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第二章 男の娘ニンジャと、はじまりの村

都合よく、服だけ溶かされる

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 しばらく歩き、森の中へ足を踏み入れた。

「この森って、こんなに薄暗かったっけ?」

 森の内部をさまよいながら、ボクは首をかしげる。
 
 普段なら、陽の光が入って心地よいくらいだ。
 昼間だというのに、なぜか肌寒かった。日差しが入ってきていない。

「それに、誰かに見られているかのような」

 歩いていると、キュアノの大きな背中にぶつかった。
 先頭を進んでいたキュアノが、突然立ち止まったのである。

「あふんっ」
 
 いい匂いがしたけれど、キュアノの放つ気配は、そんな幸せな空気さえ吹き飛ばす。

「どうしたの?」
「精霊の声が、か細い」


 この世界の森には精霊という守護者がいる。

 侵入者を拒んだり、世界の法則を管理していたりするのだ。魔物のような不浄の存在が入り込めば、精霊たちが動物に憑依して対処する。だが、森の住人たちに被害が出ると、精霊の加護は弱まってしまう。

「相当強いモンスターに、この森は弱らされている」

 ウルフやゴブリンくらいなら、森の動物でも倒せる。

 しかし今は、動物たちの勢いを感じない。


「急ごう。ダンジョンはどこ?」
「この先。岩場のところ」

 足早に歩くキュアノに、ボクもついていく。
 段々と、瘴気が濃くなってきた。

 なんなんだいったい。この状況は。

 実はこのルートを、脱走に使おうと思っていた。ここからなら、街も近い。夜になったら、家を飛び出そうとさえ考えていたのである。

 しかし、これでは脱走どころではない。

「あった。ここ」

 樹木地帯を抜けた岩場に、空洞が。

 岩肌には、不自然に裂けた切れ込みがある。
 まるで、誰かが大型の剣で切り裂いたような。

 岩にできた口から、吐き気をもよおす程の瘴気が溢れていた。

「中に入ろう」
「気をつけて、サヴ」

 ボクの安全を確保しながら、キュアノが先行する。ボクもついていく。

 雨も降っていないのに、湿気が充満して蒸し暑かった。

 うわ、ジメジメして気持ち悪い。服が湿っちゃう。

「なんだよ。肩にベトベトした水がついた! 服に匂いもついてしま……う?」

 いやいやいや! いつもなら、こんな気分にならないのに。そうか、これも装備の効果だなっ! ボクの感情にまで左右するなんて。呪いのアイテムだね!

「早く調査を済ませて帰ろう。この服を脱がないと」

 ある意味ではラスボスだと思うよ、この衣装は。人を男の娘に脳内変換してしまう、呪われアイテムだ。

 あちこちに、動物たちの骨が散乱していた。まだ新しいね。

「モンスターたちが村や畑を襲うようになったのは、おそらくエサ場を荒らされたから」
「ここから誰かが、魔物を召喚しているわけじゃない。けれど、魔物が村へ降りている原因はここだと?」

 キュアノはうなずく。

「だとしたら、早く元凶を退治しないとね」

 洞窟の奥へと進んだ。

 モンスターはいない。それどころか、さっき逃げていたモンスターさえ、死んでいるではないか。

「仲間割れ?」
「違う。おそらく共食い」

 いる。この先に、強力な力を持った敵が。

 体中をネバネバした表皮で包んだ生命体が、最奥部のフロア全部を占拠している。

 ダンジョンの深部にいたのは、大ナメクジだった。動物などを食べて、この洞窟に棲み着いていたようだ。

「それにしては、大きすぎない?」

 大ナメクジは、この一帯ではポピュラーな魔物だ。それがこんなにもデカくなるなんて。まるで、ダンジョンのフロア一面を覆うほどだ。

「誰だぁ。オレさまのテリトリに入ってくるやつはぁ」

 のっぺりとした声で、大ナメクジがあくびをする。言葉も話せるとは、知性も高い。

「お前のせいで、みんなが迷惑している。この村から出ていけ!」
「ちょうど動物では腹が満たされなかったところだぁ。人も襲うかぁ!」

 口を大きく開けて、ナメクジが粘液を飛ばしてくる。

「なんの!」
 
 ボクは紙一重でかわす。

 粘液は、ボクのいた場所の岩にへばりつく。

 一瞬で、岩がハチミツのように溶けた。大ナメクジ程度が射出できる出力ではない。

「お返しだ! 忍法・ねずみ花火!」

 持てるだけのクナイに火炎魔法をエンチャント、つまり付与して放つ。

 だが、「ジュッ」という音だけ複数鳴った。火はねね気まみれの表皮を焦がすには至らない。

「うおおお! あっちいいいい!」

 効いている? いや、怒らせただけのようだ。

「気をつけて。こいつ、【魔石】で強化されている」

「魔石だって!?」

 魔族が魔物をパワーアップさせるために使う宝石や鉱石を、魔石という。しかも、こんなに大きなパワーを出せる魔石なんて、魔王の勢力くらいしかいない。

「つまり、ここに魔王の配下が?」

「サブ、油断しないで」

 キュアノの声に、ボクは我に返る。

「おのれこうなったらぁ」

 大ナメクジが、身体を平べったくさせた。

 ボクの足に、ナメクジの胴体が絡みつく。

「これで逃げられまいぃ! ペッペッ」

 立て続けに、ナメクジが口から粘液を吐き出した。

 一発目は回避したが、二発目が肩をかすめる。

「わあ、しまった!」

 ジュワッと音がして、肩のパフスリーブに穴が空いた。しかし、皮膚が炎症を起こす気配はない。これは!

「これって、まさか!」

 あれだ、【都合よく服だけ溶かす粘液】に違いない!
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