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第一章 ファーストキスはケチャップ味

キミの秘密を教えて

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 今日は、小柳こやなぎ 由佳里ゆかりと学校以外で出会う、記念すべき日。

 僕にとってはデートみたいなものだ。

 入ったばかりのバイト代で、とびっきりオシャレした。
 ファッションには自信ないけど、ちゃんと春っぽい格好になっていると思う。

 春休みの風は肌寒く、腕をさすりながら由佳里を待つ。

 五分後、由佳里がおさげを揺らしてやってきた。大きなメガネと水色のカーディガン、白いブラウス。膝上十センチのフリルスカートは、ウエストにゴムが明らかに入っている。

 清潔感はあるものの、随分とラフな格好だ。オシャレに無頓着なのか、それとも僕の事にあまり関心がないのかな?

 僕は少し自信をなくす。まあ付き合い始めだし、仕方ないか、と気持ちを切り替えた。

「私、行きたい所があるの」と、由佳里は口にした。


「由佳里が行きたい所なら、どこにも付いていくよ」

 僕は、手を繋ぎたいのを押さえつつ、由佳里と一緒に歩き始める。




「私の全てを、見せてあげるね」





 デート前の電話で、由佳里はそう告げた。


 生徒会役員まで勤める由佳里が放った、耳を疑うような言葉。

 そう言われて世の高校男子が思うことは、たった一つである。

 小柳由佳里は、クラスで二番目に背が低く、ウエストも細い。


 僕は彼女の全てを見た事はない。けど、強く抱きしめたら、きっと由佳里は壊れてしまう。


 恋人相手に、なんて積極的な娘だ。ひょっとして……。

 僕はドキドキしながら、由佳里についていく。

 途中、雑誌に載っていた喫茶店に指を刺す。まずは食事だよね。

「ううん。ここはデザートで寄るから」と、由佳里は素通りしてしまった。



 やがて、煌びやかな光を放つ宿を通る。



 由佳里は物怖じせず、スタスタと歩みを勧めていく。



 そんないきなり。しかも昼間から? なんて大胆なんだろう。そうか、脱がせやすい服装を着てきたのか。



 と思っていると、由佳里はそのエリアをあっさり通り過ぎた。







 着いた先は、路地裏の大衆食堂だった。まだ昼前で空席が目立つが、いい匂いが立ち込める。


『食堂 こはる』と看板には書かれている。

 カウンターの向こうでは、オバちゃんが、汗をかきながら中華鍋を振っている。ポニーテールにバンダナを巻いた、タンクトップのよく似合う女性である。

 胸元のネームプレートに「こはる」という丸文字が、デフォルメされた花の絵と一緒に添えられていた。オバちゃんの名前なんだろう。

 ここで、由佳里は秘密を打ち明けるという。


「ムードの無い店でゴメンね」と、彼女は手の平を合わせた。


 けれど、由佳里となら、どこでだって楽しい。


「気にしないで」と、僕が返す。

 由佳里は微笑んだ。

 不思議な事に、由佳里は二人席には座らず、わざわざ四人席に座った。
 ふと、僕は一枚のお品書きに目が止まった。

「特大オムライス、やまとん三号? って……、七百円? 安っ!」

 僕は驚きの声を上げる。

 由佳里が白い手を上げると、オバちゃんが何も言わず、カウンター越しに頷いた。

『いつもの』ってやつか? だろうな。


「連れの男の子は?」


「カ、カレーライス一つ……」
 僕は指を一つ立てた。


「あ、待って! この人には普通サイズで!」
 由佳里は慌てて立ち上がり、僕のオーダーに追加注文した。


……普通サイズ?


 料理が出来る間、僕達が、食後のデートコースを話し合う。

 由佳里は、さっき通り過ぎた喫茶店のパフェだの、夕飯はラーメン屋だのと、食べる所ばかり指定してくる。

 僕は映画や、買い物の話を振っているのに。しかも、食事の事を『攻略』とか言っている。

 変わってるな、と思ったけど、きっと成長期なんだろう。



 厨房から、四股を踏むような様な物音がした。料理だろ? ビルの工事じゃあるまいし。



 二人席より大きい皿に腰をすえた、ソフトオムライスと思しき巨大な理不尽を、女性従業員が二人がかりで運んできた。



「お待たせしました。ご注文のやまとん三号です」



『則子』と書いてあるプレートを付けたボブカットの女性が、深々と頭を下げる。
『多恵』というプレートを付けた男勝り風な女性も、則子さんにならう。


 やまとん三号と呼ばれたソフトオムライスが、由佳里の前にドンッ、と置かれた。


 テーブル全体を覆い尽くすほどの大きさに、僕は圧倒される。



 これって、いわゆる『デカ盛り』って奴だよな。TVで見た事がある。たしか、お笑い芸人や野球選手でも食べられない特盛料理を、一人で食べちゃうってやつだっけ。



 でもこれは、お笑い芸人がこれは、大人三人がかりで食べるような物だ。

 オバちゃんは、パイナップルの缶に入ったケチャップとハケを用意した。フランクフルトの屋台などで使う物だ。オバちゃんはハケを缶にひたし、慣れた手付きで『LOVE』と書いた。何に対するLOVEなんだろう?

「ちょっと待って。由佳里、ひょっとして君が食べるのって?」
「うん、これ」

 由佳里が、理不尽を指差した。

「三号、食べるの? だってこれ、十人前はあるよ?」


 と、僕が尋ねると、由佳里は当たり前のように笑顔でうなずいた。



 僕があっけに取られていると、由佳里は更に信じられない言葉を口にした。



「手伝ったらダメだからね」
「……え?」

 メニューに時間制限はない。しかし、由佳里が指定した時間は、三十分。

 馬鹿な。こんなもの、一日かけても無理だ。

 そんな僕の心配をよそに、由佳里は理不尽を見つめ、目を輝かせて微笑んだ。



 由佳里、君は一体何者なんだ? 
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