上 下
13 / 17

話し合い

しおりを挟む
メイドにお茶を用意させて人払いをした部屋で、夫と向かい合った。

「君は…彼が好きなのか?」

夫が躊躇いがちに口を開いた。
いきなり核心に踏み込むところも夫らしいと苦笑しつつ、曖昧に微笑んでみせた。

好きだ。
ダンのことが。
とても好き。

でもそれを夫に言うのは躊躇われた。

「そうか」

それでも夫は、私の反応を肯定と取ったようで、重いため息を吐いた。
夫が私に情を向けてくれているのは感じている。もっとも、彼にはもっと大切な人がいるのだけれど。

それでも、夫と私の間には絆がある。
夫婦として、一緒にこの家を守っていくパートナーとしての絆。
義務として子を作る為に、何度も夜をともにした絆。
そうして出来た、息子の親としての絆。

それが今、彼に痛みを与えているのだろうか。
ぼんやりと、そう思う。


「……あと一人、男児を産んでもらわなければならないが、その後は子どもさえできなければ好きにして構わない。…別れることはできないが」

長い沈黙の後、絞り出すような声で夫が言った。

あと一人

私たちには、まだ長男のロズウェルしかいない。この社会では、女は最低二人の男児を産むことを求められる。跡継ぎと、そのスペア。
娘も、嫁がせて関係強化に使えるけれど必須ではない。

意外な言葉に目を見開いた。
ダンと結ばれていいと、そういう意味に取っていいのだろうか…。
夫からそんな許可が出るのは予想外だった。精々、心の中で想うのを黙認してくれる程度だろうと思っていたのに。
信じられない思いで凝視する。夫は俯いて自分の拳を見つめている。
…この深刻な感じ、そういう意味で間違いないようだ。
夫のあまりの真面目さに思わずため息が出た。

「…君にばかりすまない」

私のため息を別の意味にとったのか、夫が謝罪した。
確かに、彼はもう何年も前から好きな女性と一緒に暮らしている。その女性との間に子どももいる。
そんな中で、私にばかり我慢をさせるのが申し訳ないと…。

本当に生真面目な人。

苦笑する。
男の当然の権利だと、自分は外に何人も女を囲って、妻には貞淑を求める男性が大半なのに。
妻なのだから当然だと、ダンを解雇して私を孤立させて閉じ込めて、妻としての義務を押しつけることだって、夫である彼にはできるのに。決してそうすることはないだろう。

夫のこういうところ、嫌いではない。完全に満足のいく形ではないけれど、私のこともできるだけ考えようとしてくれるところ。

わかっている。
生まれた子が夫以外の子かもしれないと、疑われるような行為はできないと。
流石に夫も、それを許す訳にはいかないだろう。
たとえ私に対して後ろめたく思っていても。
それに私も、そんな行為を自分に許せはしない。
私にはこの家の血を繋ぐ義務がある。
無関係なダンの血を混ぜることなどできない。
それは私のダンへの恋情とは別物なのだ。

男と女の身体の作りの違いだ。仕方がない。
だから私が、ダンに身を許すことはできない。…まだ。


理解しているけれど。
それでも少しだけ意地悪したくなってしまった。だから

「今さらですわ」

そう笑って、情けなく眉を下げる夫の顔を楽しんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~

夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。  それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。  浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。  そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。  小説家になろうにも掲載しています。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

処理中です...