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⑦予兆

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それから1ヶ月後、執務室の会長の机で仕事をしていたクラリスの机の所にカーネルが来ていた。カーネルは何かあったのか難しい顔をしている。と言ってもここでカーネルのその表情が読めるのはもっぱらクラリスとニューロンぐらいである。

「・・・・クラリス様、どうかお人祓いをお願いします。」と言うと場所は違えどクラリスと同じ執務室にいたニューロンとナリスが顔を見合わせ空気を読んでさりげなく出ていった。

スーザンは少し作業に手間取っていたがクラリスとカーネルが思い詰めた表情をしているのを見て、さっと部屋から出ていった。


カーネルは執務室に自分とクラリスだけになったのを確認するといきなり床に膝をつけ土下座をした。

「えっ、ちょっとどうしたのよカーネル。こんな事やめて下さい。立って下さい。」と話し「取り敢えずまず話を聞きましょう。まずはそこにかけて?」と近くのソファに掛けさせた。

(・・・・こんな表情のカーネルを見るのは初めてかもしれない。)

「ねぇ、一体どうしたのよカーネル?全く貴方らしくないわ。もちろん話してくれるわね?」と話を促した。

カーネルは言いにくそうに「ーーーーはい。実は大変申し上げにくいのですが、・・・・今回のスタッフの中にスパイが紛れ込んでいます。見抜けなかった完全に私のミスです」と小さな声で話し出した。


「ちょうど3~4ヶ月前あたりからお屋敷のクラリス様の机を探っていた者がおります。既にいくつかの書類はここから出て相手の手の中にあると思って良いでしょう。私がおかしいと気が付いてからはクラリス様になるべく書類を持ち帰らせないようにしていたので、それからは防げていると思います。」

カーネルはそう話すとソファから立ち上がり、自分の机に向かうとの自分の上着のポケットから鍵を取り出し、鍵付きの引き出しを開け大きな封筒を取り出した。

封筒には何の記載も無くただの茶封筒に見える。

「クラリス様これを・・・・。」
その封筒をクラリスに手渡すとカーネルは「・・・・今回の件のカタがつきましたら私はここを去ります。」と話した。

クラリスは「それは貴方が判断する事では無いわ。会長である私が判断するのよ。」と言いながら封筒から調査結果の数枚に渡る報告書を取り出し読み始めた。

どれぐらい時間が経ったのだろう?少なくとも10分以上は経ったと思われた。しかしその間カーネルはクラリスの前から微動だにしない。

クラリスは書類を読み終わると顔を上げたが最初は無表情だった。

そして「カーネルありがとう。よく気が付いたわね。出来れば彼女には引き続き泳いで貰いましょう。ここから大した情報は持ち出せて無いと思うわ。このまま行けば焦れたアイツの方からやって来るでしょう。」とカーネルに話した。


もうあの家には大した財産は無いからね。と言ってニヤリと口角を上げて笑った。



ーーーークラリス様がああ言う笑い方をする時は・・・・。

カーネルは過去に一度だけクラリスのあの表情を見た事があった。それはクラリス様がまだこの国でノーチラス商会を立ち上げてすぐの時、ここら一帯で商売をしていた商会があった。

その商会から連日続く嫌がらせがあり、この商会の従業員が何名か被害を受けた。

会長であるクラリス様が若いから大した事は出来ないだろうとたかを括った仕業だったが約1ヶ月後にピタリと嫌がらせが無くなった。

それから1週間後、嫌がらせをしていた商会の会長の悪事が一気に新聞社にすっぱ抜かれ、それに関連した組織や貴族たちはほぼ全員罰を受けた。

商会は解体しそれぞれの責任者は炭鉱送りにされ、貴族は除籍になり男性は同じく炭鉱送り、女性たちは修道院へ送られた。

勿論当事者であった会長一族は罰を受けたがその後全員謎の死を遂げている。今でも死亡理由は分かってない。

クラリス様の懐はとても幅広く暖かいが一旦敵に回すとんでも無く恐ろしい。そのクラリス様があの笑いをするって言う事は・・・・


「「完膚亡きまでに相手を叩く時だ」」


「あの男が何の書類を欲しているかはもう想像が付いてます。でもその書類はこの世で1番安全と言って良いぐらいの所にあるわ。まあ盗むのはほぼ不可能でしょうね。」とカーネルに話すとにっこりと笑った。その笑顔がとても綺麗でカーネルも思わず釣られてぎこちなく笑った。







「ったく、思ったより難航してやがるな。わざわざあの女を雇ってまでクラリスの所に潜り込ませてるって言うのに。」と書斎の応接セットのソファに腰掛けスチュアートが親指の爪を噛みながらぼやいている。

来月末に支払いに回せる資金はもう尽きている。もう時間が無い。そんな事を考えていた時にノックも無い上に慌ただしく部屋の扉が開いた。


・・・・こいつはマナーも知らないのかよ!そう思うより先にエスメラルダの金切り声が部屋中に響いた。

「ちょっと!!スチュアート様、どうしてですの?来月の舞踊会にお呼ばれしているって言っているのに、どこのお店でもドレスを作って貰えないんですのよ。ーーーーまず先にお支払いをお願いしますって言われて私、どんなに恥ずかしかったか!!」と恐ろしい形相でスチュアートを睨みつけ捲し立てている。


ーーーー私はこんな女性と結婚したのか??別人では無いのか?と朧げながら目の前でヒステリックに叫ぶ女性を見つめた。その時ふと我に帰った。


・・・・ああ、これだ、これだ。何も全て私がする必要はない。この女を使えば何とかなるかも。少し考えてみよう。


突然顔を下げ、何も言わないスチュアートを様子がおかしいと思い始めたエスメラルダ。だがスチュアートがゆっくりと話し始めた。

「・・・・すまないエスメラルダ。私も手は尽くしている。私の領地経営にある程度、理解をしてくれている人達がいるがそれでもまだ支払いに困っているんだ。」と言い出した。

「嘘よ!!貴方、自分が稼ぐからもっといい暮らしをさせてやるって言ってたじゃないの。」

「ああ、君のお父さんの事を悪く言うつもりはないが、私がここを貰った時にはこの事業は既に傾いていてね。私の力で何とかここまで持たせてたんだ。クラリスがこの事業の権利書を持ち出してさえいなければこんな事にはならなかったのに・・・・。」と悔しそうに話す。

「嘘。どうして?お姉様は勝手に権利書を持ち出したの?」もちろんその権利書は随分前にエスメラルダの父親が放棄している事は伏せておいた。

「ああ、そうだよ。でもクラリスは君のたった1人の姉妹だ。この事はあまり言いたくなかった、・・・・私1人が我慢すればと思ったんだ。」そう話ながらハンカチを取り出し俯いて目に当てた。もちろん嘘泣きである。

(そうだ何も私1人がやる必要は無いんだ。こいつらにも働いて貰うか・・・・。 )

「信じられない。でもこれで説明がつくわ。だからお姉様は誰にも会わずにこの家を出て行ったのね?」

「ああ、そうだ。私もおかしいとは思っていたさ。クラリスは早い時期から隣のデール国でパイプを作っておき、この事業の利益を自分の商会で吸い込ませているんだ。いくら私たちが憎いからってあんまりだと思わないか?」とエスメラルダの手を取り目を合わせ、言葉巧みにエスメラルダにいい聞かせた。
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