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月曜日
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「浩一はね、あれで健介を宇宙で一番大事にしてるよ」
「嘘だ。父さんは僕よりマックスと朱鷺ちゃんの方が好きだよ」
涙を拭きながら健介が呟く。
「そんなことないよ。浩一の愛情表現は分かり辛いんだよね」
「秋ちゃんはわかるの?」
「残念ながら浩一は僕に愛情向けてくれないから全然わかんないね」
「じゃダメじゃん」
ふふん、と君島がまた美しく笑った。
「……僕の、お母さんってどんな人だったの?」
健介が小さく訊いた。
君島が大きな茶色の目を健介に向けた。
「健介によく似てたよ」
「いつもそう言うけど写真もないんだもん、僕わかんないよ」
「火事で全部焼けちゃったからね」
「お母さんと一緒に」
「そう」
「僕は、」
「ん?」
健介が幼い頃、火事で父と健介以外の全てが焼けて無くなった。父と健介しか残らなかった。
母を失った健介があまりに幼くて、若い父一人では育児が難しく、そのため看護師の君島が同居して手助けした。
物心がついた時には既に父と君島との三人暮らしでそのまま現在に至る。
そのため健介には母の記憶が何もない。
「僕は、全然父さんに似てない」
「うん。お母さん似だよ」
「父さんは、」
健介が一度言葉を切った。
健介の髪は茶色でくるくるの癖毛で瞳も茶色で丸い大きな目だが、父は真っ直ぐな髪も切れ長の目も漆黒で、全く似ていない。
父に全く似ていない自分が丸っきりお母さん似だとしたら、父は。
「父さんは、お母さんが嫌いだったんじゃないかな?」
「なんだそれ?」
君島が笑った。
「お母さんのこと、何も教えてくれないし、写真だってきっとすごく少なかったんだよ。嫌いだったから。それで、」
「それで、お母さんに似てる僕のことも、嫌いなんだよ」
また健介の目から涙が零れた。
「泣くなよ!バカだなぁ、そんなこと考えてたの?」
君島が笑いながら、健介を後ろから抱きかかえる。
「浩一は、健介のお母さんが大好きだったよ。だからまだ、話せないんだ。まだ話せるほど気持ちに整理がついてない。大好きだったんだよ。お前にそっくりなお母さんが」
「ほんと?」
「本当」
「お母さんは美人だった?」
「健介によく似て美人だったよ」
「……」
健介が顔を顰めてまた訊いた。
「秋ちゃんより?」
その質問が終わる前に、結局腕ひしぎ逆十字を決められ、絶叫した。
「さて。ぼちぼち下に行ってご飯食べて浩一と仲直りしてきなよ。僕明日からいないからね。今日のうちにゴタゴタは解消させてよ」
ため息をついてからそう言う君島に、涙を拭いて健介が訊いた。
「明日から?どこかに行くの?」
「ハワイ」
「またハワイ?またヒトヅマとフリン旅行?」
「そういう人聞きの悪いことを言わない!それに今回はヒトヅマじゃないよ」
「どうせカレシのいるカノジョでしょ」
「そういうことも言わない!それに今回はカレシじゃなくて婚約者のいるカノジョだよ」
「……それって、もっと悪いよね?」
「どうかな?独身最後の思い出が欲しいんだってよ。僕はそれに協力するだけ」
「協力って何?」
「健介が二十歳になったら教えてあげるよ」
君島が笑ってベッドを降りた。
「また、すっごいお土産買ってきてあげるよ」
「またエッチなおもちゃなんでしょ。父さんに取り上げられるよ」
君島は健介に毎回下品なお土産を買ってきては、父に速攻で奪い取られて廃棄処分されている。
「本当に懲りないよね、浩一。ぼちぼち諦めればいいのに」
懲りないのはどっちだと健介は思う。
「浩一にはまたアロガン買ってくることにしよう」
「アラガン?」
「アロガン」
「アロガン?」
「香水。知らない?浩一いっぱい持ってるよ。みんな海外旅行のお土産に買ってくるんだよね。やっぱそう見えるってことなんだろうね」
「なにそれ?」
「なんかね。偉そうとか威張りん坊とか我がままとかそんな意味」
「アラガン?」
「アロガン」
「威張りん坊って香水?」
「そうそう。変な名前だよね。でもさー、勿体ないことにあんな高い香水を芳香剤に使ってるんだよね、浩一。そんな匂いするでしょ?浩一の部屋。なんか感じの悪いムスクの強いいかにも偉そうな男臭いみたいな」
「……タバコの匂いと父さんの匂いだよ」
「タバコと威張りん坊の匂い」
「アラガン?」
「アロガン」
アラガン?アロガン?
健介はその四文字と威張りん坊という意味を、なんとなくうろ覚えながらも一応記憶した。
「嘘だ。父さんは僕よりマックスと朱鷺ちゃんの方が好きだよ」
涙を拭きながら健介が呟く。
「そんなことないよ。浩一の愛情表現は分かり辛いんだよね」
「秋ちゃんはわかるの?」
「残念ながら浩一は僕に愛情向けてくれないから全然わかんないね」
「じゃダメじゃん」
ふふん、と君島がまた美しく笑った。
「……僕の、お母さんってどんな人だったの?」
健介が小さく訊いた。
君島が大きな茶色の目を健介に向けた。
「健介によく似てたよ」
「いつもそう言うけど写真もないんだもん、僕わかんないよ」
「火事で全部焼けちゃったからね」
「お母さんと一緒に」
「そう」
「僕は、」
「ん?」
健介が幼い頃、火事で父と健介以外の全てが焼けて無くなった。父と健介しか残らなかった。
母を失った健介があまりに幼くて、若い父一人では育児が難しく、そのため看護師の君島が同居して手助けした。
物心がついた時には既に父と君島との三人暮らしでそのまま現在に至る。
そのため健介には母の記憶が何もない。
「僕は、全然父さんに似てない」
「うん。お母さん似だよ」
「父さんは、」
健介が一度言葉を切った。
健介の髪は茶色でくるくるの癖毛で瞳も茶色で丸い大きな目だが、父は真っ直ぐな髪も切れ長の目も漆黒で、全く似ていない。
父に全く似ていない自分が丸っきりお母さん似だとしたら、父は。
「父さんは、お母さんが嫌いだったんじゃないかな?」
「なんだそれ?」
君島が笑った。
「お母さんのこと、何も教えてくれないし、写真だってきっとすごく少なかったんだよ。嫌いだったから。それで、」
「それで、お母さんに似てる僕のことも、嫌いなんだよ」
また健介の目から涙が零れた。
「泣くなよ!バカだなぁ、そんなこと考えてたの?」
君島が笑いながら、健介を後ろから抱きかかえる。
「浩一は、健介のお母さんが大好きだったよ。だからまだ、話せないんだ。まだ話せるほど気持ちに整理がついてない。大好きだったんだよ。お前にそっくりなお母さんが」
「ほんと?」
「本当」
「お母さんは美人だった?」
「健介によく似て美人だったよ」
「……」
健介が顔を顰めてまた訊いた。
「秋ちゃんより?」
その質問が終わる前に、結局腕ひしぎ逆十字を決められ、絶叫した。
「さて。ぼちぼち下に行ってご飯食べて浩一と仲直りしてきなよ。僕明日からいないからね。今日のうちにゴタゴタは解消させてよ」
ため息をついてからそう言う君島に、涙を拭いて健介が訊いた。
「明日から?どこかに行くの?」
「ハワイ」
「またハワイ?またヒトヅマとフリン旅行?」
「そういう人聞きの悪いことを言わない!それに今回はヒトヅマじゃないよ」
「どうせカレシのいるカノジョでしょ」
「そういうことも言わない!それに今回はカレシじゃなくて婚約者のいるカノジョだよ」
「……それって、もっと悪いよね?」
「どうかな?独身最後の思い出が欲しいんだってよ。僕はそれに協力するだけ」
「協力って何?」
「健介が二十歳になったら教えてあげるよ」
君島が笑ってベッドを降りた。
「また、すっごいお土産買ってきてあげるよ」
「またエッチなおもちゃなんでしょ。父さんに取り上げられるよ」
君島は健介に毎回下品なお土産を買ってきては、父に速攻で奪い取られて廃棄処分されている。
「本当に懲りないよね、浩一。ぼちぼち諦めればいいのに」
懲りないのはどっちだと健介は思う。
「浩一にはまたアロガン買ってくることにしよう」
「アラガン?」
「アロガン」
「アロガン?」
「香水。知らない?浩一いっぱい持ってるよ。みんな海外旅行のお土産に買ってくるんだよね。やっぱそう見えるってことなんだろうね」
「なにそれ?」
「なんかね。偉そうとか威張りん坊とか我がままとかそんな意味」
「アラガン?」
「アロガン」
「威張りん坊って香水?」
「そうそう。変な名前だよね。でもさー、勿体ないことにあんな高い香水を芳香剤に使ってるんだよね、浩一。そんな匂いするでしょ?浩一の部屋。なんか感じの悪いムスクの強いいかにも偉そうな男臭いみたいな」
「……タバコの匂いと父さんの匂いだよ」
「タバコと威張りん坊の匂い」
「アラガン?」
「アロガン」
アラガン?アロガン?
健介はその四文字と威張りん坊という意味を、なんとなくうろ覚えながらも一応記憶した。
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