20 / 47
二章
第19話 生きるために必要なもの
しおりを挟む
「なにぃ、兵を寄越せだと?」
ロッドミンスター城下の広場で、ウルフレッドは将校のエリクセンからもたらされた報告に対して不快感をあらわにした。
制圧したばかりのロッドミンスター城とその城下町では、マシューデル派に対する残党狩りのため、兵士たちが起こす音で溢れている。
「断りますか」
エリクセンが顔色を変えずに言うと、ウルフレッドは「いやいや、まて」と眉間に手を当てて考え込む様子を見せた。
「……今どれくらい動かせる?」
「王都を奪還できたとはいえ、まだマシューデル軍の残党が東に残っていますからな。そうでなくとも、奴らに兵など一人もくれてやりたくはありません」
「そういうわけにもいかんだろう、こっちだって国を統一してすぐにナプスブルクと戦争なぞできん」
「ならば、いくら送りますか」
「……百、といいたいところだがそれじゃケチだと思われる」
「では、二千?」
「全軍の半分なんて冗談じゃない。そんな余裕どこにあるんだよ。おお、ホランド良いところに来た」
残党狩りの一隊を指揮していた将校のホランドが呼び止められた。
「ナプスブルクへの援軍の将はお前に任せる。ちょうど良い感じに戦ってくれ、な?」
「はあ?」
「兵力はエリクセンとよく相談して決めてくれ。ジドゥーバルには言うなよ、あいつなら自分が行くと言い出しかねん」
突然呼び止められたと思ったら予想外の命令を告げられたホランドは、何か言いたそうな顔を続けたがウルフレッドはそれを無視した。
そして「さて」と呟き、先程から自分の目の前で両手を縛られて膝をつかされている初老の男性を見下ろした。今の自分にとってはナプスブルクへの援軍よりも、こちらが大事だ。ウルフレッドはそう考えている。
ウルフレッドは目の前で跪く男に声をかけた。
「正直なところここまで苦戦させられるとは思わなかったぞ、コービン。さすがは兄上の軍師だった男だな」
コービン参謀はマシューデルの相談役であり事実上の軍師として付き従い、一連の内乱劇でも常に傍らにいた。
そしてマシューデル亡き後、敗軍を取りまとめマシューデルの幼い息子と妹を保護していたのがこの男だった。
コービンの背後には処刑人が重々しい斧を携えて立ち、主の命令を待っている。
声をかけられたコービンは極めて落ち着いた様子でウルフレッドを睨みあげて言った。
「殿下のご子息と妹君はすでに東に脱出された。いくら探しても見つからぬぞ」
ウルフレッドはその言葉に特に反応を示さなかった。そして真剣な眼差してコービンに語りかけた。
「お前の見事な手腕を買い上げたい。俺には軍師が必要なんだ。もし兄上の息子のことが気がかりなら悪いようにはしない。だから、頼まれてくれないか」
ウルフレッドのその言葉は素直な本心だった。
東方に脱出した妹はウルフレッドにとっても母親違いの妹であり最初から命を取ろうという思いなどなく、マシューデルの幼い息子についても殺す必要はないと考えており、二人ともどこか田舎に小さな領地でも与えて静かに暮らさせるつもりであった。
そして自分には軍師が必要。これはこの一連の戦いで最もウルフレッドが痛感していることだった。
ジドゥーバルら三人の将校は優れた戦闘指揮官に成長しつつあり、また個人の武勇においても頼もしい存在といえた。しかし軍略、政略といった分野になると第一線級とは言い難い。
本来ならば自分がその役割を果たさねばならないとウルフレッドは考えていたが、しかし王族でありながらも学が無く、そういった知恵者の役割には自信がないというのが正直なところだった。
ならば自分には何ができるのか、そのような問いかけを自身にしていることが多い昨今だが、結局は目の前の問題を対処に追われてしまっている。
だからウルフレッドにはコービンが必要だった。
コービンはウルフレッドの言葉を聞くと、目を閉じて黙り込んだ。ウルフレッドは静かに彼の言葉を待つ。
やがてコービンを目を開き、穏やかな口調で返答をした。
「例えこの命が奪われようとも、民の家々を焼き討つような人物を主君に戴くことは、ありえません」
「そう、か……」
人望すら兄上には遠く及ばないのか。ウルフレッドはめまいにも似た感覚を覚えた。そして生きるためとはいえ、己が成した悪行の重さを痛感し始めている。
あの日、何故中立を宣言していたはずの親衛騎兵隊がマシューデルの側についていたのか。ウルフレッドはその答えを捕らえた親衛騎士団長から聞いていた。
あくまで情勢注視のために赴いていた彼らの部隊が反ウルフレッドの意志を固めたのも、ウルフレッドの焼き討ちをその目で見たからだった。
ウルフレッドはしばらくの間黙して立ち尽くした。
やがてコービンを見つめ、言った。
「……お前の家族は罪に問わない」
するとコービンはホッとしたような顔を浮かべた後、少し意地悪そうな表情を作ってこう言った。
「そうですか。それは、どうも」
ウルフレッドが処刑人へ合図を出す。斧が大きく振り上げられ、その鋼鉄の重さを速さに乗せてコービンの首へと振り下ろされた。
ウルフレッドは目の前の鮮血を目にして考えた。
どうしてこうもままならないのだ。生き残るためには、足らぬものが多すぎる。慈悲が足らないというのなら、その慈悲こそが俺を殺すのではないか。
ロッドミンスター城下の広場で、ウルフレッドは将校のエリクセンからもたらされた報告に対して不快感をあらわにした。
制圧したばかりのロッドミンスター城とその城下町では、マシューデル派に対する残党狩りのため、兵士たちが起こす音で溢れている。
「断りますか」
エリクセンが顔色を変えずに言うと、ウルフレッドは「いやいや、まて」と眉間に手を当てて考え込む様子を見せた。
「……今どれくらい動かせる?」
「王都を奪還できたとはいえ、まだマシューデル軍の残党が東に残っていますからな。そうでなくとも、奴らに兵など一人もくれてやりたくはありません」
「そういうわけにもいかんだろう、こっちだって国を統一してすぐにナプスブルクと戦争なぞできん」
「ならば、いくら送りますか」
「……百、といいたいところだがそれじゃケチだと思われる」
「では、二千?」
「全軍の半分なんて冗談じゃない。そんな余裕どこにあるんだよ。おお、ホランド良いところに来た」
残党狩りの一隊を指揮していた将校のホランドが呼び止められた。
「ナプスブルクへの援軍の将はお前に任せる。ちょうど良い感じに戦ってくれ、な?」
「はあ?」
「兵力はエリクセンとよく相談して決めてくれ。ジドゥーバルには言うなよ、あいつなら自分が行くと言い出しかねん」
突然呼び止められたと思ったら予想外の命令を告げられたホランドは、何か言いたそうな顔を続けたがウルフレッドはそれを無視した。
そして「さて」と呟き、先程から自分の目の前で両手を縛られて膝をつかされている初老の男性を見下ろした。今の自分にとってはナプスブルクへの援軍よりも、こちらが大事だ。ウルフレッドはそう考えている。
ウルフレッドは目の前で跪く男に声をかけた。
「正直なところここまで苦戦させられるとは思わなかったぞ、コービン。さすがは兄上の軍師だった男だな」
コービン参謀はマシューデルの相談役であり事実上の軍師として付き従い、一連の内乱劇でも常に傍らにいた。
そしてマシューデル亡き後、敗軍を取りまとめマシューデルの幼い息子と妹を保護していたのがこの男だった。
コービンの背後には処刑人が重々しい斧を携えて立ち、主の命令を待っている。
声をかけられたコービンは極めて落ち着いた様子でウルフレッドを睨みあげて言った。
「殿下のご子息と妹君はすでに東に脱出された。いくら探しても見つからぬぞ」
ウルフレッドはその言葉に特に反応を示さなかった。そして真剣な眼差してコービンに語りかけた。
「お前の見事な手腕を買い上げたい。俺には軍師が必要なんだ。もし兄上の息子のことが気がかりなら悪いようにはしない。だから、頼まれてくれないか」
ウルフレッドのその言葉は素直な本心だった。
東方に脱出した妹はウルフレッドにとっても母親違いの妹であり最初から命を取ろうという思いなどなく、マシューデルの幼い息子についても殺す必要はないと考えており、二人ともどこか田舎に小さな領地でも与えて静かに暮らさせるつもりであった。
そして自分には軍師が必要。これはこの一連の戦いで最もウルフレッドが痛感していることだった。
ジドゥーバルら三人の将校は優れた戦闘指揮官に成長しつつあり、また個人の武勇においても頼もしい存在といえた。しかし軍略、政略といった分野になると第一線級とは言い難い。
本来ならば自分がその役割を果たさねばならないとウルフレッドは考えていたが、しかし王族でありながらも学が無く、そういった知恵者の役割には自信がないというのが正直なところだった。
ならば自分には何ができるのか、そのような問いかけを自身にしていることが多い昨今だが、結局は目の前の問題を対処に追われてしまっている。
だからウルフレッドにはコービンが必要だった。
コービンはウルフレッドの言葉を聞くと、目を閉じて黙り込んだ。ウルフレッドは静かに彼の言葉を待つ。
やがてコービンを目を開き、穏やかな口調で返答をした。
「例えこの命が奪われようとも、民の家々を焼き討つような人物を主君に戴くことは、ありえません」
「そう、か……」
人望すら兄上には遠く及ばないのか。ウルフレッドはめまいにも似た感覚を覚えた。そして生きるためとはいえ、己が成した悪行の重さを痛感し始めている。
あの日、何故中立を宣言していたはずの親衛騎兵隊がマシューデルの側についていたのか。ウルフレッドはその答えを捕らえた親衛騎士団長から聞いていた。
あくまで情勢注視のために赴いていた彼らの部隊が反ウルフレッドの意志を固めたのも、ウルフレッドの焼き討ちをその目で見たからだった。
ウルフレッドはしばらくの間黙して立ち尽くした。
やがてコービンを見つめ、言った。
「……お前の家族は罪に問わない」
するとコービンはホッとしたような顔を浮かべた後、少し意地悪そうな表情を作ってこう言った。
「そうですか。それは、どうも」
ウルフレッドが処刑人へ合図を出す。斧が大きく振り上げられ、その鋼鉄の重さを速さに乗せてコービンの首へと振り下ろされた。
ウルフレッドは目の前の鮮血を目にして考えた。
どうしてこうもままならないのだ。生き残るためには、足らぬものが多すぎる。慈悲が足らないというのなら、その慈悲こそが俺を殺すのではないか。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
若き天才国王の苦悩
べちてん
ファンタジー
大陸の半分近くを支配するアインガルド王国、そんな大国に新たな国王が誕生した。名はレイフォース・アインガルド、齢14歳にして低、中、上、王、神級とある中の神級魔術を操る者。
国内外問わず人気の高い彼の王位継承に反対する者等存在しなかった。
……本人以外は。
継がないと公言していたはずの王位、問題だらけのこの世界はどうなっていくのだろうか。
王位継承?冗談じゃない。国王なんて面倒なことをなぜ僕がやらないといけないんだ!!
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる