ARROGANT

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翌木曜日

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「健介。大丈夫だ。あんなこと誰も本気にしないから」
 座り込んでしまった健介の背中を、君島がしゃがんで軽く叩きながらそう言うが、テレビからは次々と新しく掴んだらしい情報が流れてくる。

『この被害児童が容疑者の一人である小林静香の子供だという証言は実は複数得られています』
『では狂言誘拐でしょうか?』
『いえ、さきほどの児童のこの証言もお聞きください』

 また拓海の首から下が映り、拓海の声が聞こえた。


『健介の父さんはさ、冷たいんだよ。だから健介もお母さんのところに行きたくなったんだと思うよ』


 君島の腕の中で、健介は深く俯いて涙をぼたぼた零しだした。
 その背中を撫でながら、君島は健介の名前だけを呼び続けた。

 掛ける言葉が思いつかなかったからだ。

 沈黙する二人の胸を抉るような言葉がさらに続く。


『これは一体どういうことでしょうか?』
『容疑者と被害児童の父親が夫婦だということでしょうか?』
『苗字が違いますから離婚したんでしょう』
『では、父方に引き取られた子供が、お母さんに誘拐された?』
『子供の方からお母さんのところに行ったようなことをさっきの子が言ってますよね?』
『その場合、誘拐って言うんですか?』
『警察発表は身代金目的でしたよね?』
『警察がこの事実を知らなかったってことがありますか?』
『警察が騙されたんですか?』


 健介を抱いたまま、君島はため息をつく。

 ひどい暴力だ。

 どんな過去や事情を持っていようとも世間に一切迷惑を掛けていない僕らに当たり前の日常生活を送らせない権利が、報道にあるの?
 せっかく帰ってきた健介をいい大人がよってたかって泣かせる権利があるの?

 怒りという言葉しか、頭には浮かばない。


 まだテレビ番組は続いている。

『さきほどの東さんが電話で出演されていたラジオ番組ですが、東さんが登場される少し前に重要な発言があったんですね。こちらをお聞きください』

 ラジオの籠った音声が流れだした。


『健介君!もう走らなくていいよ!』

 その女性の声に、泣いていた健介が君島の腕の中で顔を上げた。

『もう大丈夫だから!』

 咲良ちゃんの声。そうだ。お礼言わなきゃ。君島がいまごろ思いつく。

『私ね、秋ちゃんの友達なの!秋ちゃんに頼まれて、今話してるの!』


 ここで音声が止まった。


『はいここ!女性DJが、秋ちゃんに頼まれて、と言ってますね?秋ちゃんというのがこの父子とどういう関係かはまだわかっていませんが、DJはこの秋ちゃんを通じて詳しい事情を聞いているものと推測されます!』
『そのDJに話は聞けたんですか?』
『いえそれが、この放送以降所在不明になってまして』


 君島と健介は、愕然と画面を凝視していた。

 ここにきて、今度は君島がターゲットに。

 そして君島は、咲良までがマスコミに追われていることを知り、焦り出した。
 連絡取らなきゃ。携帯。
 君島が立ち上がろうとした。そこにさらに声が聞こえた。


『全部、茶番だったりして?被害者も加害者も警察もラジオもぜんぶグルみたいな?本気にした俺らがバカだったみたいな?』


 さっきの、長い金髪の男の笑い声。


『そうだとしたら許しがたいですね。まさに愉快犯ですね。ぜひともこの父親に釈明していただきたいものです。中継が繋がっています』


 健介が君島の胸にしがみつき、また泣き出した。
 君島は立ち上がるのをやめてその背中を抱いたが、健介が泣きすぎて咳き込みだした。
 おいおい、と背中を叩いたが止まりそうにないのでやはり立ち上がって飲み物を探しにキッチンに向かった。


 咳き込みながら、涙を落としながら、健介は悔しくて悲しい気持ちに向き合おうとしている。
 どうしたら涙が止まるんだろう。どうしたら悔しい気持ちが消えるんだろう。どうして悔しいんだろう。
 泣きながらそれを考えた。


 そこに、子供の声が響いた。



『嘘だって言っただろ!』


 健介はびくりと顔を上げて、その声を探した。きょろきょろと見回したが、音源は当然テレビだ。
 でも今見ているのは大人たちが一方的に自分たちを責める番組なのに、子供の声が聞こえるはずがないのに、と訝しんだまま咳をしながら画面を見た。

 その画面はいつの間にか、スタジオではなく原田邸中継映像に変っている。


 原田の家の前は雑木林で、落葉樹が風にがさがさと音と立て、色を変えた葉が地面にモザイク模様の絨毯を作っている。
 緑の少ない都市部の保護緑地地帯であり、住宅建築に制限があってそのため地価が高い。その地代をポンと払えるようなそれなりの資産を持つ施主がそれなりの家を建てるので、豪邸が並んでいる。
 緑豊かな山の手にゆったりと並ぶ豪邸の一つが、原田邸だ。


 またそこから撮ってるのか、と健介ががっかりする
 せっかくの落ち葉の絨毯を報道の車が踏み荒らしてその上にぎゅうぎゅうに駐車して、今は風情の欠片もない。
 いつまでこれが続くの。

 するとまた声が聞こえた。


『みんなで嘘ついたって、言ってるだろ!』


 この声は。
 健介は混乱した。
 なんで今ここでこの声が。


『それに、なんであんなところだけ放送すんだよ!俺いっぱいしゃべったのに、なんであそこだけなんだよ!』


 画面が揺れて、やっと声の主を映し出した。


 拓海だった。
 拓海が今、家の外に来て、カメラに向かって文句を言っている。


『健介が、テレビに映って羨ましいから、俺たちもテレビに映るようなこと言ったんだ!』


 まっすぐカメラを見ている拓海の目には、すぐに零れそうなほど涙が溜まっている。その顔は真っ赤で、その身体はがちがちに緊張して強張っている。


『健介の父さんは、冷たいって言ったけど、あれって、そういう意味じゃなくて、健介の父さんいっつもぶっきらぼうだから、』


 とうとう拓海の両目から涙がどっと零れた。


『健介だって、俺だって、子供なのにさ、あの父さんいっつもぶっきらぼうなんだ。大人にしゃべるみたいにぶっきらぼうなんだ。そんな大人、他にいないからそう言ったんだ!』


 真っ赤に硬直した顔のまま滂沱の涙を零して、拓海が叫んだ。
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