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ドラゴン娘とハムスター娘

種つきミカン

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 向かいで、ドラゴンの亜人がミカンを食べている。
 ドラゴンといっても特に暴れん坊ってわけでもない。
 ウロコをジャージに義体化し、コタツでくつろぐような干物女だ。

 ハムスター亜人であるわたしも、コタツで向かい合ってミカンをカリカリと食べている。
 わたしはモフモフの毛をパーカーに擬態させて、人間に化けていた。

 人間社会で暮らすには、姿をごまかす必要がある。

 突然、ドラゴンが顔をしかめた。
 
「あう。また種が入ってた」

 丁寧に、ドラゴンは口から種だけを吐き出す。

 ガリッといったからか、種は砕けていた。
 

「いいな、わたしも種つきほしい」
「ほしいってやつには来ないよね。種つき」
「うん。種つき出たらちょうだい」
「出たわ。ほい」
「あーん」
 
 わたしは、ドラゴンにミカンを食べさせてもらう。
 種カリカリおいしい。

「前歯で行くとか、やばいね」
「そうかな。ハムスター界隈では普通なんだけど?」
「歯が丈夫だね、あんた」
「まあ、丈夫な方かな?」

 そんなとりとめのない会話で終わるはずだった。

 しかし、今日のドラゴンはなーんかおかしい。


「ごめんくださーい」

 お客さんの声とともに、自動ドアが開く音がする。

「はーい。今行きまーす」

 わたしたちの家は、酒屋さんだ。
 店舗の方へ早足で向かう。

「お前も早く来るんだよ」
「寒い」
「いいから」

 ドラゴン娘の手を引いて、店へ。

「店主さんは?」

 客は、若い男性のようだ。
「そのようだ」と表現したのは……。 
 
「すいません、いま出ていまして」
「そうですか。その方がいいかもですね」
「ええ。ですかね」


 客の容姿を見て、わたしは同意する。

 男性のような「存在」は、ボンヤリとしていて、頭に木の枝のような角が生えている。

「亜人」だ。「神様」か「あやかし」の類だろう。
 店主である大将なら、もっと詳しいんだけど。

 わたしたちの勤める酒屋は、彼らのような「異界の住人」も相手にする。

 うちの大将は、わたしたちを拾う前から亜人用の酒屋を経営していたらしい。

 接客とボディガードをすること。それが、わたしたちがここに住む条件である。

「実は、妻になる方のご両親にあいさつするので、お酒をいただきたいのですが」

 ぼんやり男性の左手には、指輪が。
 
「はい。プレゼントでしたら、こちらなんて喜ばれますよー」

 軽めのお酒をチョイスする。瓶が小さくて、キレイなのだ。
 それでいて味わいが深いとか。飲めないから、わたしにはわからないが。
 
「んな? こっちの辛口のほうがよくね?」

 ドラゴン娘が、濁った色の瓶をドンとカウンターに置く。

「それ精力剤じゃん! 親御さんをハッスルさせてどうすんだ!?」
「両親まとめて夜のオツトメを」
「やめんかい」
 
 まあ、こんなバカは放っておいて。
 
「ありがとうございます。こちらもいただきます」
「それは悪ふざけであって!」
「いえいえ。自分たちで飲んでみますね。では」

 二本の酒を購入し、異界のお客は去っていった。

 再び、コタツへ戻る。
 

「あのさ。前から聞きたかったんだけどさ」
「はい?」
「あんたちゅ~するときどんなカンジなん?」

 わたしは、ミカンをノドにつまらせかけた。

 こいつ、さっきの新婚客に触発されたか?

「いきなり何さ、あんた!」
「だって『ファーストキスはレモンの味』とか言うのを、思い出しちゃって」

 どえらいタイミングで思い出したな……。

「我々が食ってるのはミカンじゃん」
「ミカンだけどさぁ」

 しばしの沈黙の後、ドラゴンが問いかける。
 
「ちゅ~するときさ、前歯が当たったりしないの?」
「それは、げっ歯類に対する偏見ですぜ、お嬢さま」
「お嬢様じゃねえし。酒屋のバイトだし」
「知ってますけどね。とはいえ、偏見だってば」
「じゃあ、ちゅ~したことは?」

 わたしは、フリーズした。

「ないんじゃん」
「仕方ないじゃん。相手がいないんなら、試しようがないもん」
「手頃なオスでも捕まえてきてやろうか?」
「いらないよー」

 今は冬だから、繁殖期じゃない。
 生産性のない異性交友はノーサンキューだ。
 
「そういうあんたはどうなのさ?」
「何が?」
「ちゅ~するとき、ブレス吐いたりしないの?」
「吐くか! それ偏見だから!」

 なに牙をむき出しにして怒ってんのさ?
 
「じゃあ、……ちゅ~とか、するの?」
「すすすするか! 何を言わせるんだ!? そんな相手なんざおらん」

 しないんじゃん。
 
「じゃあ言わないでくれますか~? 人のこと、いや、ハムスターのコト言えませーん」
「ぐぬぬ……痛った! また種あった! もう!」

 ガリッと言ったから、相当痛かっただろう。

「食うか?」

 口から出ているミカンを、「ほら」と差し出す。

 砕けた種が見えた。

「前歯が当たってもいいなら」

 わたしは、口を近づけてみる。


「い、いいのか? ほんとに当たっちまうんだぞ?」

 なぜか、ドラゴンの声がうわずっていた。

「だからいいって。ビビってんの?」

 
 わたしたちの距離を、コタツが隔てている。
 だから、わたしは身を乗り出してみた。

「……あーもう。いいや。からかって悪かったよ」

 また、ドラゴンは丁寧に種だけを吐き出す。

 んだよ、ドラゴンのくせにいくじなし。
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