あなたと秘密の吉原で

蝶々

文字の大きさ
上 下
15 / 15
銀嶺の章

2

しおりを挟む
大丈夫…大丈夫。それが私の口癖だった。全然大丈夫じゃなくて苦しくて、それでも「大丈夫」その言葉でいつも自分を信じ込ませていた。

再び目が覚めた時、部屋には暖をとるように炉がたかれていた。その近くでは柳という男性が机にむかい何か書いているようだった。体の痛みも熱もまだ引く気配がないようで相変わらずすこぶる体調が悪かった
「…目が覚めましたか?」
声が降ってきた方を向くと、いつの間にか柳という男性は手を止めこちらを見ていた。その顔は穏やかで何故か懐かしく感じる。
「あなたは相変わらず目が離せませんね。少し外した隙に外へ出てしまうなんて思いませんでした。別に閉じ込めてるわけじゃないんですよ。でも今のあなたには安静が必要ですから」
そう言って私の頭を撫でると、額に手を当てる。相変わらず…その言葉に少し疑問を感じたが今の私には考える余裕なんてなかった
「まだ熱は引きませんね。もう少し眠っててほしいところですけど…そうもいかなそうですね」
そう言って柳様は私をゆっくり起こすと少し苦いお湯を私に飲ませた
「薬ですよ。まだきついでしょう?これで少しは楽になるといいですけどね」
その人は私の顔を見ると微笑んで頭を撫でる。わからない…なんでこうも見ず知らずの私に優しくしてくれるんだろう。身内でさえ、ここまでしてくれたことはないのに…あれ?でも…昔同じ優しさを向けてくれた人たちがいたような…そんな気がする
「…んで…」
「…どうしました?」
私の方をみて優しく聞き返す
「なんでこんなに優しくするんですか?あなたも…あの人たちも。私たち他人ですよね?」
「……」
私の最後の言葉を聞いた柳様の顔が一瞬悲しく曇ったのがわかった。けれどほんとに一瞬ですぐに元に戻りまた優しい表情を向ける。その一瞬がひどく気にかかるのは何故だろう
「たしかに。すいません、私もあの子たちもみんな世話焼きなんです。嫌だったのなら謝ります」
それはほんとに心のこもった話し方で顔で…それがあまりにも慣れなくて。でも…あまりに愛しそうな声で話すから。私に誰かを重ているように話すから。もしかしたら、他人ではないかもしれない…私の「あの日々」の何処かに…忘れてしまっている記憶の何処かにいるのかもしれない。そんな淡い期待が湧いてきて…訳わからなくておかしくなりそうだ
「いや…じゃないです。ごめんなさい、でも慣れないから。こういう時どうしたら良いかわからなくて…」
わからない。何に期待してるのかも…なんで期待してるのかも。私は何を思って…この人にあの人たちに心を許してしまうのか。
「…そうですか」
柳様はくすっと笑うと嬉しそうに私を見た
「甘えてください。どうか私たちに寄りかかってください。1人であんな所に行かなくてもいい。暖かいこの場所で…私たちの近くで今は休んで」

熱に浮かされ微睡んだ意識の中で…その言葉はたしかに私の中に溶け込んだ。寒く凍えるくらいに冷え切った私の世界。苦しかった私の冬に暖かい日の光が差し込んだような…そんな気がした。


眠る愛しい少女の横で柳という男はほっと息をついた。ようやく眠ることができた少女への安堵もある。けれどそれよりも…
「…あなたの中に、まだ私たちは残ってるんですね。この場所も。あの日々もあなたの奥底にきっと。私は…ほんとに嬉しいんですよ。あなたと再び会えたことが。あの時手放したこと後悔しなかった日はありませんでした。みんなからも散々恨まれましたしね。でも、あなたがあの世界に戻って壊れたのなら…次はもう欲張ってもいいですよね。許してください。私は…私たちはもう、あなたを元の世界に戻してあげられないかもしれません」

その後悔をそして決意を私は知らなかった。彼らをそうしてしまった私の罪深さをまだ知らずにいた。無責任に変えてしまった…すくい上げてしまった者たちを私は覚えていなかった。何も覚えていない私が…壊れてしまった私が彼らに与える悲しみを知らなかった。
思い出せていれば…知っていたら。
私はこんなにも「あなた」を悲しませずにいられたのに。
覚えていたら…私はもっと早くこの場所に…「あなた」の元に戻れていたかも知れないのに。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...