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第六章 メンヘラ、レコーディングをする

第29話 下落局面

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「おおおおお……」

 テーブルに置いたノートPCの画面を見て、ウチはうなだれていた。

「アンさん、どうなさいました? 顔出しNG水着グラビア、好評じゃないですか」

「ちゃうねん、株価を見てよ、これ」

 ありとあらゆる商品お株価が、軒並み下がってきた。
 全世界レベルで、景気が冷え込んでいるせいだ。

 基本、「インデックスファンドに気絶投資がいい」と、されている。
 あとは、ほったらかせと。とにかく積み立て投資設定したら、放置ゲーの一択である。

 とはいえ、気になるっちゃ気になる。

 ついつい、株の値動きを見てしまう。見ても仕方ないのに。

 行儀悪く、ウチは食卓でノートPCを広げていた。
 
「気になりますか?」

 隣でトンテキを食べているむつみちゃんが、ウチの様子を覗き込む。
 
「やっぱしなあ」

 別に金額が落ち込むことに、抵抗はない。
 株の値動きなんて、いつかは下落相場が来るのだ。

 下落時に、投資の種銭があるかどうか。
 値段が下がっているときに、できれば仕込みたい。

「なまじ株をやってるとさあ、『今がチャンスなんとちゃうか?』って思ってしまうんよ」

 ウチが気にしているのは、投資タイミングである。

 積立投資枠は、そのまま積立設定を継続しているので、影響はない。
 淡々と、設定通り動いてくれる。

 問題は、手動設定でも投資できる状態のときだ。

「どないしょうか」と、考えてしまう。

 ヘタにぶち込んで、また値下がりしたらと思うと、手が動かない。

「非課税制度が、今は本格的に始まってるやん。そのタイミングで下落ってなあ」

「狼狽売りという、現象ですね」

 株価が下落すると、気が弱い人は「今、株を持っていると損なのでは?」と、現金に変える。
 その心理を「狼狽売り」という。
 投資の上で、もっとも避けたい状態だ。

 FIREを目指す人は、一時期相場が荒れて、自身の計画も揺らいだ。「もうアカン」「FIREやめます」といった発言が、SNSに溢れていた。
 
 今もその状態である。

 戦争や、それによる物資不足、円安など、下がる要因は、数しれない。

「いいことを教えましょう。とある投資指導チャンネルに、こういう質問が来たんです」

 日本政府が、『株式投資非課税制度』を導入した際のことだ。
『こんな制度が導入されたら、日本国民が一斉に投資するだろう。そのとき、商品の金額が爆発的に上がってしまうのではないか?』と。
 買いたくても買えなくなるのではないか、と、質問者は考えたらしい。

「そのチャンネルが調べたところ、『たとえ全日本国民の保有貯金額を投資したとしても、全世界レベルで言えば、ほんの数%しか影響しない』そうです」

 高額を投資したところで、個人が経済に影響を及ぼすなんて、ありえないと。

「個別株であれば、値動きなどは気にしたほうがいいでしょう。ですが、アンさんは個別株なんて投資してしないですよね?」

「お金は使ってないね」

 実は、ウチは個別株を持っている。

 ただし、それはキャンペーンの景品でしかない。

 海外商品に強い証券アプリの口座を開設をして、一定額を振り込んだだけである。
 特典として、全員に海外の会社の株をもらえるのだ。
 
「といっても、くじ引きやったから、狙った商品はゲットできんかったけど」

「ああ、私が紹介したサイトですね?」

「そうそう。あれから、まったく手はつけてないよ」

「正解です。なかったものとして、ホールドしておくのが正解でしょう」

「せやけど、狼狽売りは避けたいね」

「はい。どうしてそうなるかというと、投資しすぎなんですよね」

「投資にも、やりすぎがあるん?」

「はい。リスクのとりすぎといえばいいでしょうね。以前、生活防衛資金という話はしましたよね?」

 ウチは、うなずく。

 生活費の三ヶ月か半年、現金として保有しておくことだ。
 事故や入院などで働けなくなっても、そこから引き出せばいい。

「たいていのFIRE志望者は、株の配当だけで生活しようとします。ですがこういった暴落が来ると、その希望が崩れてしまうんです。結局働かないといけない、って」

 資金調達先を持っていないため、現金を少しでも持っておきたくて、狼狽売りをしてしまうのだろう。

「ですから、現実的なのはサイドFIREなんですよ」
 働いて日々の生活費を確保しつつ、老後に備えたりとか。金融資産の取り崩しは、サブスク代か水道光熱費に留めるとかだ。

「投資財産だけで生活するFIREを、否定はしません。ただ見直すべきなのは、ムリをしない働き方の方なのではないかと」

 自分のやりたいことをやる時間を確保できないなら、労働時間に問題がある。
 パワハラが辛いなら、そんな会社は論外だ。稼ぎがよくても、病んでしまう。
 
 要は「なぜやめたいのか」「仕事の問題点がどこにあるのか」を確かめてから、FIREは考えたほうがいい。
 
「アンさんは、Vをする前はどういった仕事をなさっていたので?」

「化粧品会社やなぁ。Vを始めようと思って、やめたけど」

 社会保険、福利厚生は魅力的だったが、活動の時間が取れなかった。
 なので、時間の自由がきくバイトに移行したのである。

「仕事自体は、楽しかってんよ。接客も苦じゃないし。せやけど人気すぎて、自分の時間が取られへんかったなぁ」

 お客さんのリクエストに答えてばかりで、自由はなかった。
 帰ってからも、予約してくれたお客さまの対応に追われていたっけ。

「アルバイトは、どのようなことを?」

「ドラッグストア」

「どおりで、肌がおきれいだと思っていました」

「一応、ケアは欠かしてないよ」

 コンビニの場合、なんでもしないといけない。力仕事も、ムリだ。
 そのため、化粧品を置いているドラッグストアだけに仕事先を絞った。

「化粧品の知識はあるから、食いっぱぐれたらまたそっち方面か、ドラッグストアでバイトかなーって考えてる」

「一応、ウチが潰れたときの先も考えてらっしゃるんですね?」

「ちょっと待って待って。なんでそんな話になるん?」

 不穏な話になってきたので、ウチはむつみちゃんに詰め寄った。
 
「別に、深い意味はないんですが」

「なんかウチの会社って、買収とかされそうなん?」
 
「違います。暴落時ですからね。ウチもどうなるかわからないってだけで」

 たしかに、世界的に見てもあまりいい状態ではない。

「とはいえ、経済は常に右肩上がりです。オルカンのインドへの比率も、上がっているそうですし。そういうのを自動的に調節してくれるオルカンは、やはり鉄板なんですよ」

 自分でいちいちリバランスしなくても、機械が勝手にコントロールをしてくれる。

 投資一本で食べようと思ったら、こういう機能は不安かもしれない。学びも得られないだろう。

 しかし、ウチらには他にやることがある。やりたいことも。
 そんなときに株ばかりに目が行っていたら、それこそ機会損失なのだ。 
 
 経済状況に対して、ウチにできることはない。
 黙々と、投資額を積み立てるのみ。

「それはそうと、超美麗3Dによる水着グラビア、好評ですよ」
 
 しらすママには、「おもむろ アンは、ウチと同じプロポーションで」とリクエストした。
 ちなみにグラビア内の映像は、しらすママが描いたのと同じポーズを取っている。

 ネットでは、「アンちゃんが画面から飛び出してきたみたいだ」と、絶賛されていた。

 アダルト系でも、アバターは貧乳なのに中の人が爆乳だったりする。
 それで、中身の方に人気が出てしまうケースだってあるのだ。

 ウチはイメージを大切にするので、超美麗3Dの仕事がある事務所だと見越して、そういうデザインにしてもらっている。

「ウケてよかったぁ。アバターだけでしか愛してくれへん人もおるさかい、不安やってんよ」

「そういう人は、我が社を応援しませんよ」
 
 次の配信では、そのしらすママと絡む。
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