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第一章 ファーストキスはケチャップ味

はじめての……

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 僕と由佳里の目が合う。


 由佳里が僕を見て、笑った……。


 なんで、笑うんだよ。苦しいんだろ?

 もう充分じゃないか。君が凄いのはよくわかった。後は、僕が食べるよ。

 僕は、カレースプーンを、やまとん三号に刺そうとした。

「だめ……」
 由佳里が、僕の手を止めた。手の震えが、僕にも伝わってくる。

「お兄さん、手伝っちゃだめだよ」
 雅彦さんが、僕に話しかけた。

 小春オバちゃんが、壁の注意書きを指差す。



「単独挑戦を希望する場合のルール。誰かが手伝ったら五千円。残しても同額。リバースは二万」
 と、大きく書かれている。



「前にリバースしちゃった無謀な挑戦者が居てね。ペナルティを設けたんだ」と、雅彦さんは教えてくれた。

 そんなの構いやしないさ。きょうはいつもより多く持っているから、財布の中身には心配ない。


 それでも、由佳里は僕の手首を掴んで放さなかった。

「どうしてですか! もういいじゃないですか!」
「よくない。なぜこの娘が、君をここに連れてきたかわかるかい?」
「それは、自分がどんな人間か、僕に知ってもらうためでしょ? それはもう、充分わかりましたよ……」


「違う。嬉しかったからだよ」
 雅彦さんの言葉を、小春おばちゃんが引き継ぐ。


「こんな大喰らいな女なんて、誰も声をかけちゃくれない。でも、あんたはそうじゃないだろ? 誘われた帰り、この娘は嬉しいって泣きながら、やまとん二号を二杯も平らげたんだよ」

「泣きながら? 二杯も!?」

 それだけ、うれしかったんだ。

「そう。確かに女性の大食いは、交際相手に反対されてしまい、引退してしまう人がいる。でも君は違う。その証拠に、君は彼女が大食いだと知っても、はしたない女性だなんて思ってないだろ?」

 雅彦さんの問に、僕は「はい」と力強く答えた。

 そうだよ。僕は由佳里の全てを受け入れている。大食いでも気にしない。僕は由佳里が好きだ。大好きだ。

 でも、手は出せない。僕は、何もいい手が浮かばず、ただ時計を見つめる。

 残り時間は、後二分。どうすればいい? 僕は……。

「危ない!」


 由佳里が叫んだ時にはもう遅く、僕は力が抜ける。
 気がつくと、カレーの皿を傾けていた。
 幸い食べきっていたので、カレー自体はこぼれていない。けど、買ってきたばかりの服にカレーが少しついてしまった。

 せっかく今日のために新調した一張羅が台無しに。まだ、デートはこれからだというのに……。



 待てよ? 僕は、手にカレーを持っている。



 今日は二人の初デート。記念すべき日。


 デート……、味変……、そうだ!


「由佳里、目をつむってくれないか?」

 僕がそう言うと、由佳里はそっと、まぶたを閉じた。

 彼女が目を閉じたのを確認し、僕はカレーを口に含んだ。

「由佳里……、ごめんっ!」
 最大級の勇気を振り絞る。僕は無理矢理、由佳里の唇を奪った。

 由佳里の手から、スプーンがこぼれ落ちた。

 お願いだ、僕のカレー、由佳里の口いっぱいに、広がっていけ!
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