ARROGANT

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日曜日

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 多分見間違いだ。
 あの離れが開いているところすら、今まで一度も見たことがない。
 人がいることがすでにおかしい。

 それでも、朱鷺は走って洋館の玄関まで来た。
 そして今まで外れているのを見たことがない、あの時代錯誤の大きな南京錠がないことに気付いた。

 開いている。
 ドアを開けると、靴が脱いである。
 一つは一回り小さな子供用。

 見たことがある。
 健介が履いているのを見たことがある、赤い子供用スニーカー。

 朱鷺は革靴を脱ぎ捨てて、階段を駆け上がった。


 そしてさっきのベランダがあった位置の部屋のドアを開け、窓を見てベランダを見て、それから男が床に何かを押さえていることに気付いた。その男が振り向き、朱鷺に向かって叫んだ。

「勝手に入って……!あ!橘さんの……!」

 振り向いた男が亡くなった先代社長の娘婿で現社長だと朱鷺は気付いたが、喪主だからこの屋敷にいることにさほど不思議はなく驚きはしなかった。
 しかし男は突然現れた大口取引企業経営社長の美形御曹司に驚いた。

「いや、その、この子供は、あ、こいつ、耳聞こえないのか……!」
 そう慌てて呟いた男を、床に押し付けられていた健介が突き飛ばした。



「朱鷺ちゃん!」



 そして健介は立ち上がり両手を伸ばして、朱鷺に飛びついた。


「朱鷺ちゃん!きっとね、来てくれると思った!絶対来てくれると思った!あのね、耳なんかね、聞こえなくてもきっと僕の声は届くって思ってた!」

 健介は大声でそう叫んでいるものの、朱鷺に抱きついてその胸に顔をつけているから朱鷺にはさっぱりわからない。

「朱鷺ちゃんに謝ろうと思ってたの。だから朱鷺ちゃんに会いたかった」

 健介は泣きながら、全く朱鷺に届かない言葉をその胸に訴えている。


 健介に突き飛ばされて後ろで唖然としていた男が、やっと立ち上がった。
「……橘さんの、知り合い?……どういうことだ!」
 そう叫んで立ち去った。



 いつまで経っても健介が胸にしがみついたまま泣いている。
 よくわからないけど、健介にはきっと先にやるべきことがあるよね。
 朱鷺はポケットを探った。











 また、原田の携帯が鳴った。
 警官たちも一応注目する。
 しかしさっきほどの強い反応はなかった。
 原田より先に携帯の表示を見た警官も、無表情に俯いた。
 原田がそれを手に取り、ため息をついて、表示された相手の名前を口にした。


「朱鷺からの、電話……」


 原田はそう言ってから、はっと君島の顔を見た。
 君島も目を見開いた。


 朱鷺から電話が来るはずはない。
 朱鷺は携帯をメールとネット機能でしか使用しない。

 しゃべらない朱鷺が、電話をしてくるはずがない。

 原田は驚いたまま通話ボタンを押した。


「はい」
『父さん!』


「……健介!」


 警官たちが一斉に立ち上がった。


『父さん!あのね、朱鷺ちゃんがね、来てくれたの!』
「健介!今どこだ?」

 電話の音声がスピーカーに切り替わった。

『えっと、僕わかんない』
「朱鷺に訊け!」
『え~っと、待って。手話が難しい』
「遠くなのか?」
『遠かったよ。車でずっと来たよ。それでね、お葬式してる家』
「葬式?」
『あのね、大きな家でね、窓から朱鷺ちゃんが、あっ!』


 健介のその声の後、ガンと何かがぶつかる音が聞こえ、朱鷺ちゃん!と叫ぶ健介の小さな声が聞こえ、雑音が次第に小さくなり、全ての音が消えた。


「健介!」
 原田は何度も叫んだが、健介の応えはなかった。


 原田は通話を切らずに携帯を警官に渡し、家の電話の子機を掴んだ。
 君島を見ると、とっくに誰かに電話を掛けている。
 原田が訊いた。
「誰?」
「妙さん」
 君島が朱鷺の母親を電話で呼び出している。
 原田は朱鷺の兄に繋げた。

 先に繋がったのは、原田の方だった。


『おお、原田?健介見つかった?』
「社長、朱鷺は?」
『は?』
「朱鷺は今日どこに行ってるんです?」
『朱鷺?なんで?朱鷺、昨日からお袋とどっかに出掛けてるよ』
「どこですか?」
『葬式。白沢だったかな?』
「葬式って、誰の葬式ですか?」
『誰って。お前知らないだろ?鷹村産業の創業社長』
「白沢市鷹村産業の創業社長の葬式」


 原田の言葉に警官たちがそれぞれに動き出した。
 電話を掛ける者、ノートに打ち込む者、部屋を出る者、指示する者。


「葬儀場に行ってるんですね?」
『いや、日が悪いとかで葬式延びてるんだよ。てか、なんでそんなこと訊くんだ?』
「延びてる?葬儀場じゃないんですか?」

「自宅でしょう。通夜は明日白沢市内葬儀会館で行われる予定です。健介君は、恐らく白沢市の鷹村邸です」
 ノートを見ていた警官が言った。
「白沢に向かいます!」
 廊下から顔を出した警官が叫んだ。

「俺も行く!」
「僕も行く!」

 原田と君島が同時に叫んだ。

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