上 下
25 / 33
第五章 メンヘラ、炎上した先輩に会いに行く

第25話 作曲家 ハッカむしヨケ氏

しおりを挟む
「はじめまして、愛宕あたご リアンさん。作曲家をやっております、ハッカむしヨケです」

 ワン・タンメン先輩の交際相手と、対面できた。

 音楽プロデューサーの「ハッカむしヨケ」さんは、コメントが流れるタイプの動画配信サイトが隆盛の頃、ボカロ楽曲で名を馳せた人物だ。
 10代後半の頃からボカロにのめり込み、まったくの独学で音楽に触れてきたらしい。それが今では、あぶLOVEナンバー三のワン・タンメン先輩に楽曲を提供するまでになった。

 ただ、イケメンかというと、どうだろう?
 たしかに、若々しいけど。ウチより一歳、年上なんだっけ。

「は、はじめまして、おもむろ アンの中の人です」

(……なにをしゃべったらええねん?)
 
 ウチが推してるアニメの、主題歌を作った人が、眼の前にいる。
 ただこの人のせいで、むつみちゃんが大変な目に遭っているのだ。

 どう話を切り出せばいいのか。

「とにかく、ワン先輩は無事です。ちょっと、具合が悪くなっただけだそうで」

 過剰なストレスがかかっていたので、リラックスした瞬間に疲れがドッと押し寄せたのではないかと。

 ウチがなにも咎めなかったことで、疲労を吐き出せたのではないか、とお医者さんは言っていた。
 
 感謝までされたのだが。

「あのままなんの感情も発散できず、塞ぎ込んでいたら、お腹の子どもにも影響があったかもしれなかった」と。

「ミヤちゃんの側にいてくれて、ありがとう」

 ミヤちゃん?

 ウチは、ベッドに書かれた名前を確認する。

若葉ワカバ 芽衣子メイコ』と書かれていた。

 誰だ、ミヤちゃんって? 人違い?
 
「ワン・タンメンさんの、ことです」
 
「ああ、さっきからミヤちゃんって、誰のことなんやろうって思ってたけど。ワン先輩のことやったんですね?」

 ウチらは基本、外では「別名」で呼び合っている。
「ヤマダ」とか「斎藤」とか。
 外では、誰が聞いているかわからない。そのため、本名を呼び合うことすらないのだ。
 
 ハッカむしヨケさんは、ワン先輩を本名ではなく、「ミヤ」と呼んでいるみたい。

「ワタシ、ギャルゲの声を当ててたでしょ? そのキャラクターの名前」

 ワン先輩の素性がバレそうになると、その都度キャラ名を変えて連絡を取り合っていたらしい。
   
「ワン先輩とは、やはりお仕事で?」

 二人は何度か、一緒に仕事をしている。
 そのつながりだろうか?

「いえ。同郷で、同級生です」

 なんと、高校時代から交際していたらしい。

「ほわあああ。幼馴染や!」

 病院なのに、興奮してしまいそうになった。

「違います。学区が一緒ってだけで、家が隣同士とかではないです」

「じゃあ、初恋同士とか?」

「いえ、中学当時は、お互いに別の恋人がいまして」

 同級生だって知ったのも、仕事をしてからだという。

「そうですか……って、ちゃうがな!」

 一人ノリツッコミをしてしまう。
 
 そんな話をするのが、目的ではない。

「進展はどないなコトに、なりそうですか?」

「相手方には、相当な処罰が下るようです」


 まったく、相手に反省の色がないという。
 交際相手が現れたというのに、未だ彼氏面をしているとか。
 弁護士側に暴力をふるったことで、結局は警察が介入することに。

 アカンな、これは。
 オトコのメンヘラは、需要ないっちゅうねん。
 単純に、イタイ。

 むつみちゃん側も、一切かかわらないようにするとか。


「申し訳ありません。自分たちの保身だけを考えて、まったく会社の都合などを考えていませんでした」

「むつみちゃんには、話し合ったんでしょ? むつみちゃんが納得した上の決断やったら、ウチからはなにも。ただ、ワン先輩を幸せにすることだけ考えてください。ウチがいうことや、ないけど」
 
「はい。重ね重ね、お詫び申し上げます」

 何度も、ハッカさんは頭を下げる。

「聞けば、春日かすが むつみ社長とは古くからのご友人だとか?」

「いや、最近再会したばっかりですんで。昔は、交流していましたけど」

「近々、お話したいことがあります。今日はミヤちゃんの回復を優先したいので」

「そうですね。ほな、ウチはここで」

 ウチは、二人きりにすることにした。

「近くまで、お送りします」

 ハッカさんが席を立つ。

「タクシー使うんで、大丈夫ですわ」

「泊まるなら、あとで請求して」

「ここぞとばかりに高いところ、泊まりますさかいに。遠慮します。では、また明日、様子見に来ますよってに」

 二人からのありがたい提案を、ウチは丁重にお断りした。

 
 病院の入口で、タクシーを拾った。
 駅前の、カプセルホテルに泊まる。
 銭湯が近くにある、いい感じなところに。
 ジムに通っていると、こういうところにも詳しくなっていく。
 どこで汗を流せるか、どこで寝られるか、検索をかけるクセがついていた。

 銭湯でサウナに入って、ホテルの一室に。
 
「はあああ」

 あったまった身体に、ハイボールを流し込む。
 数時間ぶりに、アルコールを補充できた。
 病院じゃ、飲めないから。

「緊張したぁ」

 あの二人のイチャイチャ空間に、ずっといられる気がしない。
 退席して、正解だろう。
 そういえば、なんにも食べてないことに気がついた。

「ラーメン食べよ」

 近くの店を検索し、乗り込む。

「はあ……」

(閉まってるやんけ! これぞ、田舎あるある!)
 
 昔はヘンピなところに住んでいたんだから、少し考えたらわかっていたものを!

 ここは都会ではない。田舎の駅前だ。
 二四時間の店がある方が、珍しい。

「でも、トラックの運ちゃん用の店があるはずや」

 こういうところは、そういう店を求めて、運ちゃんも寄ってくる。

 ガッツリしたものを、腹に入れたい。
 かなり、ストレスが溜まっている気がした。
 緊張が取れたから、ようやく胃が活性化したみたい。

「あった。開いてる!」

 こじんまりとした、屋台が見つかった。

  客はホストらしき男性と、同伴の女性客しかいない。
 
「らっしゃい。なににしよか?」

 スポーツ刈りの大将が、オーダーを聞いてくる。

「日本酒! なにがある?」

「ウチだとねえ、『唐草模様』なら」

 辛口の酒だ! 欲しい!

「おお、どんぶりで!」

 デカいお椀に、大将が並々と日本酒を注ぐ。

 おでんと、砂ずりの塩焼きと一緒に、いただきます。

「くうううう! これはええ!」

「お嬢さん、いいね!」

 どんぶり日本酒をちびちびとやりながら、ズリの串焼きにかぶりつく。
 
「もう一杯、ちょうだい! あとは、ホッケ焼き」

 このまま朝まで、飲みたいくらいだ。
 しかし明日は、一旦ワン先輩のところに行ってから、帰らなければならない。

 
「家族、かぁ」


 夫婦と、子どもがいる家を、想像してみる。
 だが、ウチにはなんのビジョンも湧かなかった。
 両親が共働きで、あまり家に帰ってこなかったからだ。

 
「どうしたんだい?」

 ラーメンを作っている大将が、ウチに声をかけてきた。

「いやね、友だちの妊娠がわかって、カレシが病院まで飛んできたんですよ」

「いいね。ドラマチックだねえ。おじさん、前の女房には逃げられちまってよ。これで」

 大将が、小指を立てる。
 隣でお皿を洗っている店員が、新しい奥さんだとか。

「お客さんは、どうなんです?」

「ウチは、全然」

 大将からの質問を、笑ってはぐらかした。

 ウチはダメな自分が大好きすぎて、結婚できないだろうな。

「ごちそうさま。ねえねえ、このあとさ、もうお店よらないでこのままホテル言っちゃわない?」
 
「やっだー。ケンヤ。エローい!」

 ホストの肩を押して、女性が千鳥足のままお会計を済ませる。

 それ、ホストがやっていい発言なのか? と一瞬思った。が、あのホストはさほど若くない。女性客とも、歳が近そう。冗談を言い合える、仲なのかもしれない。
 
 姉も、あんな感じだったな。
 
 ウチには姉がいるが、ホストに狂ってしまった。

 実は、ウチはファッションメンヘラである。
 姉をサンプルに、キャラを演じているに過ぎない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...