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窓際で揃った大人三人と一人の子供の姿は、とても美しく幸せそうに見えた。
大人三人が、それぞれがとにかく美しい。
長身の建築士は黒髪とメガネがいかにも知的に見える母好みのイケメンで、
小柄な看護師は茶色の柔らかそうな髪の毛と大きな茶色の瞳の、男性だとしても可愛らしい顔で明るいキャラクターのようだし、
建築士よりは少し小さいが長身の役員は穏やかな妖精のようなビジュアルである。
なにより三人とも、クセ毛の健介の頭をかき回しながら、それぞれのやり方で溢れんばかりに慈しんでいる。
この子を昨日まで、可哀想だと思っていた。
母親がいなくて、懐いてない同居人がいて、聾唖の介護をさせられて、
事実は変わっていないのに、今日何が変わったのだろう。
ううん、違う。
事実は全然違っていた。
父親に大切に育てられていて、喧嘩相手の同居人がいて、何もかも受け入れてくれる相手まで持っている。
健介くんは少しも可哀想なんかじゃない。こんなに愛情を貰える子なんて、そんなにいない。
「先生!」
健介が小走りで奈々子の元に来た。
なぁに?と奈々子がしゃがんだ。
「ここの家、どう?ダメなところ、ある?」
内緒話のように耳元で囁く。
「ううん。ないよ。なんにもない。みんなすごく喜んでるしね。お父さんのおかげね」
奈々子も微笑んで父親を褒めたが、健介が上目遣いで少し首を傾げてまた耳元で囁いた。
「あのね、本当は父さん何にも作ってないの。内緒だよ。本当は作ったの大工さんなの」
ああもう、どうしよう。
どうしようかな。
吹き出したいのを我慢して、奈々子の顔が歪んだ。
その顔を見詰めて、健介が真剣な顔で続けた。
「でもね、監督だから偉いの。本当は作ってないんだけど、父さんも頑張ったの」
あまりに可愛らしくて奈々子は健介の頭を抱いて結局笑った。
「知ってるよ。大工さんもすごいし監督も偉いのよ。みんないないとこの家は建たなかったんだもん!」
健介のクルクルのくせ毛に向かってそう言うと、健介が満足気に頷いた。
でもそういえば、とふと思い出して訊いてみる。
「……この前の朝はトラックで保育園に来たじゃない?お父さんも現場の仕事するんじゃないの?」
健介が慌てて指を唇に当てて、小声で教えてくれた。
「内緒なの!父さん、すぐ現場に行きたがるからいつも社長に叱られてるの!この前も内緒で現場に行ったから、内緒にしてね!」
そんなバカな……。
面白すぎて奈々子は爆笑した。
そして礼儀正しく四人が玄関を出て行った。
外まで見送りに出たのは奈々子と兄と両親の四人。
太陽がぐずったために義姉が出られず、玄関までの見送りとなった。
去り際に看護師がまた義姉に、安易に病院に連れてこないようにと忠告していた。
外の駐車場に停められた車はネイビーブルーのSUV。
それに向かって歩く四人の様子に見惚れた。
美しいな、と思った。
健介への愛情でまとまってる形がきっと美しいのだろう。
うちの家族はどうなんだと思った。
遅い?そんなはずない。
じゃあ、失礼します、と建築士が運転席に収まり、助手席の看護師、後ろの健介と役員が手を振った。
奈々子も手を振りながら考えた。
あんなふうに、愛情があれば楽しく幸せに暮らせるのだろう。
血の繋がりがなくてもあんなふうにまとまれるのなら、うちの家族だって同じように、あれ以上に、幸せにまとまれるはずだ。
きっと太陽も健介君のように幸せに暮らせる。
いつか私もあんな家族を持つんだ。
車が見えなくなって奈々子は笑ったまま、踵を返して玄関に向かった。
太陽と遊ぼう。
奈々子は笑ったままその名前を呼んだ。
終わり
大人三人が、それぞれがとにかく美しい。
長身の建築士は黒髪とメガネがいかにも知的に見える母好みのイケメンで、
小柄な看護師は茶色の柔らかそうな髪の毛と大きな茶色の瞳の、男性だとしても可愛らしい顔で明るいキャラクターのようだし、
建築士よりは少し小さいが長身の役員は穏やかな妖精のようなビジュアルである。
なにより三人とも、クセ毛の健介の頭をかき回しながら、それぞれのやり方で溢れんばかりに慈しんでいる。
この子を昨日まで、可哀想だと思っていた。
母親がいなくて、懐いてない同居人がいて、聾唖の介護をさせられて、
事実は変わっていないのに、今日何が変わったのだろう。
ううん、違う。
事実は全然違っていた。
父親に大切に育てられていて、喧嘩相手の同居人がいて、何もかも受け入れてくれる相手まで持っている。
健介くんは少しも可哀想なんかじゃない。こんなに愛情を貰える子なんて、そんなにいない。
「先生!」
健介が小走りで奈々子の元に来た。
なぁに?と奈々子がしゃがんだ。
「ここの家、どう?ダメなところ、ある?」
内緒話のように耳元で囁く。
「ううん。ないよ。なんにもない。みんなすごく喜んでるしね。お父さんのおかげね」
奈々子も微笑んで父親を褒めたが、健介が上目遣いで少し首を傾げてまた耳元で囁いた。
「あのね、本当は父さん何にも作ってないの。内緒だよ。本当は作ったの大工さんなの」
ああもう、どうしよう。
どうしようかな。
吹き出したいのを我慢して、奈々子の顔が歪んだ。
その顔を見詰めて、健介が真剣な顔で続けた。
「でもね、監督だから偉いの。本当は作ってないんだけど、父さんも頑張ったの」
あまりに可愛らしくて奈々子は健介の頭を抱いて結局笑った。
「知ってるよ。大工さんもすごいし監督も偉いのよ。みんないないとこの家は建たなかったんだもん!」
健介のクルクルのくせ毛に向かってそう言うと、健介が満足気に頷いた。
でもそういえば、とふと思い出して訊いてみる。
「……この前の朝はトラックで保育園に来たじゃない?お父さんも現場の仕事するんじゃないの?」
健介が慌てて指を唇に当てて、小声で教えてくれた。
「内緒なの!父さん、すぐ現場に行きたがるからいつも社長に叱られてるの!この前も内緒で現場に行ったから、内緒にしてね!」
そんなバカな……。
面白すぎて奈々子は爆笑した。
そして礼儀正しく四人が玄関を出て行った。
外まで見送りに出たのは奈々子と兄と両親の四人。
太陽がぐずったために義姉が出られず、玄関までの見送りとなった。
去り際に看護師がまた義姉に、安易に病院に連れてこないようにと忠告していた。
外の駐車場に停められた車はネイビーブルーのSUV。
それに向かって歩く四人の様子に見惚れた。
美しいな、と思った。
健介への愛情でまとまってる形がきっと美しいのだろう。
うちの家族はどうなんだと思った。
遅い?そんなはずない。
じゃあ、失礼します、と建築士が運転席に収まり、助手席の看護師、後ろの健介と役員が手を振った。
奈々子も手を振りながら考えた。
あんなふうに、愛情があれば楽しく幸せに暮らせるのだろう。
血の繋がりがなくてもあんなふうにまとまれるのなら、うちの家族だって同じように、あれ以上に、幸せにまとまれるはずだ。
きっと太陽も健介君のように幸せに暮らせる。
いつか私もあんな家族を持つんだ。
車が見えなくなって奈々子は笑ったまま、踵を返して玄関に向かった。
太陽と遊ぼう。
奈々子は笑ったままその名前を呼んだ。
終わり
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