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逃げ方は色々ある

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週末は、家にこもってウジウジ過ごした。渡すつもりだったシャンパンは一人であけた。

幸いというかなんというか、週明けからその後の数週間、仕事が全社員を殺す勢いで忙しくなった。おかげで余計な事を考えるどころか必要な事にさえ頭が回らないような状態で、ただただ仕事漬けになって過ごした。


そんな修羅場を潜り抜け、なんとかいつもの日常が戻ってきた。今日は金曜日で部署の打ち上げだ。多分他の部署でも同じように打ち上げをしているんだろう。
飲んで忘れなきゃやってられない。

あの苦境を乗りきった連帯感からか、普段はこういうのに参加しない人達まで全員打ち上げに来ている。かくいう私も、その一人なんだけど。

こうして社畜魂は育まれていくのかもしれない

そんなことをぼんやり思いながらグラスを傾けていると、入社が数年早い女の先輩が隣にきた。

「飲んでる?」

「はい、飲んでますよー」

…ちょっと飲み過ぎたかもしれない。語尾が伸びてしまう。

「そう。ところでレイカちゃんは彼氏いるの?」

どんだけ唐突な話題の振り方だと思いつつも、酔いも手伝って素直に答える。

「いませんよー」

彼氏どころか、セフレ的なのすらもういませんよー………

「そう」

彼のことを思い出して落ち込む私とは反対に、何故か先輩はニンマリと笑った。

「これも美味しいわよ」

渡されたグラスに口をつける。
ちょっとキツいけど美味しいお酒だ。

「本当だー。ありがとうございますー」

ちょっとフラフラしながらお礼を言うと、先輩は肩を叩いて去っていった。
忙しない人だ。飲ませに来ただけか。

チビチビともらったお酒を飲んでいると、今度は二年後輩の男の子がきた。

「先輩、飲んでますか?」

「飲んでますよー」

軽く視界が回るくらいに。
くらりとして倒れそうになったところを、後輩が支えてくれた。

「大丈夫ですか?先輩」

少し慌てたような声。

あー、男の人の腕だー……

最近ご無沙汰だったそれに、つい頬ずりする。

「っ…先輩!?」

後輩の焦った声。
どうしたんだろう。

「んー?」

寝落ちしそうになりながら、適当に返事を返す。

「…相当酔ってますね」

後輩の狭山くんはため息を吐いて、そのまま肩を貸してくれることにしたようだった。

優しいなー……

久々の人の体温に、安心して目を閉じた。



「先輩、先輩」

身体を揺すられて目を開けると、さっきまで飲んでいたお店の前だった。駅がすぐそこなので人通りも多い。
どうやら彼が外まで連れてきてくれたようだ。

「二次会に行く人は行って、あとは解散したんですけど…」

あ、なるほど。もうお開きになったのか

納得する私を、狭山くんがじっと見た。

「先輩一人じゃ帰れないですよね?」

「帰れるわよー」

失敬な。いい大人ですよ?
狭山くんから身体を離して立ってみせようとしたら、また視界が揺れた。

あ、ヤバい。倒れる。

「ほら、無理じゃないですか」

引き寄せられて支えられた。
呆れたような声。

「うう、先輩としての威厳が…」

「バカな事言ってないで、最寄り駅教えてください。送りますから」

どうやら面倒見よく送ってくれるらしい。

「やっさしー」

「………電車乗れます?」

「うん、大丈夫ー」




電車に揺られて、最寄り駅の前でタクシーに乗せられて、自分のマンションまで帰ってきた。
そのまま駅に戻ると思っていた狭山くんは、タクシーから降りてしまった。

「部屋まで送らないと心配です」

なんて言って。真面目だなー。
でもまだ足元がフラフラしてるから、正直助かる。
こんな近距離じゃ往復しても料金はたかが知れてるからか、タクシーはあっさり他の客を拾いに去って行ってしまった。
これは狭山くん、慣れない場所で帰りは歩きかな。

「ごめんねー」

「ナビあるから大丈夫ですよ」

涼しい顔で答えられて、思わず見入った。
意外に狭山くんて頼り甲斐あるかも……

酔っている所為か、不意にダメな考えが頭に浮かんだ。

……このまま泊まっていってくれたりしないかな……

本当にダメだと思う。会社の後輩を部屋に連れ込むなんて。後で絶対気まずくなるに決まってる。そう、わかってるんだけど……

一人の部屋に帰るのが嫌だった。
一人の週末が嫌だった。
もう、忙しくないから。
彼のことばかり考えてしまいそうで。
会いたく、なってしまいそうで。
我慢できずに、会いに行ってしまいそうで……

それくらいなら。
せっかく恋人ができた彼に迷惑をかけるくらいならいっそ…

「………狭山くん…」

声が震えた。
狭山くんが立ち止まって、じっと私を見た。

よくないことだってわかってる。
狭山くんにも失礼なことだって。

……でも……狭山くんも男だし……そういうの「ラッキー」で片付けてくれたりしないかな……今夜一晩……私に付き合ってくれないかな……

縋るようにスーツの胸元を握って顔を見つめる。

「もし……よかったらなんだけど……」

緊張で喉が乾く。
……いや、これはお酒の所為かも。

緊張から指も震える。
……いや、これもお酒の……

緊張し過ぎて変な方向に頭が回る。
こんなこと、同じ会社の人にお願いするのは絶対に間違ってる……でも…だけど……ここには狭山くんしかいなくて……

目の前の喉仏がゴクリと動いた。
これから私が何を言おうとしているのか、わかっているのかもしれない。

狭山くんが、私の言葉の続きを待っている。こんなことを言ったら軽蔑されてしまうかもしれない。
でも、それでも。

一人でいたくない…

「今夜…その…私と………」

握った手が震えている。
躊躇いながらもその先を言おうとした時ーー

「レイカ!」

男の人が私のマンションのエントランスから駆けてきた。予想もしていなかった人が。
肩を掴まれ、狭山くんから引き離され、背後に守るように遠ざけられた。

「誰だ!?」

彼の剣幕に驚きながらも、狭山くんは背筋を伸ばして答えた。

「同じ会社で働いている狭山です」

彼がいったん狭山くんから視線を外して私を見下ろす。

「…随分酔ってるな」

頰に当てられた彼の冷たい手が火照った肌に心地よくて、思わず甘えるように擦り付けた。

わーい。彼の手だー

「………済まない。迷惑をかけたようだ。これでタクシーを拾ってーー」

財布を取り出した彼を、狭山くんがやんわりと拒絶する。

「いえ、まだ電車で帰れますから」

そのままサッと踵を返して駅の方へと去っていってしまう。
彼はため息を吐いて財布をしまうと、じっと私を見つめた。

「何があった」

「会社の打ち上げで…」

「それでそんなに飲んだのか」

責めるような口調にカチンときた。
自分だって、いつぞやはベロベロに泥酔してた癖に。
ムッと口を尖らす。

「あなたには関係ないし」

ツンと顔を背けた。
いや。実を言えば、私がここまで飲んだのはむしろ彼の所為なのだ。

彼のことを考えたくなかったから……だから……なのに……こんなところまで来て……おまけに、今夜一緒にいてくれたかもしれない狭山くんまで帰してしまってお説教とはどういうつもりだ。
すると彼もまたムッとした。

「いきなり連絡が途絶えれば、心配するに決まっている」

言われた瞬間、あの時の光景が脳裏に蘇った。

あんな親しそうに、女の人と喋ってた癖にっ!恋人、できた癖にっ!!

「っ…!別にっ…!鍵だって返したしっ…」

酔いの所為か加減ができずに、大きな声が出てしまう。

「それだよ!そもそもどういうつもりだあれは!」

私に釣られたように、彼の声も大きくなった。

「別に!使わなくなるから返しただけだし!」

「なんだよそれ!一方的に!」

ここで私の限界がきた。

「一方的!?彼女ができた癖に!?何それ!彼女ができても私のことも抱くつもりだったの!?最低っ!!!」

殴ろうと振り上げた手は掴まれた。
続けて何か怒鳴ろうとした瞬間

「うるっせーよ!!」

大声で横から怒鳴られ、近所のアパートの窓が大きな音を立てて閉められた。

赤の他人の横やりで我に返る。
確かにもう、真夜中近い。大声で喚いていい時間ではない。
いや、昼間でもよくはないけど…

彼もやや落ちつきを取り戻したようで、掴んでいた私の腕をそっと離した。

「…部屋に行ってもいいか?」

ここでこれ以上騒ぐ訳にはいかない。
コクンと頷いて、彼と一緒にマンションへ入った。

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