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第五章 メンヘラ、炎上した先輩に会いに行く
第25話 作曲家 ハッカむしヨケ氏
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「はじめまして、愛宕 リアンさん。作曲家をやっております、ハッカむしヨケです」
ワン・タンメン先輩の交際相手と、対面できた。
音楽プロデューサーの「ハッカむしヨケ」さんは、コメントが流れるタイプの動画配信サイトが隆盛の頃、ボカロ楽曲で名を馳せた人物だ。
10代後半の頃からボカロにのめり込み、まったくの独学で音楽に触れてきたらしい。それが今では、あぶLOVEナンバー三のワン・タンメン先輩に楽曲を提供するまでになった。
ただ、イケメンかというと、どうだろう?
たしかに、若々しいけど。ウチより一歳、年上なんだっけ。
「は、はじめまして、徐 行の中の人です」
(……なにをしゃべったらええねん?)
ウチが推してるアニメの、主題歌を作った人が、眼の前にいる。
ただこの人のせいで、むつみちゃんが大変な目に遭っているのだ。
どう話を切り出せばいいのか。
「とにかく、ワン先輩は無事です。ちょっと、具合が悪くなっただけだそうで」
過剰なストレスがかかっていたので、リラックスした瞬間に疲れがドッと押し寄せたのではないかと。
ウチがなにも咎めなかったことで、疲労を吐き出せたのではないか、とお医者さんは言っていた。
感謝までされたのだが。
「あのままなんの感情も発散できず、塞ぎ込んでいたら、お腹の子どもにも影響があったかもしれなかった」と。
「ミヤちゃんの側にいてくれて、ありがとう」
ミヤちゃん?
ウチは、ベッドに書かれた名前を確認する。
『若葉 芽衣子』と書かれていた。
誰だ、ミヤちゃんって? 人違い?
「ワン・タンメンさんの、ことです」
「ああ、さっきからミヤちゃんって、誰のことなんやろうって思ってたけど。ワン先輩のことやったんですね?」
ウチらは基本、外では「別名」で呼び合っている。
「ヤマダ」とか「斎藤」とか。
外では、誰が聞いているかわからない。そのため、本名を呼び合うことすらないのだ。
ハッカむしヨケさんは、ワン先輩を本名ではなく、「ミヤ」と呼んでいるみたい。
「ワタシ、ギャルゲの声を当ててたでしょ? そのキャラクターの名前」
ワン先輩の素性がバレそうになると、その都度キャラ名を変えて連絡を取り合っていたらしい。
「ワン先輩とは、やはりお仕事で?」
二人は何度か、一緒に仕事をしている。
そのつながりだろうか?
「いえ。同郷で、同級生です」
なんと、高校時代から交際していたらしい。
「ほわあああ。幼馴染や!」
病院なのに、興奮してしまいそうになった。
「違います。学区が一緒ってだけで、家が隣同士とかではないです」
「じゃあ、初恋同士とか?」
「いえ、中学当時は、お互いに別の恋人がいまして」
同級生だって知ったのも、仕事をしてからだという。
「そうですか……って、ちゃうがな!」
一人ノリツッコミをしてしまう。
そんな話をするのが、目的ではない。
「進展はどないなコトに、なりそうですか?」
「相手方には、相当な処罰が下るようです」
まったく、相手に反省の色がないという。
交際相手が現れたというのに、未だ彼氏面をしているとか。
弁護士側に暴力をふるったことで、結局は警察が介入することに。
アカンな、これは。
オトコのメンヘラは、需要ないっちゅうねん。
単純に、イタイ。
むつみちゃん側も、一切かかわらないようにするとか。
「申し訳ありません。自分たちの保身だけを考えて、まったく会社の都合などを考えていませんでした」
「むつみちゃんには、話し合ったんでしょ? むつみちゃんが納得した上の決断やったら、ウチからはなにも。ただ、ワン先輩を幸せにすることだけ考えてください。ウチがいうことや、ないけど」
「はい。重ね重ね、お詫び申し上げます」
何度も、ハッカさんは頭を下げる。
「聞けば、春日 むつみ社長とは古くからのご友人だとか?」
「いや、最近再会したばっかりですんで。昔は、交流していましたけど」
「近々、お話したいことがあります。今日はミヤちゃんの回復を優先したいので」
「そうですね。ほな、ウチはここで」
ウチは、二人きりにすることにした。
「近くまで、お送りします」
ハッカさんが席を立つ。
「タクシー使うんで、大丈夫ですわ」
「泊まるなら、あとで請求して」
「ここぞとばかりに高いところ、泊まりますさかいに。遠慮します。では、また明日、様子見に来ますよってに」
二人からのありがたい提案を、ウチは丁重にお断りした。
病院の入口で、タクシーを拾った。
駅前の、カプセルホテルに泊まる。
銭湯が近くにある、いい感じなところに。
ジムに通っていると、こういうところにも詳しくなっていく。
どこで汗を流せるか、どこで寝られるか、検索をかけるクセがついていた。
銭湯でサウナに入って、ホテルの一室に。
「はあああ」
あったまった身体に、ハイボールを流し込む。
数時間ぶりに、アルコールを補充できた。
病院じゃ、飲めないから。
「緊張したぁ」
あの二人のイチャイチャ空間に、ずっといられる気がしない。
退席して、正解だろう。
そういえば、なんにも食べてないことに気がついた。
「ラーメン食べよ」
近くの店を検索し、乗り込む。
「はあ……」
(閉まってるやんけ! これぞ、田舎あるある!)
昔はヘンピなところに住んでいたんだから、少し考えたらわかっていたものを!
ここは都会ではない。田舎の駅前だ。
二四時間の店がある方が、珍しい。
「でも、トラックの運ちゃん用の店があるはずや」
こういうところは、そういう店を求めて、運ちゃんも寄ってくる。
ガッツリしたものを、腹に入れたい。
かなり、ストレスが溜まっている気がした。
緊張が取れたから、ようやく胃が活性化したみたい。
「あった。開いてる!」
こじんまりとした、屋台が見つかった。
客はホストらしき男性と、同伴の女性客しかいない。
「らっしゃい。なににしよか?」
スポーツ刈りの大将が、オーダーを聞いてくる。
「日本酒! なにがある?」
「ウチだとねえ、『唐草模様』なら」
辛口の酒だ! 欲しい!
「おお、どんぶりで!」
デカいお椀に、大将が並々と日本酒を注ぐ。
おでんと、砂ずりの塩焼きと一緒に、いただきます。
「くうううう! これはええ!」
「お嬢さん、いいね!」
どんぶり日本酒をちびちびとやりながら、ズリの串焼きにかぶりつく。
「もう一杯、ちょうだい! あとは、ホッケ焼き」
このまま朝まで、飲みたいくらいだ。
しかし明日は、一旦ワン先輩のところに行ってから、帰らなければならない。
「家族、かぁ」
夫婦と、子どもがいる家を、想像してみる。
だが、ウチにはなんのビジョンも湧かなかった。
両親が共働きで、あまり家に帰ってこなかったからだ。
「どうしたんだい?」
ラーメンを作っている大将が、ウチに声をかけてきた。
「いやね、友だちの妊娠がわかって、カレシが病院まで飛んできたんですよ」
「いいね。ドラマチックだねえ。おじさん、前の女房には逃げられちまってよ。これで」
大将が、小指を立てる。
隣でお皿を洗っている店員が、新しい奥さんだとか。
「お客さんは、どうなんです?」
「ウチは、全然」
大将からの質問を、笑ってはぐらかした。
ウチはダメな自分が大好きすぎて、結婚できないだろうな。
「ごちそうさま。ねえねえ、このあとさ、もうお店よらないでこのままホテル言っちゃわない?」
「やっだー。ケンヤ。エローい!」
ホストの肩を押して、女性が千鳥足のままお会計を済ませる。
それ、ホストがやっていい発言なのか? と一瞬思った。が、あのホストはさほど若くない。女性客とも、歳が近そう。冗談を言い合える、仲なのかもしれない。
姉も、あんな感じだったな。
ウチには姉がいるが、ホストに狂ってしまった。
実は、ウチはファッションメンヘラである。
姉をサンプルに、キャラを演じているに過ぎない。
ワン・タンメン先輩の交際相手と、対面できた。
音楽プロデューサーの「ハッカむしヨケ」さんは、コメントが流れるタイプの動画配信サイトが隆盛の頃、ボカロ楽曲で名を馳せた人物だ。
10代後半の頃からボカロにのめり込み、まったくの独学で音楽に触れてきたらしい。それが今では、あぶLOVEナンバー三のワン・タンメン先輩に楽曲を提供するまでになった。
ただ、イケメンかというと、どうだろう?
たしかに、若々しいけど。ウチより一歳、年上なんだっけ。
「は、はじめまして、徐 行の中の人です」
(……なにをしゃべったらええねん?)
ウチが推してるアニメの、主題歌を作った人が、眼の前にいる。
ただこの人のせいで、むつみちゃんが大変な目に遭っているのだ。
どう話を切り出せばいいのか。
「とにかく、ワン先輩は無事です。ちょっと、具合が悪くなっただけだそうで」
過剰なストレスがかかっていたので、リラックスした瞬間に疲れがドッと押し寄せたのではないかと。
ウチがなにも咎めなかったことで、疲労を吐き出せたのではないか、とお医者さんは言っていた。
感謝までされたのだが。
「あのままなんの感情も発散できず、塞ぎ込んでいたら、お腹の子どもにも影響があったかもしれなかった」と。
「ミヤちゃんの側にいてくれて、ありがとう」
ミヤちゃん?
ウチは、ベッドに書かれた名前を確認する。
『若葉 芽衣子』と書かれていた。
誰だ、ミヤちゃんって? 人違い?
「ワン・タンメンさんの、ことです」
「ああ、さっきからミヤちゃんって、誰のことなんやろうって思ってたけど。ワン先輩のことやったんですね?」
ウチらは基本、外では「別名」で呼び合っている。
「ヤマダ」とか「斎藤」とか。
外では、誰が聞いているかわからない。そのため、本名を呼び合うことすらないのだ。
ハッカむしヨケさんは、ワン先輩を本名ではなく、「ミヤ」と呼んでいるみたい。
「ワタシ、ギャルゲの声を当ててたでしょ? そのキャラクターの名前」
ワン先輩の素性がバレそうになると、その都度キャラ名を変えて連絡を取り合っていたらしい。
「ワン先輩とは、やはりお仕事で?」
二人は何度か、一緒に仕事をしている。
そのつながりだろうか?
「いえ。同郷で、同級生です」
なんと、高校時代から交際していたらしい。
「ほわあああ。幼馴染や!」
病院なのに、興奮してしまいそうになった。
「違います。学区が一緒ってだけで、家が隣同士とかではないです」
「じゃあ、初恋同士とか?」
「いえ、中学当時は、お互いに別の恋人がいまして」
同級生だって知ったのも、仕事をしてからだという。
「そうですか……って、ちゃうがな!」
一人ノリツッコミをしてしまう。
そんな話をするのが、目的ではない。
「進展はどないなコトに、なりそうですか?」
「相手方には、相当な処罰が下るようです」
まったく、相手に反省の色がないという。
交際相手が現れたというのに、未だ彼氏面をしているとか。
弁護士側に暴力をふるったことで、結局は警察が介入することに。
アカンな、これは。
オトコのメンヘラは、需要ないっちゅうねん。
単純に、イタイ。
むつみちゃん側も、一切かかわらないようにするとか。
「申し訳ありません。自分たちの保身だけを考えて、まったく会社の都合などを考えていませんでした」
「むつみちゃんには、話し合ったんでしょ? むつみちゃんが納得した上の決断やったら、ウチからはなにも。ただ、ワン先輩を幸せにすることだけ考えてください。ウチがいうことや、ないけど」
「はい。重ね重ね、お詫び申し上げます」
何度も、ハッカさんは頭を下げる。
「聞けば、春日 むつみ社長とは古くからのご友人だとか?」
「いや、最近再会したばっかりですんで。昔は、交流していましたけど」
「近々、お話したいことがあります。今日はミヤちゃんの回復を優先したいので」
「そうですね。ほな、ウチはここで」
ウチは、二人きりにすることにした。
「近くまで、お送りします」
ハッカさんが席を立つ。
「タクシー使うんで、大丈夫ですわ」
「泊まるなら、あとで請求して」
「ここぞとばかりに高いところ、泊まりますさかいに。遠慮します。では、また明日、様子見に来ますよってに」
二人からのありがたい提案を、ウチは丁重にお断りした。
病院の入口で、タクシーを拾った。
駅前の、カプセルホテルに泊まる。
銭湯が近くにある、いい感じなところに。
ジムに通っていると、こういうところにも詳しくなっていく。
どこで汗を流せるか、どこで寝られるか、検索をかけるクセがついていた。
銭湯でサウナに入って、ホテルの一室に。
「はあああ」
あったまった身体に、ハイボールを流し込む。
数時間ぶりに、アルコールを補充できた。
病院じゃ、飲めないから。
「緊張したぁ」
あの二人のイチャイチャ空間に、ずっといられる気がしない。
退席して、正解だろう。
そういえば、なんにも食べてないことに気がついた。
「ラーメン食べよ」
近くの店を検索し、乗り込む。
「はあ……」
(閉まってるやんけ! これぞ、田舎あるある!)
昔はヘンピなところに住んでいたんだから、少し考えたらわかっていたものを!
ここは都会ではない。田舎の駅前だ。
二四時間の店がある方が、珍しい。
「でも、トラックの運ちゃん用の店があるはずや」
こういうところは、そういう店を求めて、運ちゃんも寄ってくる。
ガッツリしたものを、腹に入れたい。
かなり、ストレスが溜まっている気がした。
緊張が取れたから、ようやく胃が活性化したみたい。
「あった。開いてる!」
こじんまりとした、屋台が見つかった。
客はホストらしき男性と、同伴の女性客しかいない。
「らっしゃい。なににしよか?」
スポーツ刈りの大将が、オーダーを聞いてくる。
「日本酒! なにがある?」
「ウチだとねえ、『唐草模様』なら」
辛口の酒だ! 欲しい!
「おお、どんぶりで!」
デカいお椀に、大将が並々と日本酒を注ぐ。
おでんと、砂ずりの塩焼きと一緒に、いただきます。
「くうううう! これはええ!」
「お嬢さん、いいね!」
どんぶり日本酒をちびちびとやりながら、ズリの串焼きにかぶりつく。
「もう一杯、ちょうだい! あとは、ホッケ焼き」
このまま朝まで、飲みたいくらいだ。
しかし明日は、一旦ワン先輩のところに行ってから、帰らなければならない。
「家族、かぁ」
夫婦と、子どもがいる家を、想像してみる。
だが、ウチにはなんのビジョンも湧かなかった。
両親が共働きで、あまり家に帰ってこなかったからだ。
「どうしたんだい?」
ラーメンを作っている大将が、ウチに声をかけてきた。
「いやね、友だちの妊娠がわかって、カレシが病院まで飛んできたんですよ」
「いいね。ドラマチックだねえ。おじさん、前の女房には逃げられちまってよ。これで」
大将が、小指を立てる。
隣でお皿を洗っている店員が、新しい奥さんだとか。
「お客さんは、どうなんです?」
「ウチは、全然」
大将からの質問を、笑ってはぐらかした。
ウチはダメな自分が大好きすぎて、結婚できないだろうな。
「ごちそうさま。ねえねえ、このあとさ、もうお店よらないでこのままホテル言っちゃわない?」
「やっだー。ケンヤ。エローい!」
ホストの肩を押して、女性が千鳥足のままお会計を済ませる。
それ、ホストがやっていい発言なのか? と一瞬思った。が、あのホストはさほど若くない。女性客とも、歳が近そう。冗談を言い合える、仲なのかもしれない。
姉も、あんな感じだったな。
ウチには姉がいるが、ホストに狂ってしまった。
実は、ウチはファッションメンヘラである。
姉をサンプルに、キャラを演じているに過ぎない。
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