ARROGANT

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土曜日

11

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「ごめんなさいって、なんだよ?健介」
 君島が健介の両腕を握って訊く。
「ん。あの、僕、お母さんのところに行くから」
「僕の話、聞いてたのか?」
「うん。聞いた。聞いたよ。僕は、」
 健介は頷きながら続けた。


「僕は、父さんの子供じゃなくて、苦労掛けた」


 そう口にすると、指先から熱が無くなっていくような感じがした。
 そう感じている自分も、自分じゃないような気がしている。
 それでも、決めた。自分で決めた。
 健介は目を閉じて、もういちど考える。


 僕はお母さんと暮らすことにした。
 元々そう決めていた。
 父さんも認めてくれた。
 だからそれが一番いい。

 だって僕を捨てたお母さんが反省して僕を探しに来て、


 ……違う。
 お母さんは父さんが勝手に僕を連れて家を出たって言ってた。

 嘘?

 だって、お母さんは火事で死んだって、みんなが嘘を言っていた。

 どれが嘘?

 だって、僕の名前だって、嘘なんだよ。

 嘘ばかり

 僕のまわりは、僕自身も、嘘ばかり

 僕は、誰なの?



 俯いていた健介の呼吸が激しくなり、君島は顔を上げさせて胸と背中を押さえた。

「健介」

 その名前は違う。
 僕じゃないんだよね。

「ごめんね。全然わかんないよね」

 わかるよ、秋ちゃん。
 なんか今、すごくわかっちゃったよ。

「なにもかも全部、浩一が悪いんだ」

 違うよ、秋ちゃん。
 なにもかも僕が、

 僕がいることが、悪かったんだよ。



「ごめんなさい」


 血の気を失った蒼白の顔で、健介が呟いた。

「ごめんなさい。お世話になりました」

「健介!」

 君島が健介の頬を両手で挟む。

「あのね!聞いてたの?お前はあのお母さんに捨てられたんだぞ!それからもう8年経ってる!ずっと僕らがお前を育ててきたんだ!」
「だから、ごめんなさい」
「謝るな!健介が悪いんじゃないんだから!」
「僕が、悪い」
「健介!」

「それは、僕の名前じゃない、んだよね?」

 健介は笑っていた。



 誰も僕がいらない。
 みんないらない。
 お母さんは僕を捨てた。
 父さんだって朱鷺ちゃんとマックスの方が大事だ。


「僕は、嘘だから、邪魔だから、いらないから、」
「そんなこと言うな!」
「本当だよ!だって!」



 ずっと頭から離れなかったことを、健介は口にした。



「だって、父さんだって、たばこで、たばこの火で、僕にヤケドさせた!」



 ドアの向こうで、ゴンっと何かが床に落ちた音がした。
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