手で子供を抱き上げた。
「俺が返してきますよ」
原田の脚から子供が引き剥がされた。
その途端、子供が腹の底から絶叫して暴れ出した。
その声に驚いた大工が怯んで腕の力を緩めてしまい、暴れる身体が浮いた。
叫ぶ子供がそのまま地面に腕から落ちそうになった。
叫ぶ子供が、身体を捻って原田の方に顔を向けて腕を伸ばしたまま、大工の腕から落ちていく。
原田が腕を伸ばしてその小さい身体を支えた。
ただの反射だった。特に意味はなかった。
そして、原田の腕を得た子供は、掴んだその腕にしがみつき次に胸元を掴みそして首まで一気に這いあがった。
息を切らせたまま両手で原田の首に抱きつき、子供がやっと黙った。
原田はまだ腕を伸ばしたまま硬直している。
その原田の首に頭をつけて、子供がため息をついた。
職人たちが、再度爆笑した。
「すげー!スパイダーマンか!」
「泣き止んだよ!」
「何やったの?原田さん」
「実は本当に原田さんの子?」
「……違う、よ」
子供に両腕で抱きつかれたまま原田は首を振ったが、原田のその言葉が終わる前に子供も呟いた。
「パパ」
「パパーっ!」
職人たちが大合唱して大爆笑した。
腹を抱えて笑い転げている職人たちの中で、子供にしがみつかれた原田もため息をつく。
首に抱きつく子供の小さな手が、冷たい。
やっと子供に目を向けると、着古したような大きいトレーナーを着ている。
相変わらずぐちゃぐちゃの頭。
子供の身体がずるりと落ちそうになったので、支えやすいように抱きなおす。
その間子供は原田の首を離さない。
手は冷たいが、抱いている身体は温かい。
そういえば子供は体温が高いと前に気付いたんだった。
「俺が返してきます。どこ行ったらいいんです?大通りまで出ますか?」
原田が棟梁を振り返った。
「いや、その一本手前まで行かないところのちょっと広めの庭がある建物。行けばわかるよ」
「はい」
棟梁の返事を聞いて原田が歩き出した。
それを指差して職人たちがまだ笑っている。
「すげー!原田さんが子供抱いてる!」
「超ショック!そんな人じゃないと思ったのに!」
「まさかのパパだよ!」
大笑いしている中の一人が、呟いた。
「……でもなんか、慣れてる感じ」
そういえばそうか、とまた職人たちが歩いて行く原田に目をやる。
原田に抱かれている子供はまだ原田の首から両手を離していない。
あんなにやかましかった子供がじっと黙って原田にしがみついている。
無口な原田もいつものように無言で歩いている。
「悪くないなぁ」
「本当に原田さんの子供とか」
「パパに似てるとか」
笑うのをやめた職人たちがそう呟いた。
原田の長い身体にしがみつく小さな子供が不思議にちょうどいいアクセントになっていて、その様子は意外に絵になっていた。
原田は生活感や家庭の匂いを感じさせない男なのに、子供と二人でなぜかきれいに収まっているように見えた。
あの時の子供が、原田の足にしがみついて叫んでいる。
思い出したのだが、あの時の子供だと思い出したのだが、原田はまだ今この状況が信じられずにいる。
なぜあの子供が。なぜここに。どこから来たんだ。どこで俺を見た。どうして俺がここにいるとわかった。なぜ俺だとわかった。なぜ俺なんだ。
原田は子供にしがみつかれたまま思考も全身も硬直していた。
原田は恐怖に硬直しているのだが、大男の原田の脚にしがみついている子供がとても小さく、またパパパパと大変やかましいので、まるで大木に止まって鳴いているセミのようで、周囲の職人たちは大爆笑していた。
「パパって!原田さん子連れ勤務ですか!」
「まじか!子持ちだったんですか!」
「新卒ですよね?学生結婚ですか?」
「あれ?独身ですよね?」
「未婚の父ですか!珍しいっすね!」
「違うっ!」
やっと原田が叫んだ。
それを聞いて、また職人たちが爆笑した。
「いや、あの、本当に俺の子じゃ、」
原田が狼狽えて大笑いしている周囲に言い訳していると、棟梁が笑って言った。
「原田さんの子供だとは思ってないですよ。すぐ近くに、子供の施設があるんですわ。養護施設っていうの?そこの子供ですわ」
原田は子供を見下ろした。
子供も真っ直ぐ原田を見上げた。
あの時警官は、子供はそれなりの施設に行くことになると言っていた。
その、それなりの施設がここのすぐ近くにあるということか。
こんな偶然。
そんな偶然が、
しかしそんな偶然があったとしても俺はここに常駐しているわけじゃないのに、毎日通ってるわけでもないのに、今だって棟梁に確認取ったら帰るつもりだ、正味10分だ。
「パパ!」
子供が満面の笑みを浮かべて原田を見上げる。
俺、パパじゃないよ。
そんな一言さえ口から出ない。
なぜ俺なんだ。
そんな原田の様子を笑いながら、若い大工が近づいてきた。
「あそこの子供ねー、結構脱走してくるんだよね。こんな小さい子は珍しいけど」
そう笑いながら、子供に手を伸ばした。
「前も結構大きい子がここで遊んでて、注意してもらったんですけどね。危ないしね」
大工が両手で子供を抱き上げた。
「俺が返してきますよ」
原田の脚から子供が引き剥がされた。
その途端、子供が腹の底から絶叫して暴れ出した。
その声に驚いた大工が怯んで腕の力を緩めてしまい、暴れる身体が浮いた。
叫ぶ子供がそのまま地面に腕から落ちそうになった。
叫ぶ子供が、身体を捻って原田の方に顔を向けて腕を伸ばしたまま、大工の腕から落ちていく。
原田が腕を伸ばしてその小さい身体を支えた。
ただの反射だった。特に意味はなかった。
そして、原田の腕を得た子供は、掴んだその腕にしがみつき次に胸元を掴みそして首まで一気に這いあがった。
息を切らせたまま両手で原田の首に抱きつき、子供がやっと黙った。
原田はまだ腕を伸ばしたまま硬直している。
その原田の首に頭をつけて、子供がため息をついた。
職人たちが、再度爆笑した。
「すげー!スパイダーマンか!」
「泣き止んだよ!」
「何やったの?原田さん」
「実は本当に原田さんの子?」
「……違う、よ」
子供に両腕で抱きつかれたまま原田は首を振ったが、原田のその言葉が終わる前に子供も呟いた。
「パパ」
「パパーっ!」
職人たちが大合唱して大爆笑した。
腹を抱えて笑い転げている職人たちの中で、子供にしがみつかれた原田もため息をつく。
首に抱きつく子供の小さな手が、冷たい。
やっと子供に目を向けると、着古したような大きいトレーナーを着ている。
相変わらずぐちゃぐちゃの頭。
子供の身体がずるりと落ちそうになったので、支えやすいように抱きなおす。
その間子供は原田の首を離さない。
手は冷たいが、抱いている身体は温かい。
そういえば子供は体温が高いと前に気付いたんだった。
「俺が返してきます。どこ行ったらいいんです?大通りまで出ますか?」
原田が棟梁を振り返った。
「いや、その一本手前まで行かないところのちょっと広めの庭がある建物。行けばわかるよ」
「はい」
棟梁の返事を聞いて原田が歩き出した。
それを指差して職人たちがまだ笑っている。
「すげー!原田さんが子供抱いてる!」
「超ショック!そんな人じゃないと思ったのに!」
「まさかのパパだよ!」
大笑いしている中の一人が、呟いた。
「……でもなんか、慣れてる感じ」
そういえばそうか、とまた職人たちが歩いて行く原田に目をやる。
原田に抱かれている子供はまだ原田の首から両手を離していない。
あんなにやかましかった子供がじっと黙って原田にしがみついている。
無口な原田もいつものように無言で歩いている。
「悪くないなぁ」
「本当に原田さんの子供とか」
「パパに似てるとか」
笑うのをやめた職人たちがそう呟いた。
原田の長い身体にしがみつく小さな子供が不思議にちょうどいいアクセントになっていて、その様子は意外に絵になっていた。
原田は生活感や家庭の匂いを感じさせない男なのに、子供と二人でなぜかきれいに収まっているように見えた。
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