48 / 61
妊娠
しおりを挟む
それからしばらく、姫様に呼ばれることはなかった。
そして私は…妊娠した。
まだ膨らんでもいない腹に触れて途方に暮れる。
あの時リチャード様は、私を孕ませたいと言ってくれた。けれど実際に妊娠したとなったらやはり困るのでは。
いや、リチャード様はそんないい加減なことを言う方では…
思考が同じところをグルグル回る。
どうしよう…
孕ませたいと言われた日のことを思い出すたびに、幸せな気持ちになる。けれど婚外子という負債をリチャード様に背負わせるくらいなら、このまま黙って姿を消した方がいいのではとも思ってしまう。
悩んで悩んで。
結局私は、孕めと言ってくれたリチャード様に甘えることにした。
私を姫様の手から助け出す為だとしても、妊娠させるつもりで抱いてくれたのだ。妊娠しろと、言ってくれたのだ。
喜んで…はもらえないかもしれないけれど、私の妊娠を受け入れてくれる…筈。
何も言わずに消えたら、多分怒ってくれる……筈……。
意を決して、リチャード様の部屋を訪ねた。
「リチャード…様………私………妊娠…しま…した…」
私の報告に、リチャード様は軽く目を瞠ると静かに頷いた。そして落ち着いた声で、意味のわからないことを言った。
「君には家を与える」
「え…?」
「子どもを育てるには、家が必要だろう」
ごく当然のことのように。
まるであらかじめ決めていたかのように。
予想外の反応に、理解が追いつかない。
「あ…の…?」
「心配するな。君一人囲う程度の稼ぎはある」
「いえ…」
それはそうだろうけれど、そういう問題ではなくて…
頷けないでいると、リチャード様の表情に苛立ちが混じった。
「君は私のすることをすべて受け入れるのだろう?」
「っ…」
確かにそう、言ったけれど…
「どうなんだ?ミリア」
「そう…ですが…っ…」
そんなあからさまに女を囲っては、リチャード様の名誉が…
以前、リチャード様は気にするなと言ってくれたけれど、やはり気になってしまう。
だって、関わる時間が増えるほどに気づいてしまうのだ。リチャード様が、どれだけ騎士として正しくあろうとしているのか。
そのリチャード様のこれまでの努力を、この手で不意にしてしまうのが恐ろしい。
「私は嘘は好かないと言っただろう」
リチャード様の目に怒りが浮かんだ。
「ですがっ…リチャード様がっ…」
必死に訴えると、リチャード様がピクリと眉を上げた。
「私の為だというなら、言う通りにできるな?」
「っ…」
…そうしたい。
リチャード様に囲われたい。
側にいたい。
けれど……私の存在は、リチャード様の為にならない…
俯くと、距離を詰められた。
「………嫌なのか?」
怒りの混じった声に、思いきり首を横に振る。
嫌な訳がない。
そうしたい。
そうされたい。
けれど…
大きなため息とともに、緩く抱きしめられた。
「私には君が必要だ」
「っ…!?」
思いがけない言葉に顔を上げると、真っ直ぐな瞳で見下ろされていた。
私の大好きな、強い力を宿した瞳。
「君に側にいて欲しい」
「っ…ぁ…」
続けられた言葉に目眩を覚えた。
これ…は…幻聴?
こうなって欲しいと願い過ぎたから…リチャード様を望み過ぎて…とうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか……
「私がそう望んでいるんだ。私が君を望んでいる。わかるな?」
リチャード様は、そこでいったん口を閉ざした。そして私の頬を両手でそっと包んだ。
「私は君が好きだ」
「っ…!?」
初めての言葉。
姫様に強制された夜を除けば、初めての。
剣を捧げる相手だと聞いてしまってからは、そうなのではと思いつつも期待するなと打ち消してきた。たとえそうだとしても、リチャード様との未来などないのだからと。
けれどずっと望んでいた言葉。それを与えられた。
大きく見開いた目から、涙がこぼれ落ちる。
「君も私が好きだろう。違うか?」
慌てて首を横に振る。
「違いっ…ませんっ…」
もう私は、手の施しようがないくらいにリチャード様が好きだ。
リチャード様が微かに微笑んだ。
「なら私の側から離れるな。私はこの先、生きていく為に君が必要だ」
真剣な声。
「もう、君無しで生きていくなど耐えられない」
リチャード様の声。
「君が必要だ」
「…嘘…」
「君が欲しい。君の人生が」
信じられない。
鼓動が早すぎて心臓が痛いくらい。
幸せすぎて、目眩がする。
私は今、本当に正気なのだろうか?
疾うに狂って幻覚でも見ていると言われた方が、よほど信じられる。
「私…で…よろしい…のですか…?」
「君がいい。他の誰も、君の代わりにはなれない」
「っ…」
こんなことが現実にあっていいのだろうか。
「だから側にいてくれ。ミリア」
本当に、いいのだろうか…頷いてしまって…
リチャード様を見つめる。
「君は私のものなのだろう?」
「は…い…」
それは変えようのない事実。
私は爪の先までもう全て、リチャード様のもの。
「なら君の人生は私のものだ。君がどこで生きるかは、私が決める」
「はい……」
泣きながら頷く。
リチャード様が、そう言ってくれるのなら。リチャード様が私を望んでくれるのなら。
いらないと言われるその日まで、どんな目に遭ってでも側にいたい。離れたくない。
「リチャード様が…望む限り…」
リチャード様は静かに笑った。
「なら、一生私の側にいるといい」
そして私は…妊娠した。
まだ膨らんでもいない腹に触れて途方に暮れる。
あの時リチャード様は、私を孕ませたいと言ってくれた。けれど実際に妊娠したとなったらやはり困るのでは。
いや、リチャード様はそんないい加減なことを言う方では…
思考が同じところをグルグル回る。
どうしよう…
孕ませたいと言われた日のことを思い出すたびに、幸せな気持ちになる。けれど婚外子という負債をリチャード様に背負わせるくらいなら、このまま黙って姿を消した方がいいのではとも思ってしまう。
悩んで悩んで。
結局私は、孕めと言ってくれたリチャード様に甘えることにした。
私を姫様の手から助け出す為だとしても、妊娠させるつもりで抱いてくれたのだ。妊娠しろと、言ってくれたのだ。
喜んで…はもらえないかもしれないけれど、私の妊娠を受け入れてくれる…筈。
何も言わずに消えたら、多分怒ってくれる……筈……。
意を決して、リチャード様の部屋を訪ねた。
「リチャード…様………私………妊娠…しま…した…」
私の報告に、リチャード様は軽く目を瞠ると静かに頷いた。そして落ち着いた声で、意味のわからないことを言った。
「君には家を与える」
「え…?」
「子どもを育てるには、家が必要だろう」
ごく当然のことのように。
まるであらかじめ決めていたかのように。
予想外の反応に、理解が追いつかない。
「あ…の…?」
「心配するな。君一人囲う程度の稼ぎはある」
「いえ…」
それはそうだろうけれど、そういう問題ではなくて…
頷けないでいると、リチャード様の表情に苛立ちが混じった。
「君は私のすることをすべて受け入れるのだろう?」
「っ…」
確かにそう、言ったけれど…
「どうなんだ?ミリア」
「そう…ですが…っ…」
そんなあからさまに女を囲っては、リチャード様の名誉が…
以前、リチャード様は気にするなと言ってくれたけれど、やはり気になってしまう。
だって、関わる時間が増えるほどに気づいてしまうのだ。リチャード様が、どれだけ騎士として正しくあろうとしているのか。
そのリチャード様のこれまでの努力を、この手で不意にしてしまうのが恐ろしい。
「私は嘘は好かないと言っただろう」
リチャード様の目に怒りが浮かんだ。
「ですがっ…リチャード様がっ…」
必死に訴えると、リチャード様がピクリと眉を上げた。
「私の為だというなら、言う通りにできるな?」
「っ…」
…そうしたい。
リチャード様に囲われたい。
側にいたい。
けれど……私の存在は、リチャード様の為にならない…
俯くと、距離を詰められた。
「………嫌なのか?」
怒りの混じった声に、思いきり首を横に振る。
嫌な訳がない。
そうしたい。
そうされたい。
けれど…
大きなため息とともに、緩く抱きしめられた。
「私には君が必要だ」
「っ…!?」
思いがけない言葉に顔を上げると、真っ直ぐな瞳で見下ろされていた。
私の大好きな、強い力を宿した瞳。
「君に側にいて欲しい」
「っ…ぁ…」
続けられた言葉に目眩を覚えた。
これ…は…幻聴?
こうなって欲しいと願い過ぎたから…リチャード様を望み過ぎて…とうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか……
「私がそう望んでいるんだ。私が君を望んでいる。わかるな?」
リチャード様は、そこでいったん口を閉ざした。そして私の頬を両手でそっと包んだ。
「私は君が好きだ」
「っ…!?」
初めての言葉。
姫様に強制された夜を除けば、初めての。
剣を捧げる相手だと聞いてしまってからは、そうなのではと思いつつも期待するなと打ち消してきた。たとえそうだとしても、リチャード様との未来などないのだからと。
けれどずっと望んでいた言葉。それを与えられた。
大きく見開いた目から、涙がこぼれ落ちる。
「君も私が好きだろう。違うか?」
慌てて首を横に振る。
「違いっ…ませんっ…」
もう私は、手の施しようがないくらいにリチャード様が好きだ。
リチャード様が微かに微笑んだ。
「なら私の側から離れるな。私はこの先、生きていく為に君が必要だ」
真剣な声。
「もう、君無しで生きていくなど耐えられない」
リチャード様の声。
「君が必要だ」
「…嘘…」
「君が欲しい。君の人生が」
信じられない。
鼓動が早すぎて心臓が痛いくらい。
幸せすぎて、目眩がする。
私は今、本当に正気なのだろうか?
疾うに狂って幻覚でも見ていると言われた方が、よほど信じられる。
「私…で…よろしい…のですか…?」
「君がいい。他の誰も、君の代わりにはなれない」
「っ…」
こんなことが現実にあっていいのだろうか。
「だから側にいてくれ。ミリア」
本当に、いいのだろうか…頷いてしまって…
リチャード様を見つめる。
「君は私のものなのだろう?」
「は…い…」
それは変えようのない事実。
私は爪の先までもう全て、リチャード様のもの。
「なら君の人生は私のものだ。君がどこで生きるかは、私が決める」
「はい……」
泣きながら頷く。
リチャード様が、そう言ってくれるのなら。リチャード様が私を望んでくれるのなら。
いらないと言われるその日まで、どんな目に遭ってでも側にいたい。離れたくない。
「リチャード様が…望む限り…」
リチャード様は静かに笑った。
「なら、一生私の側にいるといい」
0
お気に入りに追加
714
あなたにおすすめの小説
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
5人の旦那様と365日の蜜日【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる!
そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。
ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。
対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。
※♡が付く話はHシーンです
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
【R18】彼の精力が凄すぎて、ついていけません!【完結】
茉莉
恋愛
【R18】*続編も投稿しています。
毎日の生活に疲れ果てていたところ、ある日突然異世界に落ちてしまった律。拾ってくれた魔法使いカミルとの、あんなプレイやこんなプレイで、体が持ちません!
R18描写が過激なので、ご注意ください。最初に注意書きが書いてあります。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる