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ナユタの過去
しおりを挟む「この泥棒ーーー!!待ちやがれ!!」
俺は懐に入れたパンを、落ちない様に大切に抱えて走った。これがあれば、これさえあれば。
壁は落書きだらけで、おまけに湿って汚れたこの路地を必死に走っている。
この下町の路地は、古い油の匂いが入り混じった様な下水や酔っぱらいがした小水の臭いがする。
俺はこの街で産まれこの街で育った。兄弟は居ない。俺の家族はお母さんだけだ。お父さんの顔は知らない。
他の子供がお父さんと一緒にいるのを見かけた時に、一度だけお母さんにお父さんの話を聞いたら悲し気な顔をしたんだ。
その顔を見て以来、父親の話はしない。
「今日という今日は逃がさねぇからなー!」と商店のオヤジは火かき棒片手にいつまでも付いてくる。おいおい、おっさん結構歳だろう?良く頑張るな。
とうとう袋小路に追い詰められ窮地に立たされた。周りを見渡したがどうも逃げ道は無さそうだな。
「このクソ坊主、いつもいつも盗みやがって。取ったもんさっさと出しな。」と火かき棒を利き手なのか右手に持ち替えている。ありゃ俺をヤル気だな。
仕方ないな、あまりこの力は人前で使いたく無かったんだけど。キョロキョロと他の人が居ないのを確認した。
有りったけの眼力で商店のオヤジの右手の人差し指を集中して見つめた。
「ははっ観念しても遅いけどな。ん?」とオヤジの顔の表情が変わり「カラン」とその手から火かき棒が落ちた。
「いてぇ、いてぇ、いってぇー!!くそっ、てめえ何しやがった。」と右手を抱えつつその場に転がり込んだ。
「こめん、悪く思うなよ。」と商店のオヤジにそう言いながらその横を駆け抜けた。「へへっ、この力はありがてぇな。」と呟くと狭い路地をひたすらに走った。
次の角を過ぎてあと少しで着く。この時、確かに俺は、よく知った街だからって油断していた。
「うわっ!!」と曲がり角を過ぎると何かに衝突した。「いったぁ~。」と間の空いた、のんびりとした声が聞こえる。尻餅つきながら思わず相手を見遣ると上質の外套を着ているのが見えた。こいつ金持ちか?
「大丈夫かい?僕?」と目の前にその男から手を差し伸べられた。その手をパンッと叩くと「どこ見てんだおっさん!!」と虚勢をはった。むかついたので目の前のおっさんの手に眼力を集中した。
「あぁ~、私には効きませんよ?」とそのおっさんはにこやかに笑うと、「せっかくの力を無駄遣いは行けないね。そらっ、お返ししておこう。」その言葉を聞いた瞬間、自分の手が焼け付く様に痛み出した。
「いたぁ、いたたたぁ!!」と今度は俺が転がり込む番だった。
「ははっ、自分の力を味わった感想はいかがかな?」とおっさんは緩く笑っていた。
「ナユタくん、元気いっぱいのご挨拶をどうも。私はフランツ。先ほど君のお母様と話した所だったよ。君のその力、良かったら私の為に使ってくれないか?」と話すと俺に底冷えする視線でメガネ越しに、得体の知れない笑顔を向けた。
「ナユタくん、好きなだけ召し上がれ。」そのおっさん、いやフランツは俺を街の食堂へ連れて行ったんだ。
肉や魚の美味しそうなご馳走を所狭しと並べられ、俺はいつも腹が減ってたから貪り食べた。
それこそ腹がパンパンになるまでだ。これを逃したら今度はいつ食べれるか分からないからな。フランツはそんな俺を見ながらにこにこと笑っていた。
「フランツくんはお母様に良く似てるんですね。」とお茶を飲みながら俺の目をじっと見た。「その力はいつから?」と聞いてきた。
「ーーーーちょうど1年前からだ。最初は街の他の奴らと喧嘩してて、奴らの眼を睨み付けたら相手が失明したんだ。」と一旦ナイフとフォークを置いた。
「でも誓って人の命は奪って無いし使っていたのは必要最低限だ。信じてくれるか?」とフランツに言ったんだ。
「もちろんですよ。それに貴方だけでは無いですからね。」と俺を目を見て話した。
「ナユタくん、私の所では他の力を持ってる人もいるし訓練もしているんだ。先ほども言ったけど私の所へ来ないか?もちろん仕事をして貰う訳だから君のお母様の面倒は見させて貰う。治療も含めてね。どうだ?悪い話では無いと思うが?」
フランツは優雅にテーブルナプキンを取ると俺の口の周りについたソースを、丁寧に拭いてくれた。
「ーーーー本当にお母さんの治療もしてくれるのか?」
「えぇ、貴方のお母様は完治する可能性が有りますよ?」
その時俺の頭の中に、辛そうに一晩中咳き込む母親の姿が浮かんだ。食べ物が無くて栄養失調で痩せこけて肋の浮いた体も。
「本当か?本当なのか?嘘などついてないだろうな?」と立ち上がって目の前の男を問い詰めた。
「ははっ、嘘など付いてませんよ。その代わり。。。。」
「その代わり何だよ!早く言えよ!」
「その言葉使い、そして一般常識とマナー、後は学力も磨いて頂きます。楽では無いですよ?貴方にそれが出来ますか?」とせせら笑った。
「ーーーー分かった。フランツの所へ行くよ。約束は守って貰う。」とフランツの目を見てゆっくりと話した。
「交渉成立ですね。私はフランツ・ドナー。
この国の教会を統べる教皇庁の総務局の局長をしているよ。これから宜しく頼む。」と俺の前へ手を差し出した。
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