SECOND CRASH

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3・文乃

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 その後は一度も元彼の姿を見ることはなかったし、電話もなかった。夏休み明ける前には大学をやめて実家に帰ったと人づてに聞いた。それを聞いて、心の底から安堵した。何ヶ月にも及んだストーカー行為がやっと終わったのだ。そしてやっと彼に向き合える。

 その日バイトを終えて迎えに来てくれた彼にそのことを告げた。
 この日が来たら言おうとずっと決めていたことを、私が口を開く前に彼が早口で言ってしまった。

「じゃあ、今日はこのまま俺の部屋に来て」
「……」
「嫌?」
「……私が、言おうと思ってたのに」
「え?」
「このままあなたの部屋に、」
「うんいいよ。すぐ帰るっちゃ」
 そんな言葉を返され、笑ってしまった。



 そして初めて泊まった彼のワンルーム。
 玄関に入ってすぐに抱きしめられた。
 やっとだ、と囁かれ、唇を重ねる。

 シャツの裾から彼の指が滑り込んできてびくりと震えた。
 そのまま素肌を撫でられてそこから全身粟立つようで力が入らず、堪えるために彼の服を握ると、囁かれた。
「怖い?」
 なんとか笑みを作って、首を振る。

 怖くなんかない。
 だって、初めてじゃないんだから。

 そう思った瞬間、悲しくなった。

 それは彼も始めから知っていることで、そのことに後悔なんかはしてないけど、それでも彼の前で綺麗な身体じゃないことが申し訳ない気がした。
 だから訊いた。

「あなたは、初めて?」

 彼は少し息を止めて、その後小さく首を振った。

 その動作も、ショックだった。

 彼も別の女の人を知っている。

 それでも、
 私と同じだと分かってほっとした。お互い初めてじゃない。一緒なのだと。

「よかった」
 そう笑った。
 前に誰かいたことを喜ぶなんて情けないけど、半分は本心だった。


 そんなふうに擦れた女みたいなこと言ったのに、その直後から全然ダメだった。
 彼の指に触れられる度に身体が震えて、彼の視線に射られる度にそこが熱を帯び、抑えているのに声が漏れる。
 こんなことは初めてだった。
 初めてじゃないなんて言ったのに。
 なにより、初めての時よりも痛かった。

 そして彼も初めてじゃないはずなのに、あっという間に終わった。

 短かったけど、とてもとても幸せだった。こんな気持ちも初めてだった。


 もしかしたら、これを初体験に塗り替えてもいいのかも。
 これを初体験としてもいいのかも。


 きっと彼もそう思ったはず。




 それから毎日一緒にいた。自分の部屋で寝ることはなくなった。
 毎日彼の部屋に戻り、私の物もどんどん持ち込み、じきに彼が私の棚と私の箱を作ってくれて、彼の部屋に私のスペースが出来た。
 喧嘩は全然しなかった。そんな時間は勿体ないし、そもそも喧嘩になんかならない。
 嫌なところとか気に入らないところが一つもないし、彼も私に対して文句を言うとしたらベッドの上でだけ。良すぎて保たないといつもため息をつかれる。
 ごめんなさいと謝ると笑われる。

 朝軽く朝食を食べて、私の方が先に部屋を出る。毎朝一応自分の部屋に寄って連絡事項がないか確認してから大学に向かう。夕方バイトがある時は書店に行き、無い時は彼の部屋に戻り、掃除や料理をして彼の帰りを待つ。
 休日も特別何かするわけでもなく、二人で気の向いた場所に出掛けたり気になる映画を見に行ったり気に入らない動物を見に行ったりした。
 二人でいるだけで、彼と一緒にいるだけで、それだけで毎日楽しい。




 そんな日々が続いている。

 そんな日々が始まってからたった一月。

 それなのに、彼に女の影が見え隠れし始めた。




 夕方見たスマホのポップアップ。

『週末の旅行、ホテルはダブルベッドの二泊でいい?(はぁと)(KISS)』

 週末。
 今度の週末の予定なんて何も聞いていない。


 ここ二三日、彼は何か考え事でもしているようにぼんやりしていることが多くなった。
 私が話し掛けても愛想笑いで、きちんと受け答えしてくれない。

 何か心配事があるなら言って欲しいと思っていたが、ここにきて女の影なんて。

 それでもまだ何もはっきりしていないのだから、私は彼を信じよう。
 そう思って今日も彼の部屋にいる。夜は彼に抱かれる。この一月ずっと続けてきたことで、この先もずっと続くはず。

 今週末だって同じはず。


 そう思い込もうとしていたのに。









 夜中。というよりも朝方。チャイムが鳴った。
 何度も何度も鳴った。
 こんな時間に、と彼が手早く服を着けて玄関に向かった。
 ガチャリと鍵の開く音が聞こえ、ドアガードに遮られてガンガン打ち付ける音が聞こえ、その後ドアを一度閉めてドアガードを外して、改めてドアが開いた。

 その一連の音が聞こえていた。

 彼がドアを開ける前に、来客が鍵を開けていた。
 つまり、来客は合鍵を持っていた。

 布団の中で小さく丸くなったまま、私はその事実をどう捉えたらいいのか一生懸命考えていた。
 きっと何かの間違いのはず。きっと何でもないことのはず。ただの親しいお友達とか実家のご家族とか。

 付き合って一月だけど、それまでだってずっと話し合ってきて、彼の誠実さとか純朴さとかを私は疑ってもいない。
 ちらつく女の影なんて、絶対私の勘違いなんだ。


 そう思い込もうとしていたのに。






 玄関から女の声が響いた。








「お邪魔しまーすっ!泥棒猫が寝てるのかしらぁー?」








 私は布団の中で両腕で自分の身体をきつく抱いていた。
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