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妊娠

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それからしばらく、姫様に呼ばれることはなかった。
そして私は…妊娠した。

まだ膨らんでもいない腹に触れて途方に暮れる。

あの時リチャード様は、私を孕ませたいと言ってくれた。けれど実際に妊娠したとなったらやはり困るのでは。
いや、リチャード様はそんないい加減なことを言う方では…

思考が同じところをグルグル回る。

どうしよう…

孕ませたいと言われた日のことを思い出すたびに、幸せな気持ちになる。けれど婚外子という負債をリチャード様に背負わせるくらいなら、このまま黙って姿を消した方がいいのではとも思ってしまう。

悩んで悩んで。
結局私は、孕めと言ってくれたリチャード様に甘えることにした。
私を姫様の手から助け出す為だとしても、妊娠させるつもりで抱いてくれたのだ。妊娠しろと、言ってくれたのだ。

喜んで…はもらえないかもしれないけれど、私の妊娠を受け入れてくれる…筈。
何も言わずに消えたら、多分怒ってくれる……筈……。

意を決して、リチャード様の部屋を訪ねた。


「リチャード…様………私………妊娠…しま…した…」

私の報告に、リチャード様は軽く目を瞠ると静かに頷いた。そして落ち着いた声で、意味のわからないことを言った。

「君には家を与える」

「え…?」

「子どもを育てるには、家が必要だろう」

ごく当然のことのように。
まるであらかじめ決めていたかのように。

予想外の反応に、理解が追いつかない。

「あ…の…?」

「心配するな。君一人囲う程度の稼ぎはある」

「いえ…」

それはそうだろうけれど、そういう問題ではなくて…
頷けないでいると、リチャード様の表情に苛立ちが混じった。

「君は私のすることをすべて受け入れるのだろう?」

「っ…」

確かにそう、言ったけれど…

「どうなんだ?ミリア」

「そう…ですが…っ…」

そんなあからさまに女を囲っては、リチャード様の名誉が…


以前、リチャード様は気にするなと言ってくれたけれど、やはり気になってしまう。
だって、関わる時間が増えるほどに気づいてしまうのだ。リチャード様が、どれだけ騎士として正しくあろうとしているのか。
そのリチャード様のこれまでの努力を、この手で不意にしてしまうのが恐ろしい。

「私は嘘は好かないと言っただろう」

リチャード様の目に怒りが浮かんだ。

「ですがっ…リチャード様がっ…」

必死に訴えると、リチャード様がピクリと眉を上げた。

「私の為だというなら、言う通りにできるな?」

「っ…」

…そうしたい。
リチャード様に囲われたい。
側にいたい。

けれど……私の存在は、リチャード様の為にならない…

俯くと、距離を詰められた。

「………嫌なのか?」

怒りの混じった声に、思いきり首を横に振る。
嫌な訳がない。
そうしたい。
そうされたい。
けれど…

大きなため息とともに、緩く抱きしめられた。

「私には君が必要だ」

「っ…!?」

思いがけない言葉に顔を上げると、真っ直ぐな瞳で見下ろされていた。
私の大好きな、強い力を宿した瞳。

「君に側にいて欲しい」

「っ…ぁ…」

続けられた言葉に目眩を覚えた。

これ…は…幻聴?
こうなって欲しいと願い過ぎたから…リチャード様を望み過ぎて…とうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか……

「私がそう望んでいるんだ。私が君を望んでいる。わかるな?」

リチャード様は、そこでいったん口を閉ざした。そして私の頬を両手でそっと包んだ。

「私は君が好きだ」

「っ…!?」

初めての言葉。
姫様に強制された夜を除けば、初めての。
剣を捧げる相手だと聞いてしまってからは、そうなのではと思いつつも期待するなと打ち消してきた。たとえそうだとしても、リチャード様との未来などないのだからと。
けれどずっと望んでいた言葉。それを与えられた。
大きく見開いた目から、涙がこぼれ落ちる。

「君も私が好きだろう。違うか?」

慌てて首を横に振る。

「違いっ…ませんっ…」

もう私は、手の施しようがないくらいにリチャード様が好きだ。
リチャード様が微かに微笑んだ。

「なら私の側から離れるな。私はこの先、生きていく為に君が必要だ」

真剣な声。

「もう、君無しで生きていくなど耐えられない」

リチャード様の声。

「君が必要だ」

「…嘘…」

「君が欲しい。君の人生が」

信じられない。
鼓動が早すぎて心臓が痛いくらい。
幸せすぎて、目眩がする。

私は今、本当に正気なのだろうか?
疾うに狂って幻覚でも見ていると言われた方が、よほど信じられる。

「私…で…よろしい…のですか…?」

「君がいい。他の誰も、君の代わりにはなれない」

「っ…」

こんなことが現実にあっていいのだろうか。

「だから側にいてくれ。ミリア」

本当に、いいのだろうか…頷いてしまって…

リチャード様を見つめる。

「君は私のものなのだろう?」

「は…い…」

それは変えようのない事実。
私は爪の先までもう全て、リチャード様のもの。

「なら君の人生は私のものだ。君がどこで生きるかは、私が決める」

「はい……」

泣きながら頷く。
リチャード様が、そう言ってくれるのなら。リチャード様が私を望んでくれるのなら。
いらないと言われるその日まで、どんな目に遭ってでも側にいたい。離れたくない。

「リチャード様が…望む限り…」

リチャード様は静かに笑った。

「なら、一生私の側にいるといい」

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